« 『ニューロンの回廊』 辻口博啓 | トップページ | 意識とはなにか 9刷 »

2006/08/22

容易に見通すことのできない

 会議の良いところは、
普段なかなかできないゆっくりとした
議論ができることで、
 とは言っても時間に追われていることは
変わりないのだけれど、
 少なくとも食事の時は仕事が
中断するから、
 田谷文彦や田森佳秀と
たっぷり仕事の話ができた。
 
 田谷とは、EEGまわりのことや、
今後の海外との協力関係について
相談できたし、
 田森とは、hidden figuresをつくる
上でのアルゴリズムについて、
 いくつか有益な議論をすることが
できた。

 みんな人生が進むにつれて
忙しくなっていくから、
 こうやって会議でもあって
強制的に隔離されないと
ダメなのである。

 もっとも、最近はインターネット
という便利だが恐ろしいものが
あって、平気でいろいろな仕事が
押しかけてくる。

 食事のあとの、タクシーを待つ
時間に「ちょっとごめん」
と仕事をしていたら、田森が
あきれて、あいつは
いそがしいなあ、
うんぬんかんぬんと言っているのが
聞こえた。

 何を言っても田森だったら
率直でキモチがいいから、気にならない。

 ブルータスの鈴木芳雄さん
と、ガリーナに誘われて、
休館日のエルミタージュ美術館に
出かけた。

 写真の森本さんがいろいろ撮っている。

 鈴木さんたちは、日本テレビ
が今度エルミタージュ展をやるので、
 その関連でサンクト・ペテルブルクに
来ているのである。
 
 いろいろな作品を見たが、
ダ・ヴィンチの聖母像二点に
もっともこころを惹かれた。

 私が、聖母像の前で「これはこれは」
などと感心していると、
 ガリーナは、「ダ・ヴィンチは
宇宙人だと思う」
などと言っている。

 田森も、「やっぱりダヴィンチはうまいね」
などと言っている。

ダ・ヴィンチの『リッタの聖母』をのぞき込む田森佳秀

 ガリーナは流暢な日本語を喋る
ロシア人で、両親はグルジアから
来たらしい。

 エルミタージュは、もともとは
エカテリーナ2世のコレクションが始まりで、
 wikipediaを見ればわかるように
エカテリーナというのはなかなかに
大変な人なのである。
 
 ガリーナがエカテリーナやピョートル大帝
について、迫真の説明をするので、
 次第に古のひとたちがまるで
旧知の人物であるかのような錯覚に
囚われ始めた。

 構成作家の富樫香織さんから、
「サンクトペテルブルクに行くなら、
このグルジア料理の店(The Cat)に行かないと
ダメだ!」と
メールをいただいていたので、
 ガリーナに知っていると聞いたら、
知ってるからみんなで行こうという。

 テーブルに座って喋っていたら、
何と、そもそも富樫さんが
この店を知っているのは
 ガリーナに教えられた
からだと判明。
 AさんとBさんが裏でつながっていた。
 まさにスモール・ワールド・ネットワーク。

 ガリーナは優秀なコーディネーターとして
大変手広くやっているようなのである。

 あまり油を使っていないで、
さわやかでおいしい。
 田森も、「おれ、食べるものに
惹き付けられると歯止めが利かなくなるんだ」
などと良いながらぱくぱく食べている。

 グルジアというのは一体どこにあるんだろう、
と思って探してみたら、
黒海に面している。
 しかも言葉はロシアとは全然違っていて、
 文字もビルマ文字のようなのだ。

 つまり、ロシアまわりにも多くの
民族がいて、
 それらがいろいろ複雑な関係性をもって
生きる現場を呈しているのである。

 日本から見て、ロシアと
ウクライナ、グルジア、ベラルーシ、
などなどの関係は本当によくわかりにくい。
 それぞれの国の人たちは、
ウクライナ語、グルジア語、ベラルーシ語を
話している。 
 旧ソ連の関係で、ロシア語も話す。
 このあたりの事情には、いろいろ
面倒なことがありそうだ。

 サンクト・ペテルブルクに来て、
グルジアに祖先のいるガリーナに
グルジア・レストランに連れて来られて、
 店の人がロシア語の歌の次に
グルジア語の歌を歌って、
 それがロシア語からも全く類推が
利かないものらしい、という事実に
呆然としている中で、
 初めてこのあたりの人たちが
投げ入れられているややこしい事態を
リアリティをもって感じることができた。

 これが旅をするということなんだなあ、
としみじみ思う。

 ホテルのロビーでウォッカを
飲む。
 初日に飲んでおいしい
と思ったのが、Russian Standardという
ガリーナお薦めのブランドのまさに
それだった。

 Imperialというやつを飲む。

 鈴木さんがクールに杯を傾け、
 森本さんが突然もりもっちゃんに
変貌する。

 鈴木さんと森本さんが先に帰り、
田森、私、田谷の三人でさらに
Imperialな世界を探求した。
 
 仕事があるから、
と11時で打ち切ったが、
 なぜか田谷の部屋にワインが届いている
というので、
 どれどれ、と一瞬行ってさらに
飲んだ。

 ロシアに来てまだ一日だけだが、
いろいろなもののシャワーを浴びている。

 ウクライナの人や、グルジアの人たち
から見たら、
 世界はどのように見えるんだろうかと
思う。
 
 もし神様がいらしたら、
世界の言葉を全て話すことは間違いないだろう。

 せいぜい一つか二つの言葉しか
話せない我ら人間よ、嗚呼。

 有限の立場はそれなりにやるしかない。

 世界が、容易に見通すことの
できない様々なものたちによって
成り立っていると感じる時、
 私は人生を深く愛する気持ちになるのだ。

8月 22, 2006 at 12:24 午後 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 容易に見通すことのできない:

コメント

ダビンチもそうですし、ノイマンも、宇宙人説が多いですね。
理解の範囲を超えると、凡人は、とんでもない説明不可能なスケールを持ってきて、にわかに納得してしまうものかも。

投稿: タロ吉 | 2006/08/23 12:48:56

素敵な旅ですね。

エルミタージュの美しい芸術と民族の不思議に触れて、茂木先生は分刻みで新たなアハ体験をしているのですね!

気心の知れた友人との異国での語らい、いいなぁ~。
私は、4年前、ロシア人の留学生と一年間メル友だったのですが、あの時のロシアは最悪の時でした。チェチェン紛争とか劇場占拠とか、スーパーにものが無いとか、ロシア経済がガタガタの時で。

その時、彼から聞いたのは、日本がどれだけ恵まれているか、と言うことでした。スペイン語を日本で勉強して話せるようになったんですって。日本はどんなことも勉強出来る本がある、と言っていました。

最近ロシア経済は安定してきていると聞きますが・・。ロシア料理とウォッカはおいしそうですね。所で、日本で有名なロシア料理、ボルシチとピロシキをロシア人の留学生が知らなかったのが可笑しかったです・・