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2006/09/30

「とっとっと」

おっちょこちょいは同じ原稿を二度書くというのは
本当のことである。

 今どの仕事をしているかは、この日記では
基本的に公開しないことになっている。
 それは、関係者から、「あいつ、オレの
があるのにアッチを先にやりやがって」
というスルドイ怒りが飛んでくる
こともあるからである。

 でも今回は敢えて記さないと、
リアリティが立ち上がらない。

 空港に移動しながら『プロフェッショナル
 仕事の流儀』の第6巻用に、塚本こなみ、大瀧雅良、
植村比呂志の三人のゲストについてのコラム
を書いていた。

 それぞれ約1300字。
 まずは塚本さんのを書き終わり、
その後大瀧さんのを書いている途中で
空港に着いた。

 さっそく塚本さんのを送ろうと思って
書いている大瀧さんの原稿を見ると、
ファイル名が「塚本こなみ.doc」となっている。

 ん?

 と一瞬とまどって、すぐに何が起きたか
わかった。

 フォントなどの情報が移って便利なので、
書き終えたファイルを新しい名前で保存して、
そこに文章を書くことがよくある。
 塚本さんのファイルを、大瀧さんの
名前の別ファイルにセーブしてから書き始めた
つもりだったのが、
 塚本さんのまま大瀧さんになってしまった。

 書いたはずの塚本さんについてのエッセイは、
いつの間にか大瀧さんになって、雲散霧消
してしまった。

 こんな時、茂木が大切にしている言葉がある。

(黒バックに白字で、ピアノの「ぽーん」という
音が鳴って)

 起こってしまったことは、振り返るな。

 さっき書いたのに、と思いながら、
めげずにまた書いた。
 全然違った文章になった。

 おっちょこちょいは同じ原稿を二度書くというのは
本当のことである。

 熊本空港に着き、芦北学園の鶴田先生
とお話しながら、移動中に無事三つ目の
コラムを書き終えて送った。

 NHK出版の小林玉樹さんからの、

茂木先生
お疲れ様です。
高井のほうからご連絡させていただいている6巻用のコラム
(=樹木医の塚本さん、清水商業の大瀧さん、ムシキングの植村さんのお三方分)につきまして、スケジュールがいよいよ厳しくなっております。現在いかがな状況でしょうか。
お忙しいとは存じますが、
なにとぞよろしくお願い申し上げるしだいです。

というメールにこれで応えることができた。

 日本重症心身障害学会に呼んでくださった
芦北学園発達医療センターの
松葉佐正先生、それに宮崎大学医学部の布井博幸先生、
熊本大学医学部の遠藤文夫先生
と昼食をご一緒する。

 「脳と創造性」というタイトルでお話する。


 
 科学的問題の難しさを表す、『ノーベル』
という単位がありまして、私がつくったんですが、
 その問題を解くと、ノーベル賞がもらえる、
というのが一ノーベルです。
 その基準で言うと、意識の問題、クオリアの
問題というのは、百ノーベルくらいの
難しさです。
 つまり、そう簡単には解けないということ
ですね。(笑)
 仕方がありません。何しろ、古代ギリシャ以来
二千余年の難問ですから。

 さて、脳にできて、コンピュータにできない
ことと言えば、何といってもコミュニケーションと
創造性です。この二つは関連し合っていて・・・

 講演を終えて、引き続き学会のセッションを
聞いた。

 遠藤先生の再生医療の話。

 音楽療法についてのシンポジウム。

 となりに座った松葉佐先生の気配のような
ものが伝わってくる。

 漱石の『それから』に、代助が
三千代に再会する場面があって、
 そこにある「持調子」という言葉が
好きだった。

「待つてゐらつしやれば可かつたのに」と女らしく愛想をつけ加へた。けれども其調子は沈んでゐた。尤も是は此女の持調子で、代助は却つて其昔を憶ひ出した。

 漱石が第五高等学校(現在の熊本大学)に赴任し
たのは、29歳の時である。

 伝わってくる松葉佐先生の持調子は、
「内に秘めた誠実さ」のようなものだった。

 明けて午前中に『和樂』の「日本のクオリア」
の取材で熊本県内の装飾古墳を回るというので、
橋本麻里さんが合流する。
 
 デザイナーの原研哉さんとデザインの
プロジェクトをやっているという
浜田醤油の濱田康成さんをご紹介いただいた。

 濱田さんが、「兄貴分」という
熊本クボタの西山忠彦社長の待つ
馬刺しの店「管乃屋」に連れていってくださる。

 大いに馬に親しみ、歓談した。

 内に秘めた
繊細なるものを明るいエンタティンメント
でくるんだのが濱田さんの持調子。

 一方、西山さんは、何だか懐かしい気がした。
どこかで似たような人と親しくしていた
ような気がする。


濱田康成さん(左)と西山忠彦さん(右)

 濱田さんの話が面白い。

 「熊本はね、言葉の国なんですよ」
 「はあ」
 「小さな缶を、カンカン、大きな缶を
ガンガンというのです。小さな頃、
おじいちゃんが、「おい、あのカンカン持ってこい」
「あそこに、ガンガンがあるだろう」と使いわけ
していました」
 「それは濱田家だけではないのですか」
 (横から西山さんが、きっぱりと)「熊本
みんなそうですよ」
 「程度を区別するんですね。
びっくりする、の最上級もあるんです。
「うったまがる」と言うのです。」
 「うったまがったなあ。」
 「オノマトペも充実しています。すきま風が
あって、寒いことを、「すうすうすう」
と言います。「その席は、もうオレがとっている」
というのは、「とっとっと」と言います。」
 「あっ、濱田さん、その馬刺し、とっとっと」
 「熊本は、言葉に敏感なんですよ、茂木さん」
 「さすが、漱石がいただけのことはあるなあ」

 「とにかく日本一うまい」という
天草の奴寿司や、
 「セレブの宿」だという「五足の靴」
など、うったまがる話をいろいろ聞いた。

 それでいて、ウェブ2.0だとか、
アフィリエートだとか、サーチ・エンジン・
オプティマイゼーションなどについても
熱く語ったのだから、なるほど、これは「火の国」
になるはずだ。

 夜風に吹かれながら見上げた
熊本城が思いの他高いところにあって、
 まるで天空の城のような印象。

 今回も、お城を親しく拝することはできなかった。

9月 30, 2006 at 07:18 午前 | | コメント (9) | トラックバック (2)

2006/09/29

[師弟座談会]「養老教室」へようこそ  養老孟司 布施英利 茂木健一郎

文藝春秋 臨時増刊
教育の力を取り戻す
2006年11月臨時増刊号特別版
2006年9月29日発売

[師弟座談会]「養老教室」へようこそ
養老孟司 布施英利 茂木健一郎

養老先生は教室でどんな教え方をするのか。愛弟子と共に語る東大養老教室の秘密と教えの神髄

http://www.bunshun.co.jp/mag/extra/kyouiku/index.htm

9月 29, 2006 at 06:25 午前 | | コメント (3) | トラックバック (2)

(本日) 日本重症心身障害学会

第32回 日本重症心身障害学会
茂木健一郎 「脳と創造性」
2006年9月29日(木)13:00〜14:00
くまもと県民交流館 パレア

http://smid32.umin.jp/greet.html

9月 29, 2006 at 05:45 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

日経EW 私の好きな光景

日経EW プレ創刊号
私の好きな風景
脳科学者・茂木健一郎

http://www.nikkeiew.net/contents/

9月 29, 2006 at 05:25 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

現代思想 2006年10月号

現代思想 2006年10月号

討議 
意識とクオリアの解法
茂木健一郎+郡司ペギオ幸夫+池上高志

論考
茂木健一郎
脳科学における「統計的な描像」を超えるために


9月 29, 2006 at 05:15 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

日経サイエンス 対談 数学する脳,文学する脳

茂木健一郎と愉しむ科学のクオリア

数学する脳,文学する脳
ゲスト:小川洋子(作家)

日経サイエンス 2006年11月号
(2006年9月25日発売)

http://www.nikkei-science.com/

9月 29, 2006 at 05:11 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

思い切りgeekで、space cadetでいいんだけど

 時が経つにつれて考えることは
いろいろ変わっていくけれども、
 今、「人生の目的は何ですか?」
と聞かれたら、
 「学習すること」
と答えるかもしれない。

 open-endedな人間の認知過程には
終わりがない。
 「気付き」のメタ認知を通して、
人間はどんどん変わっていく。

 学習という視点から見ると、どんな経験も
楽しめる。
 一生、完成型などない。

 創造的と言われる活動分野においても、
99%は学習である。
 残りの1%に独自性のインスピレーションが
宿る。

 BBCのサイトで、A brief history of infinityという
podcastを見つけた。
 オーストラリアの物理学者Paul Daviesなどが
無限について語っている。

 イギリスのこの手の番組の質は高い。
聞いていて齟齬がなく、気持ちが良い。

 Part Iで、「宇宙はビッグ・バンによって
始まりました」
と言った後、

 ぶっおおおおおおおん!

という爆発音が入る。その後で、

 「すみませんでした。ハリウッド的に過ぎましたね。
実際には、宇宙には空気がないので、音はしません。
ビッグ・バンは、実際には、こんな感じでした」

 ・・・・・・・・・・

というような感じで無音が数秒続く。

 Part IIではカントールの無限集合論をやっていた。
 もともとは9歳の男の子が考えたという
大きな数の単位、googolの話も
出てきた。
 googolは10の100乗のことである。
 (googleという社名はここからとられた)
http://en.wikipedia.org/wiki/Googol

 こういうのが、ラジオとはいえ、日本でできるか
と言えばできないだろう。
 日本のマスメディアは心優しくて、
「こういうことを言うと視聴者がわからないんじゃ
ないか」という配慮を常にしている。

 でも、日常って、とにかく自分にはわからない
こと、計り知れないことがたくさんある。
 そういうものに囲まれているからこそ、
学習できるという側面がある。

 「わかりやすく」という素材は、本当は
学習的ではない。

 インターネットでさまざまなalternativeな
道が出て来てもよい時代だろう。
 たとえ、それが最初はLong tailだとしても。

 Yahooの検索会議というので、
増井俊之さんと一緒に30分ずつ喋った。

 増井さんは研究所の昔の同僚だが、
明後日からアメリカのAppleで働くために
カリフォルニアに行くという。

 「引っ越しの準備はできましたか?」
 「大変ですよ。段ボールと格闘していますよ」
 「住む家は決まったんですか?」
 「決まりました。ベッドルームが6個あります。
最近、あっちでは家を探すとき、掲示板で
やるんですね。物件を見つけて、相手方と
交渉して、弁護士が出てきて書類を書く。
 不動産屋が介在しないんですよ。あれは
いいなあ」

 ボクは、searchとchoiceという話をした。

 ボクは、ガジェット・マンだし、
インターネットのような新しいメディアは
基本的に抱きしめる方だけれども、 
 一方で、常に「人間」の方に引き戻したい
とも思っている。

 「できることは何でもやる」という
googleスピリットが現代のメルクマールで、
 ボクもそれに賛成だが、
 一方で、原理的な困難の方にも向き合うことを
忘れないでいたい。

 constructive empiricismと、原理的な思考の
両方を忘れなければ、おそらく大丈夫。
 一つの方向だけに行くのが一番危ない
(というかつまらない)

 だから、思い切りgeekで、
space cadet
でいいんだけど、その一方で良質の文学作品を
読むようなことも忘れない方がきっと
脳の学習としては良い。

 ボクは検索会議に出ていた人たちの
明るい実際主義をとても良いと思った。
 人間が、チューリング・マシーンから始まって、
インターネットという遊び場を手に入れてこと
(そこでは、最もシリアスな仕事が、最も
楽しい遊びとイコールになってしまうのだ!)
は凄いことだと思う。

 その一方で、電車の中で読み返している
漱石の『行人』の散文としてのすばらしさも
忘れないでいたい。

 仕方がないから「佐野さんはあの写真によく似ている」と書いた。「酒は呑むが、呑んでも赤くならない」と書いた。「御父さんのように謡をうたう代りに義太夫を勉強しているそうだ」と書いた。最後に岡田夫婦と仲の好さそうな様子を述べて、「あれほど仲の好い岡田さん夫婦の周旋だから間違はないでしょう」と書いた。一番しまいに、「要するに、佐野さんは多数の妻帯者と変ったところも何もないようです。お貞さんも普通の細君になる資格はあるんだから、承諾したら好いじゃありませんか」と書いた。

 何気ない部分にこそ、漱石の凄みが
顕れる。
 前からずっと読んでいくとわかります。
 
 ボクは、現代人は、人間性と
明るい実際的態度の間で引き裂かれているのかも
しれないが、だからこそこの世は面白い
んだと思う。
 
 人間の本質を考えることと、
ネットの技術のブレイクスルーのための
課題は無縁ではないはずだ。

 だって、人間は結局幸せになりたいんだからね。
 幸せの条件がいかに複雑なものかということを、
文学者は良く知っている。

9月 29, 2006 at 04:57 午前 | | コメント (6) | トラックバック (3)

2006/09/28

ペンローズの量子脳理論 (ちくま学芸文庫版)

ペンローズの“量子脳”理論—心と意識の科学的基礎をもとめて (文庫)
ロジャー ペンローズ (著), 竹内薫 (翻訳), 茂木 健一郎 (翻訳)


以前徳間書店から刊行された、「ペンローズの『量子脳』理論」
が文庫本となりました。
 私がイギリスでペンローズに最初にあった時のことを記したエッセイも
収録されています。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480090061


9月 28, 2006 at 08:29 午前 | | コメント (0) | トラックバック (2)

プロフェッショナル 仕事の流儀 放送予定変更のお知らせ

9月28日放送予定の写真家・上田義彦さんの回は、特別編成のため10月5日に放送日を変更いたします。

http://www.nhk.or.jp/professional/

9月 28, 2006 at 08:02 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

第1回「朝日家庭教育講演会」

第1回「朝日家庭教育講演会」
茂木健一郎
2006年10月1日(日)13:00〜15:00
京都会館第一ホール

主催 朝日新聞、朝日学生新聞

http://www.doyo-juku.com/search.php?idx=447

9月 28, 2006 at 07:58 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

野良ブログ

 ゼミ。
 私の論文紹介(Journl Club)と、
大久保ふみさんのProgress Report
(研究進捗状況の報告)

 最近はとにかく「教育的」
なゼミをやろうと心がけていて、
 今回は、いくつか英文の具体的な
場所をとりあげて、
 「こういう英文を書かないといけないんだよ」
と説明した。

 学生と論文を書く時に、一番のrate limitingな
ステップは、上がってくる英文を
きちんとしたものにすることで、
 そのための学習信号を一生懸命与え
ようとしている。

 とは言っても、文法がどうのとか、
ボキャブラリーがどうの、とか、
そういうレベルの話ではない。

 もっと、英文を書く上での
様式観というか、美意識というか、
 そういったことに属する問題である。

 必要なのは、「文脈付け」と「冗長性の
徹底した排除」。
 なぜ、このような英文は良くて、
自分たちが書く英文はダメなのか、
 その差異を感じ取る目を身につけてくれたら、
と思う。

 大久保さんの研究レポートは、
具体的な今後の進め方の提案があった。
 良かった!

