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2006/09/07

ゼロの焦点

8月はあまり開催できなかった、
大切なたいせつなゼミ。

 研究室で集まって議論する、
というこのような機会なくして、面白いことなど
起こりえない。

 「何かの動物に似ている」ヘライ君。
(変換しても出てこない難しい字なので
そのままにすることにする)

 「はあ〜ぽっくんぽっくん」と言う
人に似ている柳川トオルくん。

 「ヘアモデル歴うん年」の田辺さんが
論文紹介をする。

 お昼にかかったので、おにぎりを
14個買ってきた。
 一人一個で、ぼくは最初に筋子を
とってしまったが、「待てよ、買って
来たひとが自分の好きなものを確保して
しまうのはマズイ」と思い直し、
 コンビニ袋に戻した。

 一周して戻ってきたら、
なんと辛子明太子が残っていた。
 残りものに福が来た。

 筋子が誰に行ったかはしらない。

 日本経済新聞社近くの
「日経サイエンス」編集部へ。

 珍しく時間前に着いた、と
 すっかり油断してだらだら歩いて
いたら、後ろから端正な黒いワンピース
姿の人がふわーっと近づいてきて、
 「茂木さんですか」
と声をかけてきた。
 小川洋子さんだった。

 「いや、そこで会ってしまったのです。
今日は時間通りだったでしょう」
と言いながら会議室に入っていくと、
 「うわあ、おきれいな方ですねえ」
というささやき声が聞こえた。

 小川さんとは初対面。
 挨拶もそこそこに、いきなり本題に
入ることを、かのNHKの番組に
ちなんで『プロフェッショナル方式』
と呼ぶ。

 小川さんと言えば、『博士の愛した数式』
で魅力的な数学者像を示したことが記憶に
新しい。

 「最近、ポアンカレ予想を解いて、
フィールズ賞を辞退した人がいたでしょう」
 「ああ、ペレルマンですね」
 「あの人、面白いですねえ。行方不明になった
と思ったら、キノコを探しにいっています、って。」
 「キノコ、っていうのがいいですねえ」
 「私、これは小説になるなあ、と
思ったんです。現実の数学者は、私が
小説の中で想像で創り上げた存在よりもさらに
面白いですねえ」

 小川さんの小説の書き方。
 まずは、いろいろなものが見えてしまう。
それどころか、音も聞こえ、手触りや匂い
さえも伝わってきてしまう。
 それは小川さんが考えついたものではなく、
むしろ最初からそこにあって「発見」
されたもの。
 そのような感覚を持っているという。

 現在はチェスを主題にした小説を準備
されているという小川さん。

 対談の模様は、日経サイエンスに掲載
される予定です。

 小川さんにも申し上げたが、
 数学と小説は、構造において似ていると
思う。キーワードは「体系性」である。

 フェルマーの最終定理にしても、
あるいはポアンカレ予想にしても、
 そのある断片を「ほら、これ」と提示する
ことはできるけれども、
 それと数学そのものは違う。
 構成している様々なことが
集まった体系性全体を見ないと、本質を理解できない。

 体系性の森に分け入り、踏み込み初めて
見えてくるもの。
 フェルマーの最終定理の証明を、専門家が
半年かけて検証した、と言われるような
エピソードにそれが現れている。

 小説も同じで、断片を引用しても、
それはその小説ではない。書き出しの文章から
終わりまで、一連の流れをその体系性において
把握して、初めて小説が生まれ、把握される。
 
 本当は科学もそうで、例えば
「一般知性」とある遺伝子の間の関係がわかった、
という知見は切り売りできるが、
 そのようなステートメントの本質を理解しようと
思ったら、遺伝子発現の分子メカニズム、
二次情報系、そもそもDNAの構造安定に資する
量子力学、知性とはなにか、どのように測定
できるのか、うんぬんかんぬんと森羅万象へと
関連性が広がっていかなければならない

