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2006/08/11

人類の根源的なパッション

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録は、
 花火師の野村陽一さん。

 野村花火の三代目として家業を
受け継いだが、
 最初は技術もノウハウもなく、
 その花火は「闇夜のカラス」
と酷評されたという。

 それから奮起して
精進したが、
 その道筋は並大抵のものではなかった。

 花火は、技法を
自分の弟子以外には
容易に明かさない「秘伝」の
支配する世界。

 野村さんは
 自分で試行錯誤するしかなく、
 大会で優勝するまで、
19年間は鳴かず飛ばずだったという。

 その長い不遇の時代を
どうして乗り越えられたかと言えば、
 花火の虜になった、
魅せられたからとしかいいようがないと
野村さん。

 火というもの、それが放つ光
に対する人類の根源的なパッション
が、花火というものの背後にあるということが
納得できた。

 有吉伸人チーフプロデューサー
(ありきち)が、
 「スタジオのドキュメントとして
出色の出来でした」
と言った、
 野村さんの魂の奥底に
触れることのできた4時間だった。

 この4時間の対論が、
15分に編集されて
 放送される。

 野村さんの花火は、仕込みに三ヶ月
をかけ、
 打ち上げれば5秒の勝負。

 時間という切り口で私たち
人間の思いのやりとりを
考えてみると、面白い。

 担当のデスクは「極悪三兄弟」の
末っ子、河瀬大作その人であった。

 終了後、いつもデスクの人が
テープレコーダーを持って
キャスターコメントを録りにくるのだが、
 河瀬さんにその気配がない。
 
 「河瀬さん、コメント録らなくて
いいんですか?」
 「あっ、とります、とります」
 「テープレコーダーはどこにありますか?」
 「あっ、上です。10階です」
 「取りにいくの大変ですねえ。私の持っている
ICレコーダーで、録音して、後で送りましょうか?」
 「おっ、さすが兄貴。助かります助かります」

 というわけで、私は着替えの部屋に戻って、
一人ICレコーダーに向かって
 野村さんとお話した感想をピピタン
した。

 (注:ピピタンとは、ひとりで
喋っている状態を言う。セキセイインコなどが、
籠の中で一匹でぴゅぴゅるるるるなどと鳴いていたり、
あるいは、桃太郎の昔話を、「むかし、むかし・・・
と話した後で、思わず最後に自分の名前を
「ぴぴたん、ぴぴたん」と言ってしまう
ような様を表す造語で、茂木健一郎によって
10年前から使われているが、社会に一向に広まる
様子はない。「ピピタンする」とか、
「あの人ピピタンだよね」など、同士や形容動詞
として用いられる)

 だから、野村さんとお話して
感じたことの音声は、
 ここにある。
 (MP3、2分、1.9MB)
 
 打ち上げの時、
住吉美紀さん(すみきち)が、

 「野村さんが花火の虜に
なった、ということを
聞いた時、思わず、恋愛でも
そうなんですか、と聞こうと
思ったんですけど、
 どうせ編集でカットされて
使われないだろうなあ、と思って、
やめてしまいました」

 と言っていた。
 
 なるほど、ジョシ的には
そのあたりが気になるところなのであろう。

 人生が、花火のように大きく
咲いたら。

 とにかく労働集約的な
私の毎日。

 花火は空白なくして咲かない。

 空白はどこにあるのか?

 昼間には全くなく、
いつそれが訪れるかというと、
 案外目覚めた直後だったりする。

 いつもはすぐに活動を始めるのだが、
時に、
 ぼんやりとテレビのニュースを
眺めている時もある。

 今朝、そうやって見ていると、
 自民党の総裁選挙で、
ほとんどの派閥が安倍氏の支持に
向かいそうだという。

 「○○派は、△△派は・・・」
とアナウンサーが名前を連呼する。
 
 わが祖国ながら、
 不思議の国ニッポン。

 政党のポリシーで党議拘束が
かかる、というのならばわかるが、
自分たちのリーダーを選ぶ選挙で
派閥が単位になるというのは
どういうメンタリティーなのか?

 こういうことを、合理主義から
exotismを見る視点から語ることは
簡単なのだが、
 一体我等の選良はなぜ「派閥」
で行動するのか、
 そのあたりをよくよく考えて
見なければなるまい。

 考えること以上の快楽はありません。
 
 火に魅せられることも、
 群れ集うことも
人類の根源的なパッションなんだろう。

 じゃあ、派閥の親玉が美しい
花火かと言えば、どうもそうでもないようだ。

8月 11, 2006 at 07:43 午前 |

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受信: 2006/08/11 8:22:44

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先ほどは、少しややこしいお話になってしまいましたので どちらかというと、子どもを間近で見ている感想などを交えて もう少しお話してみようと思います。 さて、何事もきちんと捉えるためには、定義付けや言葉の説明などが必要でしょうし それがあってはじめて、いろいろな方と 少なくとも共通の理解に基づくお話ができるのかもしれません。 ただし、これから私がお話しするのは、私が見たり、聞いたりして 直接... [続きを読む]