 ラジオ日本の場所がわからず、
迷う。
 ロシア大使館のすぐ裏だと
聞いていたので、
 わきの細い道の入り口に立っている
警察官に聞いた。
 「あのう、ラジオ日本はどこでしょうか?」
 「ラジオニッポンですか? すみません、
知りません」

 さらに行くと、また警察詰め所があった。
 奥には、東京アメリカン・クラブがある。

 「すみません、ラジオ日本がこのあたりに
あるようなのですが」
 「ラジオニッポン、ですか? 知りませんねえ」
 
 困って日テレの斉藤さんに電話したら、
「そのまま奥に入ってきてください」
と言う。

 どん詰まりの、アメリカン・クラブの敷地
かと思えた場所にラジオ日本はあった。
 最後に聞いた警官詰め所からは、
せいぜい
50メートルくらいのところである。

 案外都会の中で近くに何があるかは
知らないものだ。
 大学時代、何回も徘徊したお茶の水の
辺りで、
 「全日本歩け歩け協会」
というのを見つけて、
 「へえー」
と思ったことがある。

 根津神社の近くには全日本爬虫類研究所
という看板を掲げた個人宅があった。

 朝空を覆う伝書鳩の群れがどこから飛び立つのか、
わからないことはよくある。

 電通でのニューロマーケティング
研究会。

 終了後、佐々木厚さんが行きつけという
「寿し利」に行った。

 男というものが、自分のお気に入りの
店に連れていくというのは、ちょっと「へへん」
てなもんである。 
 その「へへん」の写真。


行きつけの「寿し利」の前で「へへん」の佐々木厚さん

 タナカさん、ゴトウさん、それに
後から遅れて幻冬舎の大島加奈子さんが
いらした。

 ぼくは昨日エッジを忘れてしまって、
ネットにつなぐのにエライ苦労した。

 ところが、東京のあちらこちらには
「野良電波」がある。
 無線LANでプロテクトしていないで
インターネットに入れる場所が
あちらこちらにあるのである。
 
 電通本社の一階にも野良電波があって、
ネットに入れて助かったが、
 「寿し利」の店の外にも野良電波があった。

 野良電波をつかまえた後、
ちょっとふらふらと散歩していたら、
 「ホテル 銀座ダイエー」
というのがあった。
 
 あれ、懐かしいなあ、と思った。

 カナダのバンクーバーで
15歳の時に一ヶ月ホームステイした
時のホストファミリーの「お母さん」がVernaである。
 Vernaは、私が大学生くらいになった時に
仲間を連れてやってきて、
 このホテルに泊まっていたことがあるのだ。

 その時、私は彼女たちをいろいろな所に
連れていくのに、何回か
 ダイエーまで迎えに来たのだった。

 まだあるとは知らなかった。
 君、まだここにいたのか!
とびっくりしたような気分だった。

 寿し利はとても良い店で、
さすが佐々木さんだった。
 
 そのステキな店からちょっとふらりと出て
夜の街を歩くのが、また良かった。
 
 大島さんのご両親はニューヨークに住んでいる。

 「父からいきなり電話があったんですよ。
茂木さんのブログを読んでいるらしくて、 
 先日、弊社にいらして
 社長の見城に会っていただいた時の
ブログを読んで、「おい、お前、出ていたな」
とわざわざ電話してきたんです。」

 ぼくのブログはいつの間にか野良ブログになって、
ニューヨークまでふらふらと出かけていたらしい。

 ニューヨークの野良ブログと仲良くなって、
一緒にみゃあみゃあないていたかもしれない。

 何事にしろ、野良というものはいいもんだ。

9月 28, 2006 at 07:49 午前 | | コメント (7) | トラックバック (1)

2006/09/27

モザイクをかけませんでした

 朝一番で、忙しくて
ずっと行けなかった健康診断に。

 ほぼ年に一回の、儀式のようなもの。 
 身長や体重を量り、心電図をとり、
尿をとり、レントゲンをとり、血液をとる。

 なんだかシュンとする。
 身体が物質系として扱われ、その
データがとられるということもあるし、
 自分が「いつか死すべきもの」であるという
事実に直面させられるということもある。

 終わって街を歩いていると、何だか「娑婆」に
出たようでほっとする。
 こういうことが、あと?十回繰り返され、
そして私はこの世にいなくなる。

 車谷長吉さんの『世界一周恐怖航海記』
を読んだらとても面白くて、
 文学者の心性というのは何だろうと思った。
 世捨て人?
 安楽椅子を拒否する?
 
 自分の気に入った作家の文学全集を二、三回
読み、
 暗誦できるくらい慣れ親しむ。
 辞書を端から端まで全部目を通す。
 それでも作家になる必要条件であって、
十分条件ではない、と車谷さん。

 世の中に対する立ち位置。
 人生をありのままに見てしまうこと。
 人間の欲望の芯のようなものを、世間などには
遠慮せずに
露わにぐいと引き寄せて言葉の数珠つなぎにする。
 それが、
 小説家の業というものなのだろう。

 電車で移動しながら考えた。

 人生を一つの動物の軌跡として見た場合、
絵に描いたような成功や、
 ビジネス・ライクな合理主義や、
 自己啓発本にあるような野放図な楽天主義
ではなく、
 「うねうね」や、「ぐだぐだ」や、
どうしょうもない失敗にこそ
 その本質が顕れる。

 外れたり、落ちたり、たたずんだり、
すねたり、怒ったり、また希望をもったり。

 大雨。
 「世界一受けたい授業」の打ち合わせ。
 佐谷直子さん。

 台本を広げ、パソコンで動画をチェックし、
進行を確認する。


(お断り:一部モザイク処理してあります)

 佐谷さんを初めとする「セカジュー」の
スタッフは大変優秀で、
 「アハ体験」が今やいろいろなところでパクられて
(失礼、普及して)
やられている現状において、
 常に「一歩先」を行こうとしている。

 スタッフの走力を結集した「一段
とパワーアップ」したアハ体験とは何か?
 オンエアをお楽しみに。

 『ニューロンの回廊』の打ち上げがあった。
 二次会で、花野剛一プロデューサー
(通称花野P)がマイクを掴んで
シャウトした。
 歌に合わせて手を叩き、踊った。

 半年間、苦楽をともにした「花野組」
のみなさんとも、とりあえずはこれで句読点
(「。」ではなく、「、」)。
 皆様、お疲れ様でした。そして、ありがとう
ございました。

 花野P、またこのうるわしい場所でお会いしましょう!


気合いが入る花野P
(こちらの写真は、モザイクをかけませんでした。)

9月 27, 2006 at 09:07 午前 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2006/09/26

『「脳」整理法』増刷

ちくま新書「脳」整理法
増刷(11刷、累計92000部)
が決定いたしました。

ご愛読に感謝いたします。


9月 26, 2006 at 07:13 午前 | | コメント (2) | トラックバック (2)

『生きて死ぬ私』(ちくま文庫版)増刷

『生きて死ぬ私』 (ちくま文庫) 
は増刷(3刷、累計15000部)
となりました。
ご愛読に感謝いたします。


9月 26, 2006 at 07:10 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

スヤスヤの人の横で

 論文を、ひとつ仕上げて送った。
 まだまだ続きがある。
 休む暇もない。

 あの「スネークマンショウ」の桑原茂一
さんのワルダクミで、
 金髪になって英語で喋った。
 ウォーホルなのです。

 向かって私の右に映っているのが、
桑原茂一さんです。
 一番左に、吉村栄一さんの姿も。

 移動中、東京駅の丸の内口の
前にちょっとした階段などのある
スペースがあることに気付き、
 そこで仕事をした。
 
 神出鬼没。どこでも仕事をする。
隙さえあれば仕事をする。
 それで、手が動かせないような
状況では、
 仕方がないので、
 何事か考え出す。
 
 幸いにして、考えるべきことはたくさんある。

 だーっと猛スピードでタイプしていると、
 すぐ近くの花壇の端に、
新聞紙を敷いて、顔をタオルで
覆って気持ちよさそうに眠っている
人がいる。

 制服を着た人が二人私の横を
通り過ぎていって、
 おや、何だろうと思ったら、
 何事もなくまた戻って、
赤レンガドームの方に歩いていく。

 駐車違反の取り締まりをする
民間の人たちだった。

 花壇の横で眠るのが
ニンゲンのチュウシャキンシに反する、
というわけでもなかったようだった。

 しかし、スヤスヤの人の横で
仕事をしていると、
 人が来る度に、
 怒られるのではないかとドキリと
するのである。
 
 PHP研究所。東京座会。
 何回か欠席してしまったので、
久しぶりである。

 東京座会のメンバーは、
池内恵(思想史、中近東)、
牛村圭(思想史)、北康利(作家)、
中西寛(国際政治学)、福田和也(文芸評論家)、
古川元久(衆議院議員)、茂木健一郎、
若田部昌澄(経済学)、永久寿夫(選挙制度)。

 今回は、福田さんと中西さんは欠席でした。

 安倍晋三政権の誕生が近いというので、その
話題と、
 今後の議論のテーマについて。

 私は、「ギャップ・イヤー」の話をした。
 安倍さんは大学の九月入学を提唱されているが、
そのことと関連付けて。

 東京座会のメンバーは、どちらかと言えば
普段から政治や経済、政策のことを考えて
いる人たちで、
 それに対して私はどちらかと言えば
「アウェー戦」である。

 しかし、人生において、アウェー戦を闘う
ということは、もはや私にとっては日常になって
しまったから、取り立てて問題にすることでは
ないと感じている。

 そのことに関連して、
 昔は気になったいろいろなことが、
どうでも良いことになってきてしまった。
 本質だけを見つめて、そこで厳しい闘いを
して行きたいと思うのである。

 先日の長野でのcobaさんとのトークセッションの時、
途中で、
 「しかし、これだけ最初からセンセイ、センセイと
呼び続けていると、普通の人だったら、途中で
「センセイと呼ぶのは止めてください」と言う
と思うんだけど、茂木さんは言わないということは、
二つの可能性がありますね。一つは、本当に
自分でセンセイだと思っているということ、
もう一つは、そういうことは超越しているということ」

 チョウエツしているかどうかは判らないが、
cobaさんがセンセイ、センセイと言って
いたこと自体に気付かなかった。
 
 PHPエディターズグループの
石井高弘さんとビールを飲みながら
話す。
 もちろん、石井さんとしては
仕事の一環であって、
 本を書いてください、というのである。

 石井さんからいただいたレジュメは、
きわめてシリアスなものであった。

 「こんな企画でいいんですか? これだと、
そんなに売れませんよ」
 「いいんです。売れる本は別にあるんですから。
茂木さんとは、きっちりとした本を作って
いきたいと。」
 「しかしですねえ、書き下ろしの本で、
原稿が止まってしまっているのがたくさんあるのです。
あれと、あれと、あれと、あれと。そうか、
4つか。おかしいな。もう一つあったような
気がするんだけど、何だろう。」
 「ちょっと待ってくださいよ。あれと、あれと、
あれと、あれと。あれ、茂木さん、N出版の
Mさんの本、忘れていませんか?」
 「しまった、そうであった。傷だらけの
マキロンこと、NTT出版の牧野彰久さん
の本があったのだった。つまりですねえ、
石井さん、一冊半年としても、石井さんの
本に取りかかれるのは、2年半後、という
ことになりますね。」
 「でも、順番にやっていく、とは
限らないでしょう」
 「NTT出版には、今度、コムニスという
のの編集会議で行くのです。その時、マキロンも
現れるに違いありません。より根本的な
問題としてはですねえ、石井さん、ボクは、
今後は英語での表現を増やしていきたいと
思っているのですよ。」

 結局人生は毎日選択の連続だから、
何をやるか、ということはきちんと
選んでいかなければならない。

 勉強しなくちゃいけないことも
たくさんあるし、
 その中で、ある意味では必死になって
表現活動をし、人と会い、時にはビールを
飲んで腕立て伏せをしていく、ということに
なるのであろう。
 
 大切なことがあった。

 銀座のソニービルの中の
QUALIA東京が、9月一杯でクローズに
なるというので、
 ピエール・マルコリーニを持って
伺ったのである。
 メールを下さった築澤俊祥さんは
いらっしゃらなかったが、
 カードといっしょに託した。

様々な思いがこみ上げてくる。

 QUALIA東京の皆様、ありがとうございました。

9月 26, 2006 at 07:04 午前 | | コメント (7) | トラックバック (1)

2006/09/25

糸くずだらけになっていた

自分は「ホープフル・モンスター」
(希望に満ちた怪物)なんだ、と気付いてから、
随分気が楽になった。
 というよりも、自分がやっている
いろいろなことが、説明できるようになった。

 なぜ、「科学者」という肩書きがあ
りながら、エッセイを書いたり、評論を
書いたり、小説を書いたりするのか?
 テレビに出たり、キャスターを
したりするのか?
 突然変異のホープフル・モンスター
なんだから、仕方がない。

 子どもの頃から、「自分はこの集団に
何の過不足もなく収まる」と感じた
ことが一度もなかった。
 だから、どの専門家集団にも完全には
収納されないホープフル・モンスターに
なっても、仕方がないことなんだろう。

 長野に着き、
 座って待っていると、cobaさんが
現れた。
 とにかく強烈なキャラクターで、
いろいろ周囲に仕掛けていく、
 そのリズムが心地よかった。

 SBC信越放送の方が、
「茂木さんとcobaさんて似ていますねえ」
と言われていたが、
 確かに、cobaさんも、アコーディオンという
楽器を武器にワールド・ミュージックの世界に
切り込んでいった突然変異種として、
 ホープフル・モンスター仲間なのかもしれない。

 「cobaさん、ご一緒に行きませんか!」
とお誘いして、
 一緒に善光寺の戒壇廻りにいった。

 池上高志と行ったのが最初で、
それ以来長野というと、戒壇巡りに
行くのを楽しみにしている。

  まさに、そのような、「暗闇の中を手探りで歩く」という思い出すことのできない記憶を、私は長野の善光寺で探り当てたような気がした。
 善光寺の本堂の下には、「戒壇廻(ルビ:めぐ)り」と呼ばれる場所がある。人々が暗闇の中を手探りで歩き、極楽につながる錠を触ることができれば幸せになれると伝えられる場所である。
 私が戒壇廻りを初めて訪れたのは数年前のことである。どんな趣旨の場所かも知っていたし、そこが暗闇であるということも知識としては持っていた。しかし、善光寺の本堂に入り、地下につながる階段を下りていった時に私を包んだ完璧な暗闇には、すっかり度肝を抜かれてしまった。不特定多数の人が出入りするような場所が、まさか本当に何も見えない暗闇になっているとは思っていなかった。その思っていなかったところにどんと暗闇がぶつけられたから、内心かなり動揺した。なぜか、額のあたりにチリチリと熱いものを感じながら(これは、おそらく、暗闇で前に移動する時に、突起物が額のあたりにいきなりぶつかる可能性をカラダが感じて身構えていたということではないかと思う)、私は壁伝いにゆっくりゆっくり歩行した。
 やがて、何とか錠を触ることができて、地上の光の下に出てきた。私は、錠を触ることができたということに喜ぶというよりも、あの暗闇から抜けられたことにほっとしていた。それくらい、完璧な暗闇の中で歩くという体験は、私を動揺させた。
 それまでの私の人生でも、暗闇の中を歩くという体験が全くなかったわけではない。お化け屋敷。神社にクツワムシを捕りにいった時。あの電柱まで、とふざけて目をつむって歩いた時。停電した時。そのような時、私の手は確かに暗闇を探っていた。しかし、善光寺の戒壇廻りのように、本当に何も見ることのできない暗闇の中を、全く光を持たずに歩くという体験は、初めてであった。
 戒壇廻りは、衆生に自らの置かれている無力な状態を自覚させ、釈迦の慈悲をこいねがう気持ちにさせるという趣旨の装置なのであろう。その場所で、私は、私たちの祖先にとっては間違いなくなじみ深い体験であった、暗闇の中を手探りで歩くという私の中の「思い出せない記憶」を探り当てた。
 新月の晩は、必ず一月に一回はやってくる。火を手に入れるまでの長い歴史の中で私たちの祖先が経験したのと同じことを、私は思い出せない記憶の中から拾い上げたのである。

 茂木健一郎『脳と仮想』(新潮社)より

 「cobaさん、最後に行ったのはいつですか?」
 「4歳の時かなあ」
 「えっ!」
 「長野県人にとっては、一つの儀式のような
ものなんですよ。こわくてねえ」
 「それは、子どもの時行ったらこわいでしょうね」
 「いたずらっ子が入って、中で迷ってしまって、
一週間後に出てきた時には、なぜか体中が
糸くずだらけになっていた、という噂を聞きましてね。
「糸くずだらけになっていた」というところが、
妙なリアリティがあって、子供心に怖くて仕方が
なかったんですよ。」
 「なるほど」
 「それで、親に連れられて入った時、迷う
くらいなんだから、どれくらい広いんだろうと、
右手で壁を触って、左手で闇を探ってみたんですけど、
全然何もさわれなくて、その向こうにものすごく
大きな空間が広がっている、という感じがしたんですよ」

