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2006/09/22

ばらばらになって、それがまた一緒になる時に

佐島マリーナから逗子駅に向かって
いる時、
 オレはvariantだな、とぼんやりと
考えていた。
 
 なぜ、このようなことをしているのか、
クオリアや神経経済学、著述、テレビのこと
などを考えているうちに、
 そうか、自分自身がhopeful monster
だったのか、と思い至った。

 進化論のhopeful monsterという
概念に心惹かれて半年。
 あれは自分がいかに生きるかという
一人称の問題だったのか。
 なんだかhopeful monsterは切ない。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録前のスタジオで打ち合わせを
している時に、
 「テレビは太って映る」という
話題になった。

 ちょうど、スタジオのモニターに、
私や住吉さん、ディレクターの大坪さんが
映っている。

 「スタジオのモニターにも、少し太って
映るんですね」
とすみきち。

 「うん?」と有吉伸人チーフプロデューサー
(ありきち)

 「私、家庭のテレビ画面に送られて、
そこに映らないと太っては見えないのかと
思っていました。」

 「どういうことですか?」(私)

 「つまり、画面が電波で送られるとき、
一度ばらばらになって、それがまた一緒に
なる時に、太るんじゃないかと思って
いました」

 「あのなあ、すみきち。電波で送られるとか、
そういうことは関係なくって、あれはレンズ特性
の問題なんだよ!」(ありきち)

 「すみきち、文系的発想!」(大坪)

 「明日のブログで書くネタができた!」
(私)

 ゲストは、海上保安庁の特殊救難隊の
寺門嘉之さん。

 漫画「海猿」などで話題になった
海上保安庁の潜水士部隊の中でも、
嵐の海での救難や危険物を積んだ船
での火災など、困難な現場にだけ
出動する「海猿のトップ」である。

 打ち合わせの時、ありきちさんが
「茂木さん、今度のゲストはとにかく
かっこいいですよ!」
と言っていた通り、
 とにかく「かっこいい!」人であった。

 鍛え上げた胸囲115センチの
肉体と、精悍なマスク、そして何よりも
冷静沈着な人柄。

 人の命がかかる危険な現場だが、
そのような状況さえも「楽しむ」
ことができるという寺門さんの
お話に、やはりプロというものは
そういうものかと納得が行った。

 私は肉体派というものとは無関係な
人生を送ってきたが、
 ここのところ腕立てとか腹筋に
凝っていて、
 珍しく三日坊主にもならず
一日の句読点のようにやっている。
 (8月のロシア以来)

 「慢性筋肉痛」の状態が
心地よい、という感じなのである。

 それで、寺門さんが連続何回
腕立てふせができるのか、知りたかったが、
どうやらそういう問題ではないらしい。

 (つまり、普通の腕立て伏せだったら、
ほとんど無限にできる、っていう感じ?)

 肉体の世界の奥深さを知る。

 このまま三島由紀夫的
自己改造の方にいって
しまったらどうしよう。
 (絶対そんなことはないと思うけれども)

 大学生の頃、私は三島がつくっていたという
「タテの会」に対抗して、
「ヨコの会」(ヨコになって、何にもしないこと
を是とする会)をつくっていたことがあるのだ。
 会員は二人だったけれども。
 
 昨日のブログで書いた中央公論新社の
岡田健吾さんからメールが来た。

 「づ」ではなくて、「ず」だったという
のである。「かたづける」ではなくて、
「固唾を飲んでお待ち申し上げます」
という意味だったということ。

 そうであったか、オカダケンゴさん、
すいませなんだ。
 固唾をのんで、かたづけます。

 収録後、こわい思いをした。

 スタジオの外に、NHKブックスの
「怪奇オオバタン」こと、大場旦さんが、
 「茂木さああんん・・・」と待っていたのだ。

 私は、言い訳にこれ終始した。
 「あのですね、ここのところ私は
非常に苦しいのです」
 「それで?」
 「学生たちとの論文も終わらせなくては
いけないですしね、いろいろと。」
 「それはブログを読んでいるから知って
いますよ。」
 「何しろ、半日の空き時間もない状態
なのです。」
 「しかし、この辺で一つ誠意を見せて
いただかなくてはねえ。」
 「はい」
 「何も、一気に全部、とは言っていないんだ。
せめて一章、二章分から入れてくれませんか?」 
 「はい」
 「いつまでもずるずる伸びてしまっては、
お互いにこまるんでねえ。完済がいつなのか、
ひとつ、見通しをお聞かせいただけませんか?」
 「はい。そういえば、大場葉子さんは
元気ですか」
 「ごまかそうったって、そうはいかないんだ!」
(ドン!)