 本当に面白いのは、断片を見て
わかった気になることではなく、
 全体を見つめてそこになにかを見ることであることは、小説も数学も科学も変わらない。
 
『ニューロンの回廊』
 最終回のゲストは、言葉のマエストロ、
糸井重里さん。
 
 「大きな遠い目標を立てる人っているじゃ
ないですか」
 「ええ」
 「ぼくは、そういう人よりも、小さな目標を
立てる人に心を惹かれます。小さな目標を
立てる人は、毎日変化を実感することができる」
 「いきなり、世界一を目指す、とか
そういうんじゃなくて、今日はジャグリングの
この動きができた、とかそういうことですか?」
 「そうです。ぼくは、今だと、
ダンスのようなことが課題になっています。
身体をいかに思う通りに動かすか、そのことが
一番興味があることなのです」
 「わかります。先日金森穣さんに
お会いした時に、ぼくは自分の身体の動きを
完全には把握仕しれていないのだ、ということに
気付かされました。自分の身体でさえ思い通り
にならないんだから、ましてや世界なんて
思うようになるはずがない。」

 最後に、「潜在脳力」とはなにか、
と糸井さんにうかがうと、糸井さんは
「それは「ラブ」でしょう」
と答えた。

 そうか。「ラブ」か。

 『ニューロンの回廊』は大団円を
迎えた。

 撤収の始まったざわざわとした
スタジオで、
 なぜか、ラブは「ゼロ」に通じる
ということが気になり始めていた。

 そもそも、テニスのスコアで「ゼロ」
を「ラブ」というのはどうしてなのだろう。
 
 花野剛一さんと、「いやあ、お疲れさま
でしたあ」と目と目をあわせ、
うんうんとうなづき、
 テレビマンユニオン
を出た頃には、もうゼロの焦点は
ぼやけ始めていた。

9月 7, 2006 at 08:47 午前 |

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この博士の夢のような生活をささえている義理の姉、 さらにいえば実のお兄さんのことをもっと知りたいと思います。 なぜって、ひとりの人間が衣食住にこまらぬだけの原資をつむぎだすのには、たいへんな努力がいるからです。 両親をはやく亡くしたあと、実の兄が苦労して... [続きを読む]

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» ポアンカレ予想 トラックバック 気になる言葉
(3 次元)ポアンカレ予想(ポワンカレ予想とも)とは、「単連結な 3 次元閉多様体は 3 次元球面 S3 に同相である」というものであり、1904年に、フランスの数学者アンリ・ポアンカレによって提出された。 [続きを読む]

受信: 2006/09/16 21:05:37

コメント

上に書いた私のコメントで、言い忘れたことを一つ。

「潜在脳力」=「ラブ」=「ゼロ」とは、「空も無も困難も全て引き受け、ひっくるめて包容する力」なのではないか。
潜在脳力は人間の根底にある無限の可能性(私は人間には無限の可能性を秘めた存在だと思っているので)を引き出すことの出来る生命力と合い通じているのではないかと思っておるのです…。
>かりんと様。
テニスのスコアで0-0が「ラブ」とはフランス語で「卵」を意味する言葉だったのですね…l'oeuf「ルフ」がなまって「ラブ」となったのか。…なるほどねぇ!

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/09 20:00:48

「ニューロンの回廊」、見ることが出来なくて残念です。
後日地上波で放送してくれるといいのですが。

テニスのスコアの「ゼロ」は、フランス語の卵 l'oeuf(ルフ)
からきていると聞いたことがあります。確か「0」の形が
卵に似ているからだとか。

投稿: かりんと | 2006/09/07 23:56:44

キノコ、いいですよね。
最初からそこにあって「発見」したもの――
きっと小川さんは、書くために生まれてきたんですね

ほんと、どうして0―0がラブなんでしょう。
きょう有楽町のビックカメラを抜けたところで、
たぶんもう会うことはないだろうと思っていた人とすれ違いました。
茂木さんの存在を知ってからだんだん忘れることができていた、
思い出したくないことが久々に、ワーとよみがえってしまいました。