 この会話を読んだだけでも、cobaさんの
類い希な感性が伝わると思う。

 落成したばかりのSBC信越放送の社屋の中で、
抽選で当たった150名の方々を
前にトークショウをした。

 後にラジオで放送されるとのこと。
 一時間では全然足りないくらい盛り上がって、
もっと話したい気持ちだった。

 「世界には数千種類の言語があるじゃないですか。
その全てを理解することなどとても不可能だから、
せめて音楽として聞きたいな、と思うんです。
その点、音楽は最初から国境がないから、cobaさんは
良いポジションにいますよね」 
 「ところがね、茂木さん、音楽にも壁があるん
ですよ。この国では、この楽器を使ったこういう
ジャンルの曲は、絶対に売れないとか、そういった
見えない壁があるんです」
 
 アコーディオンで闘ってきたcobaさんならではの
言葉だった。
 なるほど。音楽にも壁があったか。

 トークセッションの最後に、cobaさんが
言った。
 「茂木さんは、音楽家が作曲したり演奏したり
するときに、ああ、この人はこういうクオリアを
目指していたんだ、と言い当てることが
できますか?」
 「そうですねえ。完全にではないですけど」
 「これから、ボクが今日茂木さんと話してみて、
「こんなクオリアだった」という曲を、即興
で弾きますから、後で、どんなクオリアだったか、
解説してくださいね!」

 cobaさんが取りだしたアコーディオンの
美しさにうなった。
 いきなり、麗しき宇宙が降臨したよう。

 cobaさんが弾きだした曲はバロックの荘厳な
曲のようでいて、それでいてアルゼンチン・タンゴ
のような官能に満ちていて、
 うわっと圧倒された。
 ぼくは、アコーディオンには120のボタンが
あってそれも押して音が出る、ということさえ
知らなかったのだ。

 「どうです、茂木さん、どんなクオリアでしたか?」
 「宇宙樹、のようでした」
 「ウチュジュ?」
 「北欧神話で、世界を支えているという巨大な
樹木のことです。」
 「そうか、やっぱり、茂木さんは、地球から
宇宙を支えている樹木なんですね」
 「さっきcobaさんが、褒められておわるのは
不愉快だ、と言っていたじゃないですか!
 きっと、見た目の体型が大きな幹のようだ、
というだけのことなんじゃないかなあ」
 「境界を越えてるんじゃなくて、単に肥えとる、
という感じですかね。はははは」
 「なにぃ!(笑)」

 SBC信越放送の人に「似ている」と言われた
cobaさんと私だが、帰り支度をすると
ますます似てきた。

 「アコーディオンは背中に背負うんですね」
 「そうです。このリュックだけでも、15万円
ですよ」
 「まるで、カタツムリが移動しているようですね」
 「茂木さんも、そんなに大きなリュックしょって、
変わらないですよ!」

 新幹線に乗ってすぐ、論文の仕事を始めた。
ホープフル・モンスターは、何しろ、
 在来種の数倍のジャンルの仕事を抱えている
ので、本当に忙しいのだ。
  
 軽井沢で隣りに人が乗ってきて、
その辺りからうとうとし始めて、
 MacBookを膝に載せたまま
眠ってしまった。

 今日も論文書き、原稿書きと、
「現場系」の仕事が待っている。

 この日記を書いている時が唯一の息抜きかも
しれない。

 もっとも、息継ぎをしていないと、
人間、やっていられない。

9月 25, 2006 at 04:50 午前 | | コメント (13) | トラックバック (3)

2006/09/24

(本日) coba&茂木健一郎トークセッション

coba & 茂木健一郎トークセッション

長野県長野市
TOiGO WEST(生涯学習センター 4F) 13:30〜

http://sbc21.co.jp/information/toigo/toigo-event.html

9月 24, 2006 at 05:08 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

(本日)驚異の脳内物質SP

2006年9月24日(日) 14:00〜15:25
「驚異の脳内物質SP」
テレビ朝日系列

番組表

9月 24, 2006 at 04:56 午前 | | コメント (4) | トラックバック (3)

月を見上げて「宇宙感覚」を取り戻そう

ヨミウリ・ウィークリー
2006年10月8日号
(2006年9月25日発売)
茂木健一郎  脳から始まる 第23回

月を見上げて「宇宙感覚」を取り戻そう

抜粋

 数年前、大阪の街を歩いていて、うさぎがお月見をしている様子を表した「月見人形」を見つけた。すすきの穂の横で、月を見上げているうさぎ。餅をつきながら、仲間と楽しげに語らっているうさぎ。そのような趣向の人形を見ていたら、急に「お月見がしたい!」という思いがこみ上げてきた。
 涼しい風に吹かれ、虫の音を聞きながら、はるか天上にある美しい月の輝きを見やる。そんな時間の流れを想像するだけで、インターネットや携帯電話に追い立てられている現代人の生活にはない不思議な安らぎが心を満たし始めるのである。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/


9月 24, 2006 at 04:56 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

認知科学におけるやさしい問題とむずかしい問題

Lecture Records

茂木健一郎
認知科学におけるやさしい問題とむずかしい問題
共創と複雑系のシンポジウム
2006年9月23日
早稲田大学理工学部(大久保キャンパス)

 音声ファイル(MP3, 65.6MB, 71分)

9月 24, 2006 at 04:55 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

ぐるぐると回る土塊(つちくれ)の上に

相澤洋二さんは、私の
大好きな先生の一人であって、
 目に明るい狂気の影があるというか、
アタマの中でずっとジャズの音楽が
鳴っている気配がある。

 シンポジウムの最後にあったディスカッションで、
相澤さんが、
 「物理学を初めとする客観化という
ことについてどう考えるのか、
 そのことをみなさんどう思いますか? 
 それではダメだ、というのだったら、
思い切り主観というものに向き合うべきなので
あって、
 その勇気がないのだったら、やらなければ
良い」
という意味のことを言われたのが
大変印象的であった。

 私は、それを受けて、
 「確かにコペルニクス的転換が
必要とされているのかもしれませんね」
と言った。
 
 今となっては当たり前のことだけれども、
天動説の世界から地動説への転換は
大変勇気の要るジャンプだったに違いない。

 自分たちが安定した世界の中心に
いるという世界観から、
 一気に、宇宙の中を物凄いスピードで
ぐるぐると回る土塊(つちくれ)の上に
立つという脆弱な虚空の中に投げ込まれる。
 それが、ショックでなかったはずがない。

 私は、意識のハードプロブレムに
どのような戦略で臨むべきか、
という話をしたけれども、
 どこかでコペルニクス的転換に相当する
ジャンプをする必要があるのだろう。

 足元がふらふらするような
脆弱さの中に飛び込む必要が
あることを銘記せよ。

 時間の方はまったく破産していて、
大変苦しい。

 シンポジウムの後電通の佐々木厚さんが
来ていて
 数人で焼き肉屋に入ったが、
 マジできびしくビールを一杯飲んで、
キムチを食べたところで
 出た。

 灯台守になって、光の番だけしながら、
ゆったりと思索できたらどんなに
いいかな、と思うときもある。

 幸福な人にも、不幸な人にも、
宇宙の光は平等に与えられている。

9月 24, 2006 at 04:33 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2006/09/23

共創と複雑系シンポジウム

共創と複雑系シンポジウム
(Symposium on Co-Creation & Complexity)
共催:SICE SI部門 共創システム部会,早稲田大学複雑系高等研究所(AICS)
会期:9月22〜23日(22日は18時より懇親会)
会場:早稲田大学理工学部55N大会議室
参加登録費:1,000円(含む懇親会費)

22日(金)
10時30分 基調講演 相澤洋二(早稲田大学)
       題目:複雑系の問題と共創
11時30分 野澤孝之(大学評価機構)
12時30分 昼休み
13時30分 鈴木健嗣(筑波大学)
       題目:共創によるコミュニケーションと誘発するインタフェース
14時30分 西本一志 (北陸先端科学技術大学院大学)
       題目:インフォーマル・コミュニケーションによる知識共創場の構築
15時30分 休憩
15時45分 村田勉(NICT)
       題目:無意識過程の創造性と共創的コミュニケーション
16時45分 郡司幸夫(神戸大学)
       題目:内在する自己修復能
18時    懇親会

23日(土)
10時    基調講演 橋本周司(早稲田大学)
       題目:複雑さと共創
11時    鈴木 平(桜美林大学)
       題目:心理学における複雑系研究−事例と展望−
12時    昼休み
13時    三宅美博(東京工業大学)
       題目:共創システムと複雑性
−コミュニカビリティーの支援技術に向けて−
14時    高松敦子(早稲田大学)
       題目:複雑な振舞いをする細胞観察のための構成論的アプローチ
       −真正粘菌変形体に見られる自発遷移現象−
15時    休憩
15時15分 茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所)
       題目:認知科学におけるやさしい問題と難しい問題
16時15分 総合討論

9月 23, 2006 at 07:31 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

珍しい魅力的なキノコ

『きっこのブログ』 
は、誰が書いているのか、何人で
書いているのかわからないけれども、
すばらしい「アート・プロジェクト」
であると思う。

もはやインターネット上のブログなどは
主流のメディアなのだろう。

クオリア日記を書き始めたのが、
1999年11月11日。
最初のうちは、「よく毎日書きますねえ」
とか、「時間とるの大変じゃないですか」
とか、とにかく、インターネット上に
何かを書くのは、論文や本を書くのよりは
「一段下」の行為である、というような
ことを前提に、揶揄的に話しかけてくる人が多かった。

 自分の中でも迷いや揺れのような
ものはあって、「ここはプライマリーな
メディアだ」と確信のようなものが
生じたのは、しばらく試行錯誤を続けてからの
ことだった。

 『きっこのブログ』は、そのスタンスや
内容など、すでに「マスコミ」を超えていて、
情報価値が高い。
 2006年のブログ大賞、読者賞を
受賞したが、 
 『きっこのブログ』を支持する読者が
これだけいるということは、
 日本人もバランス感覚がまだあるということで、
なんだかうれしい気がする。

 そもそも、ある問題について賛成か
反対か、というのはその人の個人の自由で、
 大切なのは社会の中に様々な意見が
存在する、「生態学的多様性」である。
 
 インターネット上で、右から左、
上から下、中から外まで、様々な意見が
並列している状態こそが、豊かな森のようで
好ましい。
 日本という言論の森は、ともすれば
生態学的にはつまらないモノカルチャーに
なりがちだけれども、 
 そんな中、『きっこのブログ』という
珍しい魅力的なキノコを木陰で見つけてうれしかった、
と思う人は多いのではないかと思う。

 『きっこのブログ』は本になるそうで、
インターネット育ちのキノコが本屋に並ぶ
ことになるわけである。

 全てのメディアがそうだが、インターネットという
メディアも使い方次第である。
 誰かが、明治に当時の「ベンチャー企業」だった
新聞に連載小説を書くことを選択した
夏目漱石は、
 今だったらインターネット上に小説を
書くことを選んでいただろう、と言っていたが、
 まさにそうなのではないでしょうか。

 この「クオリア日記」も近日中に
徳間書店から書籍化される予定です。
 タイトルは、おそらく
 『やわらか脳 ー茂木健一郎 クオリア日記1ー』
のようなものになります。
 単なる時系列ではなく、徳間書店の本間肇さんが
苦労して並べ直し、編集してくださっています。
 インターネット上で無料公開されている
テクストですが、
 その「編集」に、付加価値があるわけです。

 研究所合宿最終日に参加するために、
再び逗子へ。

 タクシーで佐島マリーナに向かっている時に、
一日前、逆に走っている時に
思いついてそのあと忘れてしまった
大切な着想を思い出した。

 佐島マリーナから逗子に行くまでに、
意識を支えるダイナミクス、希望に満ちた怪物、
そしてもう一つ着想があったのだが、
その何か、を思い出せずに気持ちが悪かった
のである。

 やはり、記憶は場所依存的で、同じところで
思い出すことができた。

 上の三つの着想の中で、
 自分自身が「希望に満ちた怪物」
(hopeful monster)
 
であるということに気付いたのは大きな
ことだったが、  
 考えてみれば私が「自画像」
と称して描いている「フラワーピッグ」
は「希望に満ちた怪物」である。

 決して主流ではなく、しかし、
いつか大きな花を咲かせることを
夢見てつぼみをくわえて上を向いている。

 フラワーピッグは、希望に満ちた怪物なのです。

 今、インターネットという場所には、たくさんの
「希望に満ちた怪物」がいるのではないか。
 マスメディアが活性化するためには、
これら奇妙で魅力的なものたちのsearch partyを
組織する必要があるだろう。

 先にブログに書いたMogiquitous computingには、
多くの反響をいただきました。
 
 読者の皆様のご期待にお応えし、
 作者の大和田茂クンを、帰りの電車で
撮影しました。
 この人が、大和田クンです。

<大和田茂クン 湘南新宿ライン、車中にて>

 大和田クンから、Mogiquitous Computing
のURLを教えてもらいました。

http://www.geekcore.jp/owd/Mogiquitous/

 内容を説明したpdf fileも上のURLから見ることが
できます。

また一つ、ここに珍しく魅力的なキノコが・・・・
 
 皆さん、今日も元気でがんばりましょう!

9月 23, 2006 at 07:24 午前 | | コメント (7) | トラックバック (3)

2006/09/22

ばらばらになって、それがまた一緒になる時に

佐島マリーナから逗子駅に向かって
いる時、
 オレはvariantだな、とぼんやりと
考えていた。
 
 なぜ、このようなことをしているのか、
クオリアや神経経済学、著述、テレビのこと
などを考えているうちに、
 そうか、自分自身がhopeful monster
だったのか、と思い至った。

 進化論のhopeful monsterという
概念に心惹かれて半年。
 あれは自分がいかに生きるかという
一人称の問題だったのか。
 なんだかhopeful monsterは切ない。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録前のスタジオで打ち合わせを
している時に、
 「テレビは太って映る」という
話題になった。

 ちょうど、スタジオのモニターに、
私や住吉さん、ディレクターの大坪さんが
映っている。

 「スタジオのモニターにも、少し太って
映るんですね」
とすみきち。

 「うん?」と有吉伸人チーフプロデューサー
(ありきち)

 「私、家庭のテレビ画面に送られて、
そこに映らないと太っては見えないのかと
思っていました。」

 「どういうことですか?」(私)

 「つまり、画面が電波で送られるとき、
一度ばらばらになって、それがまた一緒に
なる時に、太るんじゃないかと思って
いました」

 「あのなあ、すみきち。電波で送られるとか、
そういうことは関係なくって、あれはレンズ特性
の問題なんだよ!」(ありきち)

 「すみきち、文系的発想!」(大坪)

 「明日のブログで書くネタができた!」
(私)

 ゲストは、海上保安庁の特殊救難隊の
寺門嘉之さん。

 漫画「海猿」などで話題になった
海上保安庁の潜水士部隊の中でも、
嵐の海での救難や危険物を積んだ船
での火災など、困難な現場にだけ
出動する「海猿のトップ」である。

 打ち合わせの時、ありきちさんが
「茂木さん、今度のゲストはとにかく
かっこいいですよ!」
と言っていた通り、
 とにかく「かっこいい!」人であった。

 鍛え上げた胸囲115センチの
肉体と、精悍なマスク、そして何よりも
冷静沈着な人柄。

 人の命がかかる危険な現場だが、
そのような状況さえも「楽しむ」
ことができるという寺門さんの
お話に、やはりプロというものは
そういうものかと納得が行った。

 私は肉体派というものとは無関係な
人生を送ってきたが、
 ここのところ腕立てとか腹筋に
凝っていて、
 珍しく三日坊主にもならず
一日の句読点のようにやっている。
 (8月のロシア以来)

 「慢性筋肉痛」の状態が
心地よい、という感じなのである。

 それで、寺門さんが連続何回
腕立てふせができるのか、知りたかったが、
どうやらそういう問題ではないらしい。

 (つまり、普通の腕立て伏せだったら、
ほとんど無限にできる、っていう感じ?)