受信: 2006/08/11 23:57:01

コメント

おはようございます。

>時間という切り口で私たち
>人間の思いのやりとりを
>考えてみると、面白い。

このお気づきにとても興味を持ちました。
いつか何かの形でお話してくださるといいなぁと期待しております。

ぴぴたん、笑えますね。わたしも、かなり。。。
PCに一日中向かって仕事をしていると、ぴぴたんになる人が周り中におりました。

投稿: kamuro | 2006/08/13 3:33:51

       人類の根源的なパッション

   メタモルフォーゼ   益荒男さま達へ

世界を引き受ける パワー 日出国 日本に宿っていると信じたい。
 
       手弱女にもなれません 昨今    益荒女より

     

投稿: 一光 | 2006/08/12 6:48:12

人類は火というものを見ると、何故か心惹かれたり、寄り集まったりする。

増して大輪のダリアのごとく美しく、漆黒の夜空に咲いては散る花火には、誰もがつかの間の星の輝きを思い、心をひきつけられるのだ…。

さて、世をば見渡せば、いろいろなものが目に入る。色のないもの、あるもの、宣伝、お知らせ、路地の草花等々…。

雑踏の中で時折、独り言をいいながら歩いている、すなわち「ぴぴたん」をしながら歩いている人を見かける。

その「ぴぴたん」の内容をよく聞いていると、世への悪態だったり、愚痴だったり、コンピュータの仕様についてだったり、人によっていろいろである。

あるとき、家の近所を歩いていたら、コンピュータの仕様について独りごちながら歩いている若い男性を見た。目の焦点が定まらず、
かなり大きな声で「ぴぴたん」をしていた。コンピュータに依存し過ぎて、精神を害した挙句、あのようになってしまったのか。
何か哀れなものを感じた。

閑話休題、朝に訪れたりする貴重な空白は、茂木先生にとっては、かけがえのないモノなのかも。

ふと思ったが、このコメントもひょっとしたら「ぴぴたん」だったりして。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/12 5:38:41

“雑念する「からだ」”というブログに書き込みされていた

野口整体の野口晴哉(はるちか)」先生の

『心なき言葉は、要するに空気の振動なり。
心動けば、空気動かずとも、言葉として心は伝わるなり。
汝を愛すという言葉を発せずとも心は伝わるなり』
というお言葉に

どこか、心がつよく動くものがありました…

(ブログの主のRYOさまと
書き込みされたYUKIさまに了解をいただいて)

皆さまに、その言葉のもつ響き=心(が宿る?)を、
お届けしたくて…


(先生のピピタンに、たくさんの方々の心が動く模様が
ふと、思い浮かびました…)


言葉のもつ不思議や魅力が、広がりますね…

投稿: TOMOはは | 2006/08/11 23:56:08

夜空に花開く打ち上げ花火のように人生の花開く瞬間は必ずやってくる。
要は人生、諦めないことだ。
「人生、諦めが肝心」なんていっているのは、実は嘘で、諦めたら(絶望したら)おしまいである。“希望は生、絶望は死”である。
それにしても空白を持つことすら許されない日本というシステム。このシステムを作り上げたのは、「派閥」を組んで動き回る“選良”達である。
ナンと言っても今は、21世紀ではないか。如何して派閥なんていまだにあるのだろう??
古臭いことこの上ない。

徒党を組まなければ、何にも出来ない人達が、派閥というものに所属するんだろう。

自分の頭で考えないで、ただ〇〇派、××派に入っていれば議員年金も沢山貰えて、贅沢な生活をエンジョイできる
と思っている人達の集まりが、“選良”などと言うのは言わせてもらえば噴飯モノ、笑止千万である。
そんな笑止千万な連中が作り上げたのが、いまの空白なき日本というシステムなのだ。

このシステムは、何時かはタガが外れ、壊れる日が来ると思っているうちに、思った通りにタガが外れ始めた、と思っている。

いま日本社会のあらゆるところできしみやタガはずれが起こり始めている。空白なき日本は、崩れ始めている。

政治家を自称するのなら、常に自分の頭で考え、民衆のために現場に立って行動するのが本筋ではないか。派閥を組むなんてもう古いし、国民の為にならない。

派閥の親玉の花火なんて、美しくも何ともない。

現場に立ちて行動する人の花火こそ、スターマインのように美しいと、私は思うのでアリマス。

花火師も脳研究者も、現場に立って常に動いて働いているから、その放つ命の花火は、如何なる炎よりも美しいはずだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/11 18:47:23

花火は作るのに三ヶ月もかかるんですね。
おどろきました。
きょうは音声を聞くことができました。
いつも拝見している先生の声とは違う感じがして、はじめはどきっとしました。
聞き終わって、いつものとおり感動です。
やさしい声だったので、とっても心が落ち着きました。

投稿: M | 2006/08/11 13:35:44

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