有楽町のあの場所は、そういうことが起きやすいんでしょうか・・。
ほんの一瞬だったから、人違いかもしれないけれど
こういう偶然には、どんな意味があるのかな。。

糸井さんて、おもしろそうですよね。


投稿: M | 2006/09/07 21:34:26

何かの動物に似ている人、
「はぁ~ぽっくんぽっくん」が口癖の人(ひょっとして、それは、お尻にシッポがついている、赤塚不二夫のつくったあるキャラクターなのか?)に似ている人、
「ヘアモデル歴うん年」の人…。
茂木さんの研究室には、何だか面白い特徴のある人が集うんですね。

小川洋子さんとの対談が楽しみですね。どんな素敵な、奥深い対談なのでありましょう!是非読みたい企画です。

何でも、小川さんとの対談は日経サイエンス35周年記念企画ということらしいですが…。

ポアンカレ予想を解いてフィールズ賞を辞退したペレルマン氏の行方不明の理由がキノコってのも、いいですね。賞なんかよりも森にどんなキノコがあるのか、探しに行くのが大好きな人なのでしょう。

断片的なものを見るだけで分かった気になっているんじゃなくて、全体を俯瞰してそこに何かを見つけることがどの分野においても大切だ…。譬えて言うならば、地球全体を見て、そこにある海やら陸地やらをくまなくみて、その中に、新たなる、今だ知られざるダイヤモンドの鉱脈を見出す、といったところであろうか。(譬えが間違っていたらお許しを)

「ニューロンの回廊」も糸井重里さんの登場する回で最終回とかや。

「潜在脳力」=「ラブ」=「ゼロ」…ゼロ、というのは「空」に通ずるから、「ラブ=愛」というのは本質的には「空」なのではないだろうか…。

「空」とは必ずしも「何もない」ということを意味しない筈だ。解釈の角度を変えれば「ゼロ」というのは「全て」を意味するかもしれないし、つまり「愛」とは「全て」のことなのかもしれない…。

・・・ということは、「ラブ」は「ゼロ」であり、「ゼロ」とは「空」であり「無」であり、ひいては「すべて」を意味するのかもしれなかったりして…。人間の発揮出来る全ての根底にある力が「愛」であり、実はそれが潜在脳力の本質なのだ、ということを糸井さんは言いたかったのだろうなぁ。
ちなみに「ゼロ」といえばアラビア数字で“0”とまるく書くのは「大団円」の「円」とも通ずることだったりして。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/09/07 20:57:30

 筋子や明太子は「コレステロールが高いらしい」ので、
ぷよぷよおなかが気になってきたお年頃のフラワーピッグは、
「食べ過ぎ」には注意したほうが、いいかもしれんよ?

 公平なふるまいが、福を呼ぶ! とてもいい話!

 「事実は小説よりも奇なり」と書かれたコメントが、何件
届くかなあ?


 「うわあ、おきれいな…」って、茂木さんのこと…だと、
(ちと苦しいが)私は勝手に思っていて…いいでしょう?
可愛いんだよぉ~フラワーピッグは。 L・O・V・E 健ちゃ~ん!

 『ニューロンの回廊』、お疲れさまでした。

投稿: 龍神 | 2006/09/07 15:07:15

ラブって、突き詰めてゆくとラブの対象の存在が自分以上になって行く。
すると、ラブの対象に対してエゴはゼロになる。
そうすると、ラブの対象に潜在脳力を発揮できる、つまり夢中になっている状態ということでしょうか?

投稿: もりもり | 2006/09/07 12:34:58

“本質”って、砂漠の中で目に飛び込んでくる
オアシスみたいなもんでしょうか。

おぼろげにでも見えたりしたら、私はすぐさまそこへ行こうとして
すごくアセっちゃうと思います。

その過酷さの中で、ラブがゼロに通じるというのは、
どんな感覚なんだろうと考えました。
するとこんな感覚が立ち上がりました。

「あのオアシスが本物でも、蜃気楼でもかまわない。
行こうと決めた自分を、愛してあげよう」と。

どちらにしろ、目標が見えているということは、あり難いことです。

投稿: ひみつのあこ | 2006/09/07 12:15:42

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