 肉体の世界の奥深さを知る。

 このまま三島由紀夫的
自己改造の方にいって
しまったらどうしよう。
 (絶対そんなことはないと思うけれども)

 大学生の頃、私は三島がつくっていたという
「タテの会」に対抗して、
「ヨコの会」(ヨコになって、何にもしないこと
を是とする会)をつくっていたことがあるのだ。
 会員は二人だったけれども。
 
 昨日のブログで書いた中央公論新社の
岡田健吾さんからメールが来た。

 「づ」ではなくて、「ず」だったという
のである。「かたづける」ではなくて、
「固唾を飲んでお待ち申し上げます」
という意味だったということ。

 そうであったか、オカダケンゴさん、
すいませなんだ。
 固唾をのんで、かたづけます。

 収録後、こわい思いをした。

 スタジオの外に、NHKブックスの
「怪奇オオバタン」こと、大場旦さんが、
 「茂木さああんん・・・」と待っていたのだ。

 私は、言い訳にこれ終始した。
 「あのですね、ここのところ私は
非常に苦しいのです」
 「それで?」
 「学生たちとの論文も終わらせなくては
いけないですしね、いろいろと。」
 「それはブログを読んでいるから知って
いますよ。」
 「何しろ、半日の空き時間もない状態
なのです。」
 「しかし、この辺で一つ誠意を見せて
いただかなくてはねえ。」
 「はい」
 「何も、一気に全部、とは言っていないんだ。
せめて一章、二章分から入れてくれませんか?」 
 「はい」
 「いつまでもずるずる伸びてしまっては、
お互いにこまるんでねえ。完済がいつなのか、
ひとつ、見通しをお聞かせいただけませんか?」
 「はい。そういえば、大場葉子さんは
元気ですか」
 「ごまかそうったって、そうはいかないんだ!」
(ドン!)

 いささか脚色されてはいますが、趣旨は
そういうことでした。ハイ。

 「希望に満ちた怪物」としては、
一体どうなってしまうのかわからない
自分の人生を楽しみつつ、
 いつかまだ言葉にもなっていない
何かの姿がくっきりと見えることを
希望してがんばって行きたいと思うのであります。

9月 22, 2006 at 07:20 午前 | | コメント (9) | トラックバック (3)

2006/09/21

プロフェッショナル 仕事の流儀 進藤奈邦子

プロフェッショナル 仕事の流儀 アンコール

鳥インフルエンザを封じ込めろ

〜WHO メディカルオフィサー・進藤奈邦子〜

世界の感染爆発を食い止める、WHOのメディカルオフィサー、医師・進藤奈邦子(42歳)。世界中で起こる鳥インフルエンザの最前線に立つ。進藤は、鳥インフルエンザの発生の知らせを聞くと、世界中、どんな場所でも駆けつける。自らの命を危険にさらしながら、感染ルートの確認や、隔離病棟の設置にあたりガイドラインを作成する。二児の母親でもある進藤は、子供たちが危険な仕事に立ち向かう力の源だと言う。この冬、鳥インフルエンザの感染爆発を食い止めるために、現場で戦う、進藤の仕事に密着する。
好評に応え、アンコールで放送する。

NHK総合
2006年9月21日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/

9月 21, 2006 at 08:02 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)

ユーモアは、お家の大事

年に一回の研究所の合宿で逗子の
佐島マリーナに来た。

 ここのところ、この日記では「余裕」
の気配をできるだけ出そうとしているけれども、
実は相変わらずツナワタリの日々が
続いている。

 ボクのトークの順番は午後の一番で、
午前中はシステム生物学の北野宏明さんから
始まる。

 ボクは、自分のトークのパワーポイントの仕上げを、
午前中のセッション中に得意の
カケモチ法でやろうと思っていた。

 そうしたら、所長の所眞理雄さんが、
開口一番Please shut your computers.
と言った。
 (注:ソニーコンピュータサイエンス研究所は
外人比率が多いので、公用語は英語である)

 講演と討論に集中するため、コンピュータを
閉じろ、というのである。

 ぼくはうわっと思ったが、
「所長命令」だし、ぼくは所さんの目の前に
座っていたので、大人しくコンピュータを
閉じた。

 そもそも、コンピュータの達人が
多いので、みな、会議をしながらコンピュータで
いろいろやる、というのが普通に見られる
光景になっている。

 みんなが目の前にあるコンピュータを開かずに
話を聞いている光景は、不思議だった。
 
 さすがは所さん。いつもよりも集中して
聞けたのではないかと思う。

 ところで、仕上げが終わっていない
ボクのパワーポイントはどうなったのだろうか。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
風に言えば、 
 
 ピンチになった時、茂木がいつも
大切にしている言葉がある

というナレーションが入り、

 大丈夫、何とかなる。

と黒のバックに、白ヌキの文字が
出ることになる。

 つまり、何事も完璧な準備が
できるということはないのであって、
 予想と違っても、それくらいでは
へこたれない、ということである。

 昼食の後にだーっと集中して
やったのと、
 パワポを使いながら、時々ホワイトボードに
必要な事項を書くということで、
ちゃんとトークを終えた。

 実際、このように日記に書かなければ、
研究所の仲間たちはボクの内面に
そのようなことがあった、ということに
気付かなかっただろう。

 午後は、ずっと田谷文彦とか、
Zhang Qiさんとか、Oliver Coenenとか、
脳科学グループのトークだったので、
 ナイショクは控えて、マジメに
討論に参加した。

 時に、Oliverとは、脳科学の
路線問題について、はげしくも熱い「闘論」
を繰り広げた。

 コンピュータ禁制令も、
徐々に緩くなっていって、
 いつものようにかしゃかしゃとやる
人の姿が目立ち始めた。
 (メモを取っているのです。メモを!)

 私の方と言えば、
 目下の最重要課題は、論文をしあげて
投稿することで、
 話の切れ目などに、少しずつ
referenceなどを整備して、論旨を整理し、
文章の形を整える、という作業を進めていた。

 しかし、そんな間も、いろいろな
仕事が飛び込んでくる。
 
 このところ、新規のお仕事は
 もはや、ほとんどお断りしなければ
ならない状況に追い込まれているが、
 それでも、かつてやります、と約束した
仕事の締め切りが、もう来た、
というショーゲキの事実が次々と
判明するのはカラダに悪い。

 中央公論新社の岡田健吾さんから
留守電が入っていた。
 オカダくんは、いつも、咳き込むように、
畳みかける。
「、」はあっても、「。」はない
話し方をする

 こんばんは、失礼いたします、
中央公論新社の、岡田健吾と申します、
御用の折、お電話を差し上げて、まことにもうしわけ
ありません、まずは、今朝、原稿の件について、
お返事をいただいて、ありがとうございます、
まずは、ひきつづき原稿の方を、かたづ・・
進めていただければ、幸いにぞんじます、
・・・・・

 「原稿をかたづけろ」
という本音が思わず出そうになって、
あわてて修正する。
 その間合いが面白かったので、
こうして、記録に残しておくことに
した。
 オカダケンゴ、マイッタカ。

 この日記は、もはや、

「仕事の
海でおぼれそうになった男が、
いかに余裕をかまして、人生のオモシロイ
ところだけ針小棒大に表現するか」

という命題を追求する場になっているが、
ユーモアのセンスは大事だと思う。
 
 その意味で、研究所若手のホープ、
大和田茂クンが、トークの最後に
冗談で出した「Mogiquitous computing」
は、私がネタになっていたものの、
笑ってしまった。

 第一弾は、
 人の顔を認識して、それを私の顔で
置き換える、というもの。

<Mogiquitous Computing その1 by 大和田茂>

 第二弾は、
Find Mogi san's hair like region in an
image and add Mogi san’s face
underneath it.
Regions are analyzed by moment and
frequencies.

 ということで、「私の髪型」
に似ている領域を探して、その下に
私の顔を置く、というもの。

<Mogiquitous Computing その2 by 大和田茂>

大和田クンの遊び心に
脱帽いたしました。

 ユーモアは、お家の大事。

 自民党の新総裁にも、ぜひユーモアの
センスを忘れずに国事に当たっていただきたい
と希望いたします。 

9月 21, 2006 at 07:52 午前 | | コメント (9) | トラックバック (2)

2006/09/20

(本日)視点・論点 「ギャップ・イヤー」

視点・論点 茂木健一郎 「ギャップ・イヤー」
NHK教育テレビ
2006年9月20日 (水) 22:50~23:00

http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2006-09-20&ch=31&eid=24835 

9月 20, 2006 at 06:37 午前 | | コメント (2) | トラックバック (6)

フランクなボディーで

博士課程の須藤珠水さんは、
行動範囲が広く、
 北海道に行ったり、京都に行ったり、
いろんなところにいって
学会やシンポジウムに顔を出して
知り合いをつくってくる。

 ゼミに北海道大学の高橋英之クンと
豊巻敦人クンが来た。

 高橋クンは、自閉症の特徴が、
相手の行動に内在する不確実性の
認知にあると仮定し、
 さらにそれに自分の行動の不確実性を
絡めて解析している。

 豊巻クンは、anterior cingulate
cortexのerror detectionの際の活動について、
EEGのsource estimationを
通して研究している。

 二人で二時間話していただくつもりが、
CSL ParisのOliver Coenenが通りかかって、
飛び込みで話をしたので、
 時間があまりなくなってしまって、
 ものすごい早口で喋って
もらうことになってしまった。

 高橋クン、豊巻クン、
オモシロイ話をありがとう!

 時間はさかのぼる。

 初めて、幻冬舎に行った。
 大島加奈子さんのアジトである。

 ニューヨーク帰りの人に写真を
撮られた。
 ニューヨークは3年で、アメリカには
11年いたという。

 岡ノ谷一夫さんにちょっと雰囲気が似て
いて、親近感を覚えてしまった。

 カメラをがっちりと構えて、
「はい、フェイスをもう少し右に向けて」
「えーと、左のハンドを右のハンドの上に
載せて」
などと指示をしながら、
 時折、
 「しまった、ついつい英語で言って
しまうんですよお」
と反省している。
 オモシロイ人なのである。

 オモシロイ人は、Matisse Picasso
とだけ書かれたTシャツを着ていた。

 椅子に腰掛けて、写真を撮られた。
とにかくリラックスしてほしいらしい。
 「もう少し、浅く腰掛けて」
 「ショウルダの力を抜いて」
 「もっと、フランクなボディーで!」

 「フランクなボディー」とは一体どんな
ボディーか。
 僕は、笑いながら、フランクなボディーに
なった。

 幻冬舎を出る時、黒塗りの車が
すーっと来た。
 大島加奈子さんが、「あっ、社長だ」
と言った。
 そのまま動いて行ってしまうかと
思ったら、
 後部座席のガラスがするすると降りて、
見城徹さんが出ていらした。

 「初めまして」とご挨拶する。

 見城さんは、がっちりとした
体格で、
 精力的な印象。
 ゴウカイに笑いながら、
瀟洒な幻冬舎社屋に入っていった。

 後で、大島さんからメールをいただいた。

茂木さんと別れて、会社に戻ってきたら、案の定第一声
「大島ー」と呼ばれ、
「茂木さんはいい人だなあ、なんとも感じのいい人だあ」
とうちのドンが申してました。

「うちでもどんどん本を書いてもらうといい」と言うので、
「さいしょのペンギンを頼んでいます」と言ったら
「おーそれはいいなあ」と言ってました。
 

 それはいいことでありましょう。

 明け方、不思議な夢を見た。

 四角い枠の中に円筒がたくさん詰まっている
んだけれども、
 ものごとを見切るためには、
小さな円筒があってはダメで、
 円筒の透明な赤が一つにつながって
四角い枠全体に広がらなくてはならないのだ。

 「そうだったのか!」とびっくりして
目が覚めた。

 完全に脈絡がついていて、
宇宙の真理を究めたような気がしていたの
だけれども、
 今となってはトンとわからない。
 狐につままれていたのだろう。

 昔読んだCharles Tartの本に
あったエピソードを思い出した。

男がトイレから興奮して飛び出してきて、
宇宙の真理が書いてあった!
などと叫んだので、
 あとから行って見たら、
Please flush after use
という張り紙があったという
のである。

 この話を、だから思いこみはダメだと
考えるのがオチなのか、先があるのか、
今朝の夢で気になった。

9月 20, 2006 at 06:30 午前 | | コメント (7) | トラックバック (2)

2006/09/19

りーんりーんと聞こえる

 最初に菱岩を訪れたのは、
学生の時だった。
 何をしに、「おしら様哲学者」
塩谷賢と京都に行っていたのかしらん。

 菱岩の前から塩谷に電話をしても、
彼も思い出せなかった。

 とにかくでぶ塩に連れられていった。
 予約しないと
受け取れないから、
 塩谷が電話をしたのだと思う。
 今も昔も、あいつは携帯電話を持って
いないから、
 公衆電話からかけたのだと思う。

 菱岩の御主人の河村岩松さんと
お話しながら、そんなことを思い出していた。

 「岩という名前がつくのは、代々の
伝統なのですか?」
 「いや、そんなことはありません、たまたま
私だけで。」
 
 菱岩が200年近く続いてきたことに
ついてうかがった。
 「私たち仕出し屋というものは、ご近所の
方々からご支持されている間は続きます。
支持されなくなったら、それはもう仕方がない、
戦争中の悪い時期を経験したからでしょうか、
祖父は、そんなことを申しておりました」

<京都、菱岩の前で。五代目御当主の河村岩松さんと>

 できあがったお弁当をいただき、鴨川に向かう。

 台風がそれて、かんかん照りで暑い。
 「もうジャケットはいいですよ」
と伏谷さんが言った。

 川のほとりで直射日光を受けていたら、
一日で日焼けしてしまった。

 (家に帰ってTシャツを脱いだら、
いわゆる「土方焼け」になっていた)

 鴨川も、上流にくると自然の色が濃い。
 オハグロトンボが飛び、時折
ヤンマが通り過ぎる。

 鴨川に足を浸して熱心に網を使っている
子供がいた。
 お母さんが近くにいて、眺めていたら、
自然に会話となった。

 「鴨川にはよくいらっしゃるのですか?」
 「そうですねえ。年に一回くらいでしょうか?」
 「あのう、ひょっとしたら、茂木先生でしょうか」
 「はあ」 
 「さっきから、似ている人がいるなあ、と思って
いたんです。」

 ーお母さん、オタマジャクシがいたよー

 見ると、熱心にのぞき込んでいる。

 昼食に入った北山の蕎麦屋、
権兵衛で、ふと気付くと、
りーんりーんと聞こえる。
 「どこにいるのですか?」
とたずねると、おかみさんが窓際を
指した。

 「毎年この中でかえるのですよ」
と言う。

 「水を時々やるのですか?」
 「いいえ。10月くらいになると、
ふろしきで包んで、縁の下に
入れてしまうのです。それで3月頃
とりだして。乾いていたら、その時
水をやります」
 「エサはキュウリに鰹節ですか?」
 「スズムシの餌というのがある
んですよ。あの器、景徳鎮なんですよ。
中国で見つけてね。コオロギを飼うでしょ。
それ用なんです」
 「ほお」
 「二三年に一回、
他のところからスズムシを連れてきて
入れなくてはいけないんです」
 「遺伝子ですね」
 「あまり血が濃くなってはいけないんですね」

 これは良いことを聞いたと思った。
毎年水槽の中でスズムシがかえって、
りーんりーんと鳴いていたら楽しい。

 伏谷さんが、「茂木さんは本当に
虫が好きなんですねえ」とあきれるように
言った。

 加山さんと二人は、もう一日京都で仕事がある。

 名古屋でとなりの人が入れ替わった。
 煙草の匂いのするおじさんで、
原稿を書いていると、PCを取りだして
かちゃかちゃやりはじめた。

 ちょうどいい、と眠った。
 品川で降りていったあとは
静かになった。

 でも、すぐに東京に着いてしまった。

 もとめていたのは、スズムシのりーんりーんが
映える静寂だったのかもしれない。

9月 19, 2006 at 05:28 午前 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2006/09/18

普遍性が担保される二つの道筋

MacBookのキーボードにつき、
対処法のご教示をいただきました。
 ありがとうございました。

 「そうだったのか」と思う店など
多々あり、とても参考になりました。
 
 まだ問題の完全解決には至って
いないのですが、
 同じ症状に悩んでいる人は
多いらしく、
 「一人でなかった」と思うだけで、
随分気が楽になりました。

 たかがキーボードの不具合という
だけで、
 大げさな気もしますが、
なにしろなぜ「シフト+2」を押さないと
「@」が出なくなってしまうのか、
 奇妙きてれつな事態の中に自分だけが
投げ込まれているようで、その不条理の海の
中で宇宙の孤独を感じてもいました。

 だから、それが、「みんなもそうなっている」
「実は、それは、JISキーボードとUSキーボードの
相違と関係している」という形で
「普遍化」されるものだと気付いた時に、
 心が慰安されるような思いがあったのです。

 この、「同じ現象が世界のいろいろな
ところで起こっている」という再現性の回路、
 及び、「JISキーボード」や「USキーボード」
という概念化の回路は、普遍性が担保される
二つの道筋ということができるでしょう。

 「世界でここだけ」
 「宇宙で自分だけ」
かもしれないというむき出しの現実は、
 人を大いに不安にさせるものです。

 人類は言語などを通して普遍化の道を
ひた走ってきたわけですが、
 その心理的必要は案外「不安」からの逃走に
あったかもしれず。

 「菱岩」を訪れるという仕事のため、
夜京都入り。

 「この連休の時期に、よくホテルがとれましたね」
 「はあ」
 
 タクシーの運転手さんにはごまかしたが、
本当は自分でとったのではないのだ。

 テレビマンユニオンの伏谷毅彦さんに
電話する。

 「茂木さん、御夕食はお済みでしょうか?」
 「ええ、新幹線の中で弁当を食べました」
 「われわれはまだなんで、ホテルのまわりを
うろうろしているんです」
 「もう入られたのですか?」
 「それがまだなので。どうせ、われわれも
まだなんですよ」

 どうもヘンだなと思ったら、
一緒に飲もう、ということだったらしい。

 「実はわれわれも新幹線の中で弁当をたべました」
 「そうですか、とりあえず行きましょう」

 祇園へ向かう。

 「一力茶屋ですけどね」
 「ええ」
 「ここに行ってくれ、という目印として
使ったことは何回もあるけれども、実際に
中に入ったことはありませんなあ」

 伏谷さんが10年前、ADの時に
来たというフィンランドのバーに入る。
 今ADという加山隆太さんは
入って2年目。

 テレビマンユニオンは入社試験で
新卒プレミアムがないのだという。
 何歳でも受けられる。加山さんは
現在31歳である。

 伏谷さんは文学青年だったと初めて
知った。
 中学で開高健に出会い、
それから濫読したそうである。

 『ニューロンの回廊』で何回か
ご一緒したが、そんな機微はしらなかった。
 だから、深夜のバーは面白い。

 帰りのタクシーの中で
カズオ・イシグロのNever let me go談義を
した。

 私のキーボードはヘンテコなままだけれども、
だましだまし使っている。

 知らなかった人、わからなかったものが
徐々にわかってくる
のは、
 普遍化であり、不安の解消である。

 ヘンテコはヘンテコとして使いこなす
ということは実は貴重な体験なのかもしれない。

9月 18, 2006 at 08:09 午前 | | コメント (7) | トラックバック (2)

2006/09/17

ニューロンの回廊 最終回

様々な分野で活躍する人たちの“潜在脳力”を研究してきたドクター・モギ。今回彼はこれまでの研究をまとめるためにMOGI脳科学研究所にビッグな客人を招いた。      
その人とは、コピーライターの糸井重里!「おいしい生活」「不思議、大好き」などのキャッチコピーで、日本で最も有名なコピーライターとして活躍している糸井の力を借りて、ドクター・モギはこれまでの研究をまとめたレポートを作成することにしたのだ!果たして「潜在脳力レポート」はいかなるものになるのか?
二人の絶妙なトークに注目!!

放送日:
2006年9月17日・24日 (日)20時〜20時54分
2006年9月21日・28日(木)19時〜19時54分

http://www.bs-n.co.jp/shokai/newron.html


9月 17, 2006 at 07:24 午後 | | コメント (3) | トラックバック (4)

あの椎名誠とたき火をする

ヨミウリ・ウィークリー
2006年10月1日号
(2006年9月16日発売)
茂木健一郎  脳から始まる 第22回

あの椎名誠とたき火をする

抜粋

 椎名さんとたき火をやるというのは、学生の頃からの一つの夢だった。「怪しい探検隊」シリーズなどのエッセイで、椎名さんが仲間たちと離島の海辺などでキャンプをし、たき火の周囲で狂乱する様子を読んでうらやましくて仕方がなく、何時か私も仲間入りしたい、と密かに願っていたのである。
 制作会社のディレクターのタバコタニさんは、最初は「木更津の方まで行かないとダメかもしれません」などと言っていたのだが、いろいろと探したらしく、中央線沿線の大きな植木屋さんの敷地の中でたき火をする段取りを何とかつけてきた。それでも、消防には届け出をしなければならなかったのだと言う。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

9月 17, 2006 at 05:16 午後 | | コメント (2) | トラックバック (0)

「オフ・ザ・キーボード」の時間

 「ワッツ!? ニッポン」は
今月で終了で、私も最後になった。
 猪瀬直樹さんが「いや、飲み過ぎて
マイッタよ」と言いながらスタジオ
入りして、
 しかし終わる頃には「すっかり治った」
と涼しい顔をしていた。

 開始前、江川紹子さんとの会話。
 「この前、オペラシティでやった
モーツアルト、行きましたよ」
 「あれ、そうだったんですか」
 「友人が出演していたもので」
 「どなたですか? 歌手?」
 「晴雅彦さんですよ」
 「ああ、そうですか、あの人、面白いですね」
 「でしょ。エンターティナーですよね」

 大塚の筑波大学付属中学校へ。
 竹内薫の出身学校。

 私は学芸大学付属高校で、
国立付属の雰囲気には何となく親近感を
覚える。

 『脳と子供の創造性』というテーマで
お話する。
 控え室として使われていた音楽室の
雰囲気がとてもゆかしく、
 もう少しいたかったなと思った。

 NHK。「科学大好き土曜塾」。
大昔のヘンな生きものを特集。

 中山エミリさんや、室山塾長と
スタジオで並ぶのは随分久しぶりのような
気がする。

 近藤さんや北野さんを含め、
なんだか同窓会に来ているようでなつかしかった。

 明けて今日は、朝から仕事を詰めるはずが、
キーボード不調ですっかり調子が狂う。
 特に、英語の仕事はアポストロフィが出しにくくて
困る。
 できることはやったのだが、ダメ。
 誰か教えてくれないかしらん。

 この手のトラブルは、身体のそれに
似ていると気付いたのはイギリスに留学している
ときだった。
 丸二日、(ほとんど48時間)、トラブル
シューティングをして結局ダメだったこともある。
 食事もろくにとらなかった。

 以来、コンピュータは道具と心得て、
あまりシステムのconfigurationなどに深入り
するのはやめた。
 今回、キーボードがどうなっているのか
少し調べてみたが、keyboard remapとか、
いろいろ突っ込めば面白そうなことも
ありそうだけど、
 とりあえずあまり生産的ではないので、
 だましだまし使うことにする。

 そもそも、キーボード自体に違和感を
覚える、そんな心の動きがここのところ
ときどきある。

 手描きで文字や絵を描いている時の、
「実数的」とでもいうべき連続的な制御の
美意識が、離散的な情報空間に制約
されてしまうことに対する抵抗を感じる
ようになった。

 保坂和志さんが手で原稿を
書くというのはこのことかとも思う。
 
 しかし、小説の場合、結局は活字に
置き換えられてしまうから、
 連続的運動の軌道自体の
 味わいは消えてしまう。 
 連続的運動が、精神の生産原理として、
活字に置き換えられた後の作品にも
反映されるということは確かにある
だろう。

 イラストレーションとか、書道とか、
そのあたりの連続的な変化のある味わいの
世界でデジタルな情報表出を補うしか
ないのかもしれない。

 「オフ・ザ・キーボード」の時間を
たっぷりと持ちたいと思う
 秋の夕暮れ。

 キーボードのせいでなんだかくさくさ
したので、お昼にカップラーメンの中に
おろしニンニクをたっぷり入れて、
 ネギもいれて、
 はあはあクサイ息の人になった。

 そうしたら、眠くなって、週間新潮を
読みながら寝入って、起きた次第。
 
 やっとリセット。
 これから仕事を詰める。

9月 17, 2006 at 05:10 午後 | | コメント (3) | トラックバック (4)

MacBook ; keyboardのトラブル

しばらく前から
この方が記述しているのと全く同じ
キーボードのトラブルに巻き込まれていて

http://jamz.jp/tech/2006/07/crazy-keybord-on-macbook.html 

 テックツールPro 4.5などを使ってみたが、
解消しなかった。
 今朝から、一時的に外付けハードディスクに
ファイルを避難してOSの再インストールをしたが、
解決せず。

 検索してもうまく見つからない。
 どなたか対処法をご存じの方は
ご教示くださいますと助かります。

9月 17, 2006 at 04:42 午後 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2006/09/16

ラットくんのように

タリーズ・ジャパンを創業した
松田公太さんにお目にかかる。
 PHP研究所の「The 21」の
対談企画。

 松田さんは、アフリカで過ごした
幼少期にさしみを食べていて
友人にからかわれる、などの経験から、
食文化の行き来を通して世界をつなぐことを
決意。

 シアトルで数十軒のコーヒー店を
回って出会ったタリーズを日本に紹介しようと
思い立ち、来日した同社社長に直訴した
というエピソードは有名。

 人材育成の話になった。 

 「褒めることが人を育てると思います」
 「お父さんには褒められましたか?」
 「いやあ、逆で、褒められた記憶はないなあ」
 「お母様は?」
 「母には褒められました」
 「じゃあ、それで十分ですね。父親か母親か、
どちらかが褒めてくれればそれでいい!」
 「でも、まだ人に褒められることに飢えている
ところがあるんですよ。社長になると、誰も褒めて
くれなくなるでしょう」
 「じゃあ、自分で自分を褒めるしかないですねえ」

 松田さんは日焼けして精悍な印象だった。
 
 「海にでも行かれていましたか?」
 「いや、南フランスです。仕事で行ったんですが、
友人が別荘を持っているので。日差しの中で寝ころんで
いたら、一日で真っ黒になりました。」

 ゼミ。
 星野英一と石川哲朗が論文紹介。
 
 以前は、説明するのを聞きながら猛スピード
で論文を読んで自分で理解していたが、
 最近はやり方を変えて、
Figureとかabstractとか断片しか
読まないようにして、
 あとは全部説明している人に
聞くことにした。

 その方が、教育的効果が大きいと
気付いたからだ。

 「星野くん、このニッスル染色というのは、
何が染まるんだっけ?」
 「もごもごもご」
 「ふうん。すると、6層のうち、どれが
特に良く染まるわけ?」
 「ふがふがふが」
 「そうか、ところで、IV層だったらIV層を
選択的に染める方法ってあるの?」
 「ピカチュー!」
 「なるほどねえ。grid cellの反応と、移動速度
との関係を見ているけれど、移動中にgridとの
相対関係が変わるから、firing rateのばらつきは、
低速度の方が大きくて、速度が大きくなると、
雨粒がだんだん強く当たってくるように、
ばらつかなくなる、と予想されるけど、
このグラフはそうなっていないよね。どうして?」
 「ライチュウ!」
 「今度まで考えておいてね。ratの体の大きさに
比べて、grid cellのgridのspacingがある特定の
大きさになるということの機能的意味はあるの
だろうか?」
 「プテラノドン!」
 「head orientationって、体の向きとの
相対的な関係の関数なんじゃないの? 顔を
見上げたら?」
 「2D! デスバレー!」

 私が質問を浴びせていると、柳川透とか
小俣圭とか、常連の「上級者」に加えて
修士のやつらも発言しやすくなるから
面白い。

 新宿の西口を歩いている時に、
ふわっと奇妙な感覚になって、
 それは、とても小さなくねくねの
動きに敏感になることで、 
 風は都会にも確かにそよいでいるのだと
わかり、実験に使われたラットくんのように
見上げたら、そこにはふしぎな色をした
空があった。

9月 16, 2006 at 08:48 午前 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2006/09/15

『プロフェッショナル 仕事の流儀』 DVD 発売

珠玉の未公開トークなど、
数々の特典映像が付いた
「プロフェッショナル 仕事の流儀」の
DVD1巻〜10巻が
2006年9月22日に発売されます。

現在予約受付中です。

http://www.nhk.or.jp/professional/dvd/index.html

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000GH2RT4

9月 15, 2006 at 09:45 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

 土曜ライブ ワッツ!? ニッポン (本日)

明日(2006年9月16日)の
 「土曜LIVE ワッツ!?ニッポン」
(フジテレビ系列、午前9:55~11:40)に出演する
予定です。
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/satlive1/index.html

9月 15, 2006 at 09:36 午前 | | コメント (3) | トラックバック (0)

(本日)朝日カルチャーセンター 『脳と映画』

朝日カルチャーセンター講座
脳とこころを考える 「脳と映画」

第4回

http://www.acc-web.co.jp/sinjyuku/0607koza/A0301.html#

9月 15, 2006 at 08:03 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

もろもろですねえ

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。
 写真家、上田義彦さん。

 「伊右衛門」、「烏龍茶」などの広告写真で
第一人者として知られる傍ら、人物の肖像、森、
妻の桐島かれんさんや子ども
との生活を記録した写真集を出されている。

 その写真の特徴は、「上田調」と呼ばれる
独特の光の使い方にあり、
 光が、照らされ、反射しているというよりは、
まるで被写体の内側からふんわりと
放出されているように見えるのだ。

 なんだか妙に気が合ってしまって、
とても楽しくお話することができた。
 上田さんも、「もう少し話したかった」
と言ってくださった。

 上田さんと東大の博物館の仕事で
一緒だったという橋本麻里さんも
スタジオ見学にいらっしゃる。

 終了後のスタジオの会話
有吉伸人チーフプロデューサー(ありきち)
「茂木さん、最近は忙しさも一段落ですかか?」
「いや、全く変わらないどころか、
ひどくなってきているんだけど、開き直って
いるんです。」
住吉美紀アナウンサー(すみきち)
「でも、茂木さん、最近ちょっと考え方とか
変わってきているでしょう?」
「えっ、そうですか?」
「スタジオで、隣りに座って茂木さんの
質問とか聞いていればわかります」

 確かに、忙しいいそがしいとこづき回されて
いるのではなく、自ら主体的に動こうという
志向性が立ち上がっていることは事実。
 心の真ん中に「金剛石」を抱こうと
しているのだ。

 ずどーんとぶつかって仕事をし、
またずどーんとぶつかってこなし、
乗り越える。
 そうやって少しずつ前に進む、という
毎日。 

 私のまわりにいる人には、時折
衝突の大音響が聞こえているはずです。

 ありきちさん、山本タカさんと
そば屋に行く。
 「茂木さんとこうやってお話するのも
そんなにないことですねえ」
 「そうですねえ。もろもろですねえ」
 「もろもろですねえ」
 「もろもろ」
 「もろもろ」

もろもろが何なのかは、編集で落ちてしまった。

 人生の生の現場が面白いのは、編集され、意味が
立ち上がる前のさまざまな事象がそこにあるからです。

9月 15, 2006 at 07:59 午前 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2006/09/14