 いささか脚色されてはいますが、趣旨は
そういうことでした。ハイ。

 「希望に満ちた怪物」としては、
一体どうなってしまうのかわからない
自分の人生を楽しみつつ、
 いつかまだ言葉にもなっていない
何かの姿がくっきりと見えることを
希望してがんばって行きたいと思うのであります。

9月 22, 2006 at 07:20 午前 |

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コメント

マジシャンの前田さんのプログで紹介されて以来、こちらを訪問するのを楽しみにしています。
兄が自閉症なので専門家が一般向けに書いた本を読んでみたりしたのですが、なんとなく自閉症に対する理解はできても、目の前でパニックをおこされたりするとそんな知識は殆ど無意味であるように感じてしまうことが度々ありました。
おそらく肉親を相手にすると今までのこと、これからのこと、複雑な思いが入り混じってそのように考えてしまうのだと思います。
専門家の方々が解明してくれなければ分からなかったことは今の私にもとても役立っています。
ドナ・ウィリアムズのような自閉症者が書き表してくれるという偶然の機会に頼るしか、その豊かな内面世界を知りえないのでは頼りないし、いつまでも「冷蔵庫のような母親」説がまかり通っていたのでは家族はいたたまれない。
兄のことに限らず「わー!もうダメだー!」と絶望的な気分に陥ってしまう時がたま~にあるのですが…。
いつの頃からか、私の頭の中には私を揶揄するのが大好きな小人が棲みつき「お腹すいた! とか 明日、何を着ていこうかな♪ とか気楽なコトも同時に考えているくせに?」などと言い、せっかくの悲劇のヒロインのムードをぶち壊していきます!
最近ではこの小人「プロフェッショナル方式」も覚えたらしく、前置きなしで本題に入ることも (笑)。
こんな小人の存在は一種の hopeful monster でしょうか?
ここを訪れるようになって私の考え方もイロイロと影響されてきました。
茂木さんの hopeful monster ぶりは、決して「一人称」ではないように思います。
この長いコメント、もし読んでくださっていたとしたら、その分だけ貴重な「空白」を奪ってしまったことになるのかもしれませんね。ごめんなさい!

投稿: まり | 2006/09/23 23:03:22

hopefui Monster、希望に満ちた怪物…人はみなそうかもしれません。
(昨日投稿したはずのコメントが削除されてしまったのか、なかったので、もしかしたら、失礼な内容を書いてしまったのでは…若しやそうならお許し下さい)

人間はみんな希望を抱いて人生を生きている。途中で壁にぶつかったり、しょげたりすることも、望みを失いかけることもあるけれども、それでも、人生の最後まで、希望を失わなければ、人生をまっとうできる。そう考えている自分がいる。

ある人物の言葉を思い出す。

「希望は生 絶望は死」

希望は生きる勇気を喚起し、絶望は死への強力な誘惑となる。

この世知辛い世の中、強く生きる為には、何事があろうと、決して絶望に屈する事無く、その闇を振り払い、希望の光を見出して行くしかない。
だからみんなが「希望に満ちた怪物」になる必要というか、そうならざるを得ないのでしょう。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/23 10:51:46

 むかし ひとのこころに ことば ひとつ うまれた 

Hopeful  一人より ふたり
          二人より みんな Monster

投稿: 一光 | 2006/09/23 1:29:00

言葉にもなっていない何かの姿…それを茂木さんはもう見ていらっしゃるのかと思ってました。ちょっとよかった。一緒にこれから、で。先に見つけたら教えてください。

投稿: kyono | 2006/09/22 21:56:44

今日「ナホバへの旅 たましいの風景」という本を買いましたら、著者名が、ここのクオリア日記で先生もご心配なされてた
河合隼雄先生でした。その後いかがなされたでしょうか。
パラパラとページをめくってみましたらユング・スピリット・
シャーマニズムなどの単語がみえました。
先生が今日書かれていた、進化論の「希望に満ちた怪物」さん
は河合先生のお考えにも通じるものなのかと感じました。
何かそのきっかけが、半年前にあったのでしょうか。
とても知りたいと思いました。

投稿: クオリア・ファン | 2006/09/22 17:17:37

hopeful monster最近自分もコレになりつつあると思います。
習い事をこの歳になって4つもやるなんて狂ってる。。
でも何かをしたい、したいと思っていたことをしたいという欲求が・・・。
人生の先を見たときに希望に満ちていたいから今の希望をも満たしていきたい??
よく分からないけれどhopeful monsterという言葉、すごく好きです。
シンプルなことです。

投稿: home | 2006/09/22 14:32:31

進藤さんの面影が消えぬまま目覚め、
hopeful monsterのところにきてしみじみとしたのですが
 「ヨコの会」 ! 
昨日に引き続き打ちのめされ、また下の写真を見てしまいました(笑)
会は存続しているのでしょうか。 もし続いていましたら、ぜひ入会したいのですが。。
決起集会などは。。やりそうにないですね(笑)

昨夜の進藤さん、ずっと見ていたい面影でした。

hopeful monster、一人称に多大なる影響を受けております。
充分にがんばっている茂木先生、がんばってくださいませ

投稿: M | 2006/09/22 13:15:36

相手のしぶとい攻撃には、明るく反撃し、怒涛に打ち寄せる忙しさの波は、笑顔でお尻ふりふりのりのりゴーゴー・・・。汗・・。

のご様子。このまま乗り切っちゃってください!!!

あっ、
でもイタチの最後っ屁みたいなのはやっちゃだめですよ。

投稿: 平太 | 2006/09/22 8:39:16

相手のしぶとい攻撃には、明るく反撃し、怒涛に打ち寄せる忙しさの波は、笑顔でお尻ふりふりのりのりゴーゴー・・・。汗・・。

のご様子。このまま乗り切っちゃってください!!!

あっ、
でもイタチの最後っ屁みたいなのはやっちゃだめですよ。

投稿: 平太 | 2006/09/22 8:37:50

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