プロフェッショナル 仕事の流儀 上山博康

プロフェッショナル 仕事の流儀 第26回

医者は人生を手術する

〜脳神経外科医・上山博康〜

北海道旭川市。ここに治療が難しいと他の病院で断られた患者たちが、最後の望みを託す医者がいる。脳神経外科医の上山博康(57)。上山の得意とするのは、脳卒中を引き起こす「脳動脈瘤(りゅう)」の手術。破裂すれば、命に直結する。上山は年間300件もの手術を行う。上山の元には、その腕を見込んで、東京の名だたる大病院からも手術依頼が舞い込む。
脳の手術は、28倍という特殊な顕微鏡を使って行うミクロの世界。一ミリの手先のブレが命取りになる。そんな極限の重圧をはねのけるため、上山は、患者の人生にとにかく寄り添う。外来で、泣きながら不安を訴える患者がいれば、1時間でも、落ち着くまで耳を傾ける。そして患者からの手紙やメールには、多忙な仕事の合間を縫って、自ら返事を書く。
睡眠時間は毎日4時間。365日、患者と向き合う壮絶な上山の命の現場にカメラを据え、上山の仕事の流儀に迫る。

NHK総合
2006年9月14日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/

9月 14, 2006 at 08:02 午前 | | コメント (4) | トラックバック (7)

奥山の鹿のごとく

 北白川の京都造形芸術大学には、
大きな長い階段がある。

 山登りのように上がったところで、
長尾さんに会った。

 椿昇さんは東名高速を向かっているとのこと。
 教室に行き、授業を始めた。
 
 年に一回来ている。また今年も秋になった
と思う。
 「創造性」を育むために必要な
条件は何ですか、と問いかけた。
 「自己批評」のエキササイズを
やった。

 田中出くんががんばった。

 教室の中から見える、雨だれが一瞬
雪のように見える。

 お昼にそば屋まで歩く。
 椿さんは、MITにアーティスト・イン・
レジデンスで行くという。

 「インターネットの上で、イスラエルの壁に
絵を描くというプッシュ型のアートをやって
いますからね。それが評価されたのでしょう。
 ボストンはリベラルで、必ずしもブッシュ
じゃない。
 いろいろやることが面白くて、時間が
足りないです。
 学生たちにもいつも言っているんですよ。
お前ら、いいか。お前らより、絶対オレの
方がぎょうさん勉強しているぞ、って。
 次から次へと本を買って、読む間も
なく積んでおくんで、金もたまりませんわ。
 ははは」

 椿さんの巨大バッタを見たのは、数年前の
横浜トリエンナーレでだった。
 「借金するのにはあれから慣れましたよ」
と椿さん。

 昼食から帰る時、黛まどかさんや山下泰裕さんと
シンポジウムをやった緑地の横を通った。
 あれからもう、一年が経とうとしている。

 名古屋に移動。
 デンソー本社で講演。

 玉津さんを始め、なつかしいひとたちに
会う。

 新幹線に乗り、味噌カツ弁当を開いて
ほっとため息をついた。
 音が欲しいな、と思ったが、イヤホンが
なかった。
 目をつむっていると、いつの間にか
地下に来ていて、はっとした。
 品川だとわかるまでにしばらく時間がかかった。 
 
 静かな気分の一日だった。
 沢山の方々にお目にかかって、その
間、ずっと、ある調子が続いていた。
 心のうちがわにある山の紅葉が次第に
色濃く変わっていくように。

 そういえば、数日前に見た夢では、
情報の伝わりが炎で表現されていたのだった。
 夢の本質は盲点だと教えてくださった
河合隼雄先生のことを思う。
 奥山の鹿のごとく耳を澄ます。

9月 14, 2006 at 07:38 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2006/09/13

身を傾けすぎると

吉本隆明さんの家にうかがう。

 今までで一番充実した対話になった。

 反省的な自己意識は、時にもやもやと
反芻的に作用し、必ずしも外への選択、
行為として表出しない。

 しかし、そのようなactionにつながらないと、
通常の意味での脳科学の対象にはならない。

 ある特定の分野に身を傾けすぎると、
カミュの専門家、扁桃体のエクスパート、
政治思想史の権威ということになってしまう。

 しばらく前から、私は「まだ
名前がついていないこと」をしたいと
思っていた。

 吉本さんが生涯をかけてそれを
自覚的に実践してきたことを知る。

 つまりは、名付け得ぬものがもやもやと
自己を駆り立てる「青年期」が永遠に
続くということなり。

 京都造形芸術大学での講義のため
京都入り。

 雨で曇った京都はまるで冬景色に見える。

9月 13, 2006 at 06:28 午前 | | コメント (5) | トラックバック (2)

2006/09/12

手間暇と情熱を吸い込んで

 東京に帰る途中に、
 小布施のセーラ・マリ・カミングス
を訪問した。

 佐々木厚さんが帰りに寄るよと
電話をかけておいてくださったのである。

 長野県のあたりは、なんだかきゅっと
引き締まった美しさに満ちていると
思う。

 小布施方面に向かう飯山線の中で、
ひたすら仕事をしていたが、ふと見上げると
 ゆかしい川が流れていたり、
ススキが黄金色に揺れていたり、 
 さりげなく小さな鳥居があったり、
仕事なんかしないでその風景の流れの
中に浸っていた方がいいのに、と思った。

 小布施堂の周囲は、
セーラや、桝一酒造の市村社長の努力で、
 とりわけ美しい空間となっている。

 佐々木さんが電話をして、セーラと
「どこ、どこ?」と言っているうちに
ぱっと見えた。
 どこにいても目立つ。

 「茂木さん、こんにちは」
と言っているか言わないかのうちに、ツアーが始まった。

 「必要な機械は置くけれども、お客さんからは
見えないようにします。蔵の二階と一階で、
下や上の音は聞きたくない。だから、プライバシーに
考慮して防音はちゃんとします」
 「ここは、もともとは砂糖を置いていました。
だから、スイートしかありません。あれ、気付きません
でした? スイートしかないのです」
 「ここは、今造っているホテルが終わったら、
ゆっくり取り組みたいと思っています。ここから
土を取って、壁に使いました。
 それから、瓦も焼こうと思っています。」

 「ここが、私がシナモン、スパイスと一緒に
暮らそうとしている家です。茅葺き屋根は貴重
です。みんな、こういうところ、壊してしまいたいと
思っている。家の古さよりも、往々にして、中に
たくさんのものがあることが問題です。これは
必要、これは要らない、と選別するのに
時間がかかる。私はそれをやります。
 壊してしまって、中のものも一緒に消えて
しまったら、一見簡単なように見えるけれど、
それじゃあ面白くないですね。」
 シナモン、スパイスというのは、セーラが
飼っている犬である。

 「全部古い瓦じゃムリだ、というので、
私は喧嘩して、新しい瓦を使うくらいだったら、
10年、20年待っても古い瓦が来るまで
待つ、と言いました。
 ほら、キレイになったでしょう。
 ところで、蔵が沢山あるので、私は
クラクラしてくるのです。」

 二カ所にさり気なく書いたように、
セーラは、だじゃれが好きで連発する。
 それよりも何よりも、エネルギーに
誰でも驚くはずだ。
 
 文化というのものは手間暇と情熱を吸い込んで成長
する。
 小布施のセーラ・マリ・カミングスを
訪問すれば、誰でもそのことを実感できる
はずだ。

 市村社長や、クオリアの勉強会を
しているという南さんらを交えて昼食を
いただく。
鏡に向かってカメラを構えたら、
セーラと私と南さんが映った。

 ホテルは年内には何とか形になるということ。
 セーラとその周囲の人々の情熱と努力で、
きっとびっくりするくらい魅力的な場所になるに
違いない。

 新幹線は何故か満席で、
 並んで自由席で帰った。

 自由席は大丈夫だとわかっていても、
なんだかおしりのあたりがふわふわするような
気持ちがする。
 
 自由とは、このふわふわのことかしらん、
とフラワーピッグは思ふ。

9月 12, 2006 at 07:01 午前 | | コメント (3) | トラックバック (4)

2006/09/11

天井は開かず

電通のニューロマーケティングの研究会
で越後妻有トリエンナーレの最終日
で湧く十日町を訪れ、かのジェームズ・
タレルの「光の館」を訪れしが、
折からの雨で天井は開かず、田中先生
佐々木部長とたっぷりとニューロマーケティングの
話をすることができ、「欲望」というものが
インスタントな接続によってはかえってやせ衰えて
しまうものであり、適宜な距離と隔絶が
あって初めて育むことができるものであるという
インスピレーションを、朝ひとり入りし
風呂の中で得しものなり。
 光の館の縁側は腕立てや腹筋をするには
まこと適した場所にて、盛んに励みしが
常に筋肉痛になるその有り様の心地よさよ。
 移動中もずっと仕事なり。暇さえあれば
ひとりいろいろ考えてすっかり自分の頭の
様子にも慣れた。

9月 11, 2006 at 08:28 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2006/09/10

ニューロンの回廊 File No.12 書家 柿沼康二

OA 2006年
9月3日・10日(日)20:00−20:54
9月7日・14日(木)19:00−19:54

今回、ドクター・モギが潜り込んだのは、書家 柿沼康二の脳。
 
 昭和の三筆と呼ばれた手島右卿の最後の弟子として、若くしてその才能を開花させた柿沼は、数々の賞を手にし順調に書の世界を歩んできた。しかし、伝統文化としての「書」が置かれた現状に疑問を持ち、「書はアートたるか?」という命題を掲げて新たな世界を開拓し始めた。型破りな派手なパフォーマンスで制作される作品。そして数々のテレビ番組やイベントのタイトルの揮毫、それらの放つ強烈なイメージ。それらによって柿沼には「書道界の異端児」のレッテルが貼られてしまうことになる。
 
 しかし彼の作品の原点にあるのは「臨書」と呼ばれる基本の修練、空海などいにしえの名筆家の書を模倣する作業にあった。一日5時間、300枚もの「臨書」を繰り返すことから生まれる確かな技術。そしてそれを成すことで獲得したスーパーミラーニューロン!とでも言うべき特別の脳力。
 
 ドクターモギは柿沼の指導のもと、小学生以来という「書」に挑む。そして「現代を生きている自分だからこそ出来る作品」にこだわり続ける書家・柿沼康二はどんな潜在脳力を発揮しているのかに迫る!

http://www.bs-n.co.jp/shokai/newron.html

9月 10, 2006 at 08:17 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)

日本人への「放浪」の勧め

ヨミウリ・ウィークリー
2006年9月24日号
(2006年9月11日発売)
茂木健一郎  脳から始まる 第21回

日本人への「放浪」の勧め

抜粋

 「履歴書に穴が開く」というのは、つまり、所属する組織がないということだろう。どこかに所属していなければ一人前に扱われない。そのような傾向が日本の社会には確かにあったと思うし、今でも根強い印象がある。「ニート」や「フリーター」に対する非難の中には、「お前ら、どこの組織にも所属しないで」というニュアンスが込められているように思う。しかし、個人と組織の関係をそのようにガチガチにとらえるのは世界的に見ると日本の特殊事情だということに、私はその後徐々に気付いていった。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

9月 10, 2006 at 07:59 午前 | | コメント (2) | トラックバック (2)

国宝にはならないのです

気分が変わるときはがらりと
そうなるもので、
 志向性のモードが変わった。

 おそらく、その変化は半年とか一年後に
ゆっくりと姿を現してくるんじゃないか。

 「和樂」の渡辺倫明さん、それに
橋本麻里さんと山陰を回った。

 浸食でできた海の洞窟や、
 海辺の神社、
 それに大社造りの古社を巡った。
 最後のものは神社建築には珍しく
国宝なのだそうである。

 神社が国宝にならない理由は、宮内庁管轄
だからなどと考えていたが、
 そうでもないらしい。
 
 このあたりの知識に(も)詳しい橋本麻里さんに
聞いた。
 
 「ということは、伊勢神宮はなぜ国宝に
ならないのですか」
 「建物が新しいからではないですか」
 「物理的に新しくなってしまうと、国宝には
なりませんか」
 「ソフトウェアが古くて価値がある、という
のでは、国宝にはならないのです。」
 「うーむ」

 20年毎に遷宮を繰り返す、というような
ことは、文化財保護制度が想定していない
事態なのだろう。

 「日本のクオリアを旅する」という
連載の取材だが、
 できるだけ楽器としての自分を鳴らそうと
思っている。

 ある体験の本質はそのクオリアに現れる、
故事来歴や固有名は本質ではない、というのが
マニフェストだが、
 クオリア原理主義の具体を解明しようと
すると、これが案外難しい。

 クオリアというのは意識の現れの
ようだが、
 そこで起きていることは無意識からの
生成であり、奔流であり、
 自分がどのようなクオリアを感じているか
を把握することは、
 結局は無意識と向き合うことにつながる。

 林を渡る風を感じ、干されたシロイカの
しんなりとした姿を見つめながら、
 今私に起こりつつある事態とは
一体何なのか、ずっと考えていた。

 出雲大社にも行こうとしたが、
時間切れの気配があり、
 空港へと方向を変える。

 美保関で買った焼きシロイカが、
そのままになっていた。
 「あれっ、アイスクリームのコーンの
匂いがするなあ。あっ、そうか。焼きイカか」
と言ったのは、渡辺さんである。

 ビールで乾杯して、
懸案の焼きシロイカを
テーブルに出した。

 「大丈夫でしょうか」
 「おつまみセットも注文しているから、
大丈夫でしょう」
 「さっさと証拠隠滅しなければ」
 「ああ、しかし、ボクはもうお腹が一杯で
たべられそうもありません。ちょっと電話を
してきます」

 そう言って渡辺さんは立ち上がった。

 山陰を回っている時、
 あちらこちらで声をかけられて、
はずかしかった。

 前日の地元のテレビで松江東高校での
講演の様子が放映された影響だろう。

 ロケットに乗って上昇するフラワーピッグを
描いて許していただいた。

9月 10, 2006 at 07:39 午前 | | コメント (1) | トラックバック (2)

2006/09/09

『生きて死ぬ私』 now available from amazon.

『生きて死ぬ私』(徳間書店版)が
アマゾンから購入できるようになりました。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198608679

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/09/post_db5d.html

9月 9, 2006 at 07:34 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

婦人画報 2006年10月号

婦人画報 2006年10月号

松坂慶子さんとの対談ほか

http://www1.fujingaho.jp/fujingaho/mag/

9月 9, 2006 at 07:16 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

青空に向かってぐんぐん上昇していく

 Richard DawkinsのThe Selfish Geneの
第二章に、Darwinの適者生存はより一般的に
宇宙の中で「安定したもの」が残るという
原理の一部分である、という考察がある。

 結晶のように、そのまま不変で安定する
というかたちもあるが、
 生物は、変化しつつ、つまりは不安定
でありながら、かろうじて安定を保っていく、
という戦略にもとづいて発展してきた。

 だから、私たちの胸に時に
不安が去来することは仕方がないことだ。

 青春時代というものは、
生物の根源的な不安定さが自分という
存在をゆるがすような姿で現れるが、
 逆に言えば、そのような不安と向き合っている
限り、人はいつまでも青春時代にいるという
ことができるのだろう。

 島根県の松江東高校に来た。
 米子空港で山根先生と田中先生に
お目にかかり、中海の大根島を通る
堤防道路を走っていく。

 また、この風景の中に自分を置きたい、
と思えた。
 そのようなうるわしい土地の姿。
 なにやらゆかし、大根島。
 君は、一体何を秘めているのだ。

 松江東高校は、Super Science Highschool
に指定されていて、様々なひとたちを
講師で読んでいる。
 春のピーター・フランクルさんに
続いて講演会に呼んでいただいた。

 今年度は、あとは
 NHKの小出五郎さんがいらっしゃる由。

 体育館って、こんなに大きかったかなあ、
と思えるようなスペースに全校生徒800名が
入っていて、
 その前でこちらも負けずに声を張り上げた。

 記憶と創造の関係や、
 感情と不確実性の話をした。
 最後に、アハ体験もやった。

 「自己批評」をやってもらった。 
 壇上から見ていて、
 なんだか妙に波長が合ってしまった
眼鏡をかけた「細身の左門豊作」くんに
まずはやってもらい、
 それから、次々とリレーで
自己批評をしてもらった。
 
 二度ほど、先生が登場した。

 「いいですか、みなさん。特に男子生徒。
自己批評ができる能力を身につけると、
モテますよ。お笑い芸人がもてるのは、
そのためです。
 他人から言われて痛い自分の欠点は、
言われる前に言ってしまえ、しかも、
それをユーモアに転化してしまえ。
 そうすれば、ああ、この人はなんて
大きな、すてきな人なんだろう、と
思われますよ」
 
 と焚きつけたあと、
「さて、真打ち登場は誰がいいでしょう?」
と聞いた。

 化学の青木先生は、ジョークを
言うのがうまいという評判らしく、
 トリで登場して大いに会場をわかせた。

 体育館を抜けていく風がさわやかだった。

 ところで、自己批評が必要なのは
個人だけでなく、国家もそうなんであって、
 それはいわゆる「自虐」というものとは
違います。
 自己批評というものは、ゆるぎない
自己への愛、生きる意志というものが
あって初めて生きてくるもので、
 neurotic symptomではないのです。

 NHKの松江放送局が取材に来ていて、
終了後、短いインタビューを受けた。

 「脳の話をこちらからするだけでなく、
自分から何かをした、ということで
学ぶことが多いと思います。
 今日、全校生徒の前に出て、
自己批評をした、あの生徒たちは、
そのことを一生忘れないのではないかと
思います。 
 そういうことが大事なのではないかと
思っています。
 高校という時期は、何しろ、自分という
ものが一番劇的に変わる時ですから。
 だから大切なんですよね。」

 人生、いつも、「自分というものが
劇的に変わる時」なのだから、 
 「大切だ」と思い続けて
いたいものだと思う。

 「細身の左門豊作くん」を始め、
多くの生徒たちがサインを求めて
きた。
 白シャツに描いてくれ、という男子学生も
何人かいて、
 ぼくは心を込めてロケットに乗って
人生を出発するフラワーピッグを描いた。

 気付くと、一時間が経っていて、
体育館はいつの間にか800の椅子が
片付けられ、バスケットボールを
やる部員たちで一杯になった。

 ぼくも高校の時は人生の激動期だったが、
あのような青空に向かってぐんぐん上昇して
いくようなフェーズを、これからも何回も
迎えたいものだと本気で思っている。

 だから、松江でまさに真っ最中の
やつらと出会って時間を共有したことは
良かった。

 成層圏を目指す、青年たれ。

9月 9, 2006 at 07:12 午前 | | コメント (9) | トラックバック (2)

2006/09/08

『脳と創造性』 7刷

PHP研究所『脳と創造性』
は増刷
(7刷、累計19000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

9月 8, 2006 at 10:09 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

英語腹筋

朝から学生たちとの「集中討論」の
日にしようと、そんなメールを出して
いたのだが、
 研究所に行ってみると、
ミーティングが次から次へとあることが
わかった。

 何を隠そう、私が一番好きな
ことの一つは
複数のことを同時にやるということである。
 会議で人の話を聞き、ちゃんと発言
し、プレゼンテーションもしながら、
 手元で学生の論文を読み、
「ここをナントカしてくれ!」
というコメントを送った。

 何件か懸案のメールもあり、
それらを打っていると
 あっという間に時間が過ぎていった。

 空白を求める気持ちに変わりはないが、
どうせ働かなくてはならないんだったら、
思い切り密度が濃い方が良い。

 システム・バイオロジーの北野宏明さんも
そうで、早口でぺらぺら喋る
北野さんの様子を見ていると、ああ、この人の
思考回路は「あれこれとスピードを
もって考える」という点において
私のそれと近いところが
あるなあ、と思うことがある。
 北野さんがどう思っているかは知らないけれども。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所は
来年設立20周年を迎えるので、
 いろいろと盛り上げていくことに
なるのではないかと思う。

 東京タワーの足下。
 雑誌『広告批評』がやっている
広告学校で話す。
 ギャップ・イヤーのこととか、自己批評とか。

 夏目漱石に比べて森鴎外は自己批評が
足りない、と言ったら、
 生徒の一人から、「オレは鴎外の方が好きだ」
という反論が来た。
 
 よくよく聞いてみると、それほど違う
ことを言っているわけじゃなかった。
 その青年と喋っていると、
何だか居酒屋で二人で議論している
ような気分になってきた。

 帰宅し、スゴ録で
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の田尻先生を見た。

 椎名誠さんが「寝る前にこそ身体を動かす」
と言っていたのを思い出して、
 腹筋や腕立てをしながら見た。

 思うに、私が筋肉トレーニングが
きらいなのは、それだけやると退屈で
飽きてしまうからだろう。

 田尻先生の授業を見ながら、
腹筋をしていると、
 突然、「英語腹筋」という脈絡の
ない考えが浮かんだ。
 日本語を母国語とする人と
英語のそれでは、
 腹筋が違ってくるに違いない。

 とにかく仕事をする時には
ばーっと集中してやって、
 そして思い切り空白を作りたいのです。

9月 8, 2006 at 08:50 午前 | | コメント (4) | トラックバック (5)

2006/09/07

プロフェッショナル 仕事の流儀 田尻悟郎

プロフェッショナル 仕事の流儀 第25回

笑顔で学べ、傷ついて育て

〜中学教師・田尻悟郎〜

島根県八束郡東出雲町。この町の公立中学校で行われる英語の授業に、全国から視察が殺到している。授業を行うのは、田尻悟郎(48)。2001年、日本の英語教育界で最も名誉ある「パーマー賞」を受賞。大都市の有名私立中学の誘いをも断り、地方公立中学での教育にこだわる気骨の教師だ。
田尻の教室は、とにかくうるさい。子どもたちは席を立ち、友達同士で話しあったり、歌ったり。問題を出しても答えは言わず、生徒同士で考えさせる。田尻は、生徒が自ら考えて行動し始めるように、あらゆる手を駆使して、やる気に火をつける。「先生に教えられて学んだものは本物ではない。自分の力でつかんだものしか残らない。教師の仕事は、子ども達の心を開き、やる気をたきつけること。」それが、田尻の信念だ。
いま、新1年生を受け持つ田尻。1学期最後の7月、授業を通して、生徒達に「子どもからの脱皮」を求める。
英語という授業の場で、生徒と向き合う教師・田尻の人間育成法に密着する。

NHK総合
2006年9月7日(木)22:00〜22:44

http://www.nhk.or.jp/professional/

9月 7, 2006 at 08:50 午前 | | コメント (2) | トラックバック (7)

ゼロの焦点

8月はあまり開催できなかった、
大切なたいせつなゼミ。

 研究室で集まって議論する、
というこのような機会なくして、面白いことなど
起こりえない。

 「何かの動物に似ている」ヘライ君。
(変換しても出てこない難しい字なので
そのままにすることにする)

 「はあ〜ぽっくんぽっくん」と言う
人に似ている柳川トオルくん。

 「ヘアモデル歴うん年」の田辺さんが
論文紹介をする。

 お昼にかかったので、おにぎりを
14個買ってきた。
 一人一個で、ぼくは最初に筋子を
とってしまったが、「待てよ、買って
来たひとが自分の好きなものを確保して
しまうのはマズイ」と思い直し、
 コンビニ袋に戻した。

 一周して戻ってきたら、
なんと辛子明太子が残っていた。
 残りものに福が来た。

 筋子が誰に行ったかはしらない。

 日本経済新聞社近くの
「日経サイエンス」編集部へ。

 珍しく時間前に着いた、と
 すっかり油断してだらだら歩いて
いたら、後ろから端正な黒いワンピース
姿の人がふわーっと近づいてきて、
 「茂木さんですか」
と声をかけてきた。
 小川洋子さんだった。

 「いや、そこで会ってしまったのです。
今日は時間通りだったでしょう」
と言いながら会議室に入っていくと、
 「うわあ、おきれいな方ですねえ」
というささやき声が聞こえた。

 小川さんとは初対面。
 挨拶もそこそこに、いきなり本題に
入ることを、かのNHKの番組に
ちなんで『プロフェッショナル方式』
と呼ぶ。

 小川さんと言えば、『博士の愛した数式』
で魅力的な数学者像を示したことが記憶に
新しい。

 「最近、ポアンカレ予想を解いて、
フィールズ賞を辞退した人がいたでしょう」
 「ああ、ペレルマンですね」
 「あの人、面白いですねえ。行方不明になった
と思ったら、キノコを探しにいっています、って。」
 「キノコ、っていうのがいいですねえ」
 「私、これは小説になるなあ、と
思ったんです。現実の数学者は、私が
小説の中で想像で創り上げた存在よりもさらに
面白いですねえ」

 小川さんの小説の書き方。
 まずは、いろいろなものが見えてしまう。
それどころか、音も聞こえ、手触りや匂い
さえも伝わってきてしまう。
 それは小川さんが考えついたものではなく、
むしろ最初からそこにあって「発見」
されたもの。
 そのような感覚を持っているという。

 現在はチェスを主題にした小説を準備
されているという小川さん。

 対談の模様は、日経サイエンスに掲載
される予定です。

 小川さんにも申し上げたが、
 数学と小説は、構造において似ていると
思う。キーワードは「体系性」である。

 フェルマーの最終定理にしても、
あるいはポアンカレ予想にしても、
 そのある断片を「ほら、これ」と提示する
ことはできるけれども、
 それと数学そのものは違う。
 構成している様々なことが
集まった体系性全体を見ないと、本質を理解できない。

 体系性の森に分け入り、踏み込み初めて
見えてくるもの。
 フェルマーの最終定理の証明を、専門家が
半年かけて検証した、と言われるような
エピソードにそれが現れている。

 小説も同じで、断片を引用しても、
それはその小説ではない。書き出しの文章から
終わりまで、一連の流れをその体系性において
把握して、初めて小説が生まれ、把握される。
 
 本当は科学もそうで、例えば
「一般知性」とある遺伝子の間の関係がわかった、
という知見は切り売りできるが、
 そのようなステートメントの本質を理解しようと
思ったら、遺伝子発現の分子メカニズム、
二次情報系、そもそもDNAの構造安定に資する
量子力学、知性とはなにか、どのように測定
できるのか、うんぬんかんぬんと森羅万象へと
関連性が広がっていかなければならない

 本当に面白いのは、断片を見て
わかった気になることではなく、
 全体を見つめてそこになにかを見ることであることは、小説も数学も科学も変わらない。
 
『ニューロンの回廊』
 最終回のゲストは、言葉のマエストロ、
糸井重里さん。
 
 「大きな遠い目標を立てる人っているじゃ
ないですか」
 「ええ」
 「ぼくは、そういう人よりも、小さな目標を
立てる人に心を惹かれます。小さな目標を
立てる人は、毎日変化を実感することができる」
 「いきなり、世界一を目指す、とか
そういうんじゃなくて、今日はジャグリングの
この動きができた、とかそういうことですか?」
 「そうです。ぼくは、今だと、
ダンスのようなことが課題になっています。
身体をいかに思う通りに動かすか、そのことが
一番興味があることなのです」
 「わかります。先日金森穣さんに
お会いした時に、ぼくは自分の身体の動きを
完全には把握仕しれていないのだ、ということに
気付かされました。自分の身体でさえ思い通り
にならないんだから、ましてや世界なんて
思うようになるはずがない。」

 最後に、「潜在脳力」とはなにか、
と糸井さんにうかがうと、糸井さんは
「それは「ラブ」でしょう」
と答えた。

 そうか。「ラブ」か。

 『ニューロンの回廊』は大団円を
迎えた。

 撤収の始まったざわざわとした
スタジオで、
 なぜか、ラブは「ゼロ」に通じる
ということが気になり始めていた。

 そもそも、テニスのスコアで「ゼロ」
を「ラブ」というのはどうしてなのだろう。
 
 花野剛一さんと、「いやあ、お疲れさま
でしたあ」と目と目をあわせ、
うんうんとうなづき、
 テレビマンユニオン
を出た頃には、もうゼロの焦点は
ぼやけ始めていた。

9月 7, 2006 at 08:47 午前 | | コメント (7) | トラックバック (2)

2006/09/06

『ひらめき脳』13刷

新潮新書 『ひらめき脳』は、増刷(13刷、累計75000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

9月 6, 2006 at 10:04 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

たとえその状況を作ったのが神様だとしても

 英語の表現に、
in your own timeとか、
at your leisureという
ものがあるが、
 相手に自分のペースで
物事をやる余裕を与える
という哲学を表しているようで、
ぼくは好きだ。

 たとえ、なにかをやるということが
決まっている時でも、
 相手に、「それをやらない」
あるいは「好きな時にやる」
というオプションを与えるという
ことが、
 一つの倫理的態度だと
私は感じる。

 インターネット上のコミュニケーション
で気になるのは、
 上のような精神に反することが
横行していることだろう。

 たとえば、「決めつけ」というのは
相手にスペースを与えない行為
だと感じる。
 たとえ、ある人に対して
現時点である判断をしたとしても、
その人が本当にそういう人かどうか
判らない。

 そういう人ではないかもしれない、
あるいは、その人が自らを変える
可能性があるということを
いかに認容して、
 語るか、ということが
重要なのだろう。

 ジョージ・W・ブッシュはいろいろな
揶揄の対象になる人だが、
 「ブッシュはこういうやつなんだから、
こう決めつけていいんだ」
というのではなく、
 ブッシュだって、本当はどういう
人かわからないし、これからも
その世界観や行為が変わるかもしれない
(変わらないかもしれないけど)
ということをいかに認容しつつ
物語るか、これがポイントだと
私は考える。

 昨日の
 菊地成孔さんとの対談。
 とても面白く炸裂し、
疾風だったが、
 途中で、
 そんなことにも触れた。
 
 菊地さんは、リズムやテンポ
というのは単一ではないと
言っていたが、
 結局、相手や自分にスペースを与えない
態度は、良い音楽を生まないのだろう。

 月曜にお会いした保坂和志さんが、
現代なんて良いことなどほとんど
ないけれど、状況論に目を奪われ
過ぎないで、あくまでも明るく
いくのだ、と言っていたけれど、
 「時代」と「自分」の間に
スペースを入れましょう、それが
大事だとフラワーピッグも思う次第です。
 
 みなさん、どんなに絶望的で、
哀しい状況にあったとしても、
そのような状況と自分との
間にスペースを作ろうではないですか。

 たとえその状況を作ったのが
神様だとしても、神様にだって、
at your own leisureや
in your own timeではなしに、
人間にあれせいこれせいと
命令する権限などないはずなのです!

 そして、菊地さんと激しく同意した
ように、「ユーモアのセンス」こそが
スペースづくりには欠かせないので
ありまして、
 そのスペース作りを
われらが桑原茂一さんが
せっせとやってくださっている
わけであります。

9月 6, 2006 at 08:55 午前 | | コメント (8) | トラックバック (1)

2006/09/05

エルミタージュで感じた文化を超えた普遍の人間性

ヨミウリ・ウィークリー
2006年9月17日号
(2006年9月5日発売)
茂木健一郎  脳から始まる 第20回

エルミタージュで感じた文化を超えた普遍の人間性

抜粋

 数々の名作があったが、何といっても心に残ったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの二つの「聖母」像だった。聖母マリアが幼子キリストに乳を与えてる『リッタの聖母』と、慈しみにみちた表情で花を差し伸べている『ブノワの聖母』の二つの絵画である。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

9月 5, 2006 at 08:54 午前 | | コメント (3) | トラックバック (0)

時にキラリと宝石のように輝くなにか

 保坂和志さんと、お話しする。
 保坂さんの「新潮」連載が二冊目の本
『小説の誕生』にまとまるのを
記念して。

 「保坂さん、この連載はいつまで続くんですか?」
 「一応、第三期で終わる予定なんだけど、
第三期は隔月になったから、再来年くらいまで
かかるかなあ」
 「次の小説は?」
 「第三期連載が終わってからだから、その後に
なるかな」

 「小説の本質は、これ、と切り出すことが
できないものだけど、現代は切り出すことの
できる作品の方が流通しやすいですよね」
 「そうなんだよね。でも、そういうのは
状況論だから。それにとらわれずに、なるべく
明るくいきたいと思っている」
 「科学でも、似たようなことが起こっています。
複雑系のような、全体性を引き受けようとする
試みは挫折の連続。わかりやすい断片的な知を
流通させるという方向に全体が流れています」
 「ああ、そうか、科学でもそうなってるんだ」

 「保坂さんは、抽象的、本質的な議論と、
身辺雑記のようなものを区別なく共存させて
いますよね」
 「ああ、あれはボクの前からの特徴で、
サッカーの話をしていたと思うと、いきなり
あのような難しい話になってしまうんだよ」

 「小林秀雄の散文が好きですが、一方で
青山二郎に、お前の書く文章よりも座談の
方がはるかにおもしろい、と言われもしている。
 プラトンは話し言葉の方が書き言葉より
上だと考えていましたが、話し言葉のエラン・
ヴィタールのようなものを生かした文体を
つくるというのは課題で、保坂さんの文章は
その意味で面白い」
 「だから、手書きをしているんだよ。
話し言葉の面白さを表すためには、ワープロで
打つより手書きでうねうね書いた方がいい。
 ぼくは、一つの仕事をしている時には
基本的に他の仕事はしない。
 一週間から十日で、「新潮」の連載原稿
50枚から80枚を書く」

 「ダンサーの金森穣さんとお話した時、
金森さんが、身体表現を本当に突きつめようと
思ったら、おもいきりゆっくり動かして、
その際にどのような筋肉がどうかかわっているのか、
それを把握してからじゃないとダメだと言って
いました」
 「ああ、それとは違うよ! だって、ぼく
ゆっくり字を書いているわけじゃないもん」
 「そういうことじゃなくってですね(笑)。
字そのものを書くのは普通のスピードでも、
 全体としてゆっくり書いているわけでしょう。
ぼくも、難しい文章を書く時にはゆっくりに
なります。でも、さぼっているという感覚は
全くなくて、何やら軟体動物のようなものが
内側でうごめいているのを感じる。
 その軟体動物の動きには案外無駄がなくて、
ただ外に出てくる文字表現がゆっくりになるだけ
という感覚になります。」
 「ああ、そういうことだったら。ボクも、
さぼっているわけじゃないからそうだ」

 「小島信夫!」
 「カフカ!」
 「グーグル!」
 「再び小島信夫!」
 「再びカフカ!」
 「一回休んでグーグル!」
 「つまりは、言葉で表せないものを表現しようと
しているわけだからねえ。時間がかかってしまう、
ということではないんだ。時間がかかるような
ことをしたいんだよ。」

 対談の模様は
 新潮社のPR雑誌「波」に掲載される予定。

 須貝利恵子さん、保坂さんと鰻丼を食べて
いたら、「新潮」の編集長の矢野優さんと、
おなじみ、北本壮さん、金寿煥さんが
現れた。

 「7万!」
 「10万!」
 「韓国語版と併せてでどうだ!」
 「ホッピー!」
 「村上春樹!」
 「大江健三郎!」
 「踏み絵!」
 「版権を求めて三千里!」
 「新婚家庭!」
 「葛岡晃来襲!」
 「旅は女性誌になった!」
 「それで茂木さん、これが10月刊行予定の
南直哉さんの
「老師と少年」のゲラ
です。原稿用紙100枚ですが、キキセマル
出色の出来です。ぜひお読みを!」

 ぼくの人生はクオリアを始め難しいことに
絡め取られて、なんとか動きたいと
思っているのであるが、
 時にキラリと宝石のように輝くなにかが
現れて、ぼくの魂に息を吹き込んでくれる。

 保坂和志さんのaspectual shapeとか、
「老師と少年」とか。

9月 5, 2006 at 08:47 午前 | | コメント (2) | トラックバック (3)

2006/09/04

talk dictionary 菊地成孔 × 茂木健一郎

2006年9月5日(火)午後6時〜午後8時
東京銀座にて。

詳細

9月 4, 2006 at 08:58 午前 | | コメント (2) | トラックバック (3)

「生きて死ぬ私」2刷

徳間書店「生きて死ぬ私」2刷
が出来上がりました。

初刷り以来、何と「9年ぶりの増刷」
です。

amazonにはまだ反映されていませんが、
そろそろ
本屋さんにも並び始めているものと
思われます。

 ちくま文庫版との差異は、
本文中に当時私がデジカメで撮影した
写真が掲載されていることで、
 その後の経緯に触れたあとがきの付された
文庫版と併せ、ご愛顧いただければ幸いです。

『生きて死ぬ私』2刷の表紙

『生きて死ぬ私』2刷の内容

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198608679 

9月 4, 2006 at 03:56 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)

きらきらと輝きとてつもなく魅力的でどきどきする世界

先週、椎名誠さんにお会いしたわけだが、
その「準備」として、ロシアにいる時に、
「そうだ、腕立てと腹筋をやろう」
というようなことを思い立った。

 木村晋介さんだったか沢野ひとしさんだったか、
「あいつは腕立て、腹筋を必ず200回づつ
やっているからいつまでもスリムなのだ!」
などとやっかむ感じで書いているのを
読んだことがある。

 本人が、週刊文春のエッセイかなにかで
「200回」問題に触れているのも読んだことがある。

 子どもの頃から、案外格闘技メタファーは好きで、
小学校の時は、島村俊和くんとプロレスを見に
行った。

 小五の時に「越谷体育館」にタイガー・ジェット・シン
を見に行ったのが一番の思い出だ。

 行く前から、島村くんが、
「茂木、あいつだけはマジだから、刺激をしない
方がいいぞ」と言った。
 試合開始のかなり前から、体育館の前で
待っていると、例のごとくターバンを
巻いて、サーベルをもったシンが、 
 本当に狂った虎のような感じで
勢いよく歩いてきて、
 思わず
 うわーっと後ずさりした。

 試合は、いつもの通り開始のゴング前に
いきなりシンがサーベルで相手を攻撃して、
 それから場外乱闘になった。
 体育館の中にパイプ椅子を並べた
開場の中をシンと相手の選手が走り回り、
 アナウンサーが「お気をつけください、
お気をつけください」と絶叫し、
 観客がわーっと逃げる。
 いやあ、あんなに興奮して楽しかったことは
なかったなあ。

 ウィキペディアのタイガー・ジェット・シンの
項目を見ると
http://ja.wikipedia.org/wiki/タイガー・ジェット・シン
様々なことは新日本プロレスの意図的な
「やらせ」だったわけで、
 まあそれは、大人の社会のこととしては
そうなんだろうと今は思うけれども、
 とにかく当時の子どもの私にとっては、
タイガー・ジェット・シンの暴れ方は
きらきらと輝きとてつもなく魅力的で
どきどきする世界を現出していたのだ。

 その頃は、島村くんと、ダールー麺というのを
食べて、
 「スープを一滴でも残すとおやじに
バカにされる」
なんて言っていたなあ。
 
 それはそうと、腕立て200、腹筋200は
当然できなかったのだった。
 
 そのことを椎名さんに焚き火対談の時に言うと、
「ははは。毎日やることが大事ですよ」
と笑った。

 それから意外なことを言った。
 朝じゃなく、夜寝る前にやっていると
言うのである。
 「歯磨きと一緒ですね」
 
 夜だと酔っぱらっているんじゃないか
と尋ねると、
 「いやあ、その頃には醒めてますから」
などと言う。

 酒をのむと後は眠ってしまおうか、
という私とは違うのだ。

 私はあくまで朝やる、というスタイルが
良さそうなのだが、
 200回への道は遠そうだ。
 
 昨日もいちおうくじけずにやった。
 それから、ランニングもした。

 人間の中にはさまざまなモティーフが
あるもので、
 子どもの頃のプロレス・モティーフを
しばらく忘れていたが、
 椎名さんと会うことがきっかけで
ちょっと「格闘系」の「気合いだ!」
の気分が復活した。

 しかし、健康のために、オヤジに
なめられてもいいから、ラーメンのスープは残して
も良いことにしようと思う。

9月 4, 2006 at 03:38 午前 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2006/09/03

是枝裕和×茂木健一郎 対談

Lecture Records

是枝裕和×茂木健一郎 対談
「映画と脳の創造性」 
ードキュメンタリーと映画の狭間にー
2006年9月1日 新宿、住友ホール

 音声ファイル(MP3, 113.2MB, 203分)

9月 3, 2006 at 08:27 午前 | | コメント (0) | トラックバック (2)

小学生の作文

本当に久しぶりにゆったり眠った。
 9時間くらいは眠った。

 これだけの睡眠時間をとれたのは
最後は何時だったか、記憶にない。
 半年前か、一年前か。。。

 いずれにせよ、身体は、「休んでいいよ」
というと、「あっ、そうですか」という
感じで一気に休みモードになるということが
よくわかった。
 
 何だかあちらこちらがこっている感じがする。
眠るという一つの身体姿勢を長くとって、
 ふだん使っていない筋肉を使ったのだろうか。
 
 「ワッツ!? ニッポン」。

 前日の安倍官房長官の総裁選出馬表明の
際の「美しい国 日本」という政権構想
について感想を聞かれて、
 「うーん、小学生がよくこういう作文を
書きますよね。まあ、これから具体的な政策が
出てくるんでしょうが・・・今のところ、
精神的な議論に終始している、という印象です
ねえ」
などと言ったら、大塚範一さんや松平悠公子さん、
政井マヤさんに異様に受けてしまった。

 要約してしまうと、「安倍氏の政権構想は、
小学生の作文のようだ」となり、
 随分きびしいことを言っているように
聞こえてしまうが、
 そういうことじゃなくて、
 ただ、「美しい国 日本」という
言葉に始まる安倍氏のメッセージの出し方が、
小学生が学校で「こういうことを書くと
先生がほめてくれる」という気分で書く
たてまえの作文に似ている、という印象を
言っただけのことなのだけれども。。。

 「ワッツ!? ニッポン」のスタジオは、
コメンテーター席の前に小さなモニター画面が
ついており、
 ついついそちらを見てしまうのだけれども、
そうすると、自分に画面が切り替わった時、
何やら目を落としているように
見える、ということに生放送中に気がついた。

 それで、なるべくそっちの方を
見ないようにした。
 何事も学習である。

 終了後、国連大学裏のテレビマンユニオンに移動。

 「吉兆」のお弁当! を食べながら
花野剛一さんたちと打ち合わせをしていたら、
 昨日朝日カルチャーセンターでお目にかかった
ばかりの是枝裕和さんが現れた!

 是枝さんは、テレビマンユニオンに所属されている
のである。

 是枝さんの、目が好きだ。
 その人間愛に満ちた
世界観も、共感できる。

 人間としてできる最低限のことは、
弱者や、少数派の苦しい立場に対する
想像力を持つことではないか。

 ましてや政治家は当然のことである。

 先日、ロシアに向かう途中
飛行機の中でドイツの雑誌Der Spiegelを
読んでいて、
ふと気付いたこと。

 小泉純一郎首相が、在任中、日本の
中の弱者、少数派と一緒にいて、
そのような問題をプロモーションしている
場面の写真や記事を見かけた記憶がない。

 かのジョージ・W・ブッシュでさえ、
本音はどうであれ、国内の少数派、すなわち、
アフリカ系アメリカ人や、ヒスパニックの
立場を顧慮しているという「スタンス」を示す
ために、そのようなフォト・セッションを設ける
のではないか。

 今時、小学生だって、弱者のことを思いやる
うるわしき作文を書くくらいのことはできる。

 小泉時代、日本の政治から「欠落していたもの」
を安倍さんが補ってくれることを期待したい。

 今日は(も)ひたすら仕事。
 しかし出かける必要はない。

 セミたちの鳴き声が、なんだか切なく
名残惜しげに聞こえるようになってきた。

9月 3, 2006 at 07:33 午前 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2006/09/02

 土曜ライブ ワッツ!? ニッポン (本日)

本日(2006年9月2日)
 「土曜LIVE ワッツ!?ニッポン」
(フジテレビ系列、午前9:55~11:40)に出演いたします。

http://www.fujitv.co.jp/b_hp/satlive1/index.html

9月 2, 2006 at 07:43 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

間に棲む不可思議な

木曜日。
 『プロフェッショナル 仕事の流儀』の収録。
 旭川の脳外科医、上山博康さん。

 二つめのVTRの後のスタジオで、
上山さんがなくなった患者さんを思って
大粒の涙をぽろぽろと落として
泣いた。

 上山さんの、医療にかける
真摯な思いに、
 心の底をぐっと動かされた。
 この仕事をやっていて、
よかったと思える時間。

 「ゴクアク三兄弟」のうちの
小池耕自さんが「クローズアップ現代」に
移るので、その送別会。
 
 実は仕事が山積して苦しかったのだが、
二次会で主題歌「progress」をカラオケで
歌う、ということだったから、
意地を張ってその時までいた。

 河瀬大作さんと小池さんと私の
「ゴクアク三兄弟」のラストコンサート。

 マイクを置いて、私はシダックスを
後にして脱兎のごとく疾走した。
 
 小池クン、新天地でも元気で活躍
してくれたまえ。
 今のところから20メートルしか
離れていないけれども・・・
 ぼくは河瀬くんとゴクアク道を
つらぬくよ。

 今週の後半の苦しさは、睡眠時間
を十分にとれないことに
あったと思う。
 びっしりスケジュールがあり、
やることが詰まっているんだから仕方がない。

 金曜日、早朝、すずかけ台へ。
東京工業大学知能システム科学専攻
の入試。
 
 修士一年の
 野澤真一から電話があり、
お昼に駅前の「てんてん」
で天丼をおごれという。
 しかし、野澤はお昼休みに間に合わなかった。

 かわりに、野澤にビニル傘を買ってきて
もらった。
 外は大雨、私は不用意なり。

 野澤は親切にもカツサンドを買って
きてくれた。
 いいやつなのである。

 入試が終了し、新宿に移動した。
野澤も一緒についてきた。
 たっぷり研究の話をした。

 あまりにお腹が空いていたので、
地下の「沼津港」で回る寿司のヒトになった。
 野澤も回る寿司のヒトになった。

 「野澤くん、このトロも食べていいんだよ」
というと、野澤は目を輝かせて
 「そうですか。」
と言った。

 「君、名古屋出身だっけ?」
 「何言ってるんですよ、埼玉ですよ」

 なぜか、野澤には名古屋というイメージが
ある。
 「トロはうまいなあ。」
 「君ねえ、脂肪のうまさがわかるように
なったら、おしまいだよ。おなかぶよぶよ
だよ。」
 「大丈夫ですよ。腹筋やっていますから」
 「ふふふふ。このオレも、一週間前から
腹筋と腕立てをやっておるのだ。しかも、
椎名誠さんに、
どうやればいいか秘伝を聞いたのだ」
 「その割には、効果が・・・」
 「うるさい! 黙って寿司を食いなさい」

 野澤と歩いていった朝日カルチャーセンターで、
是枝裕和さんと会う。

 本当に初対面で、全く打ち合わせをしないで
いきなり始めた。
 これを、『プロフェッショナル』方式と言う。

 NHK『プロフェッショナル』では、
ゲストの方とスタジオのセットで初めて
顔を合わせて、季節の挨拶程度で
いきなりトークに入るのである。
 
 是枝さんとの対談は、「映画」と
「ドキュメンタリー」の間に棲む不可思議な
魔物をめぐり、きわめてスリリングな
ものになってどきどきした。

 打ち上げにもお付き合いいただき、
是枝さん本当にありがとうございました!
 麗しきもののはじまりなり。

 その他、記しておくべきこと
いろいろあれど、
 例により時間不足につき失礼。

 今日こそは、少しゆったり眠らないと
眠気と疲れの間に棲む魔物になってしまう!

 さて、その前にひと仕事。
 もう少しで迎えが来てしまう。

9月 2, 2006 at 07:39 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/09/01

(本日)映画と脳の創造性

<対談> 映画と脳の創造性

是枝裕和、茂木健一郎
2006年9月1日(金)18:30〜20:30
新宿 住友ホール

http://www.acc-web.co.jp/sinjyuku/0607koza/A0101.html#

http://aspara.asahi.com/asahi-culture/login/eiga-nou.html

9月 1, 2006 at 05:59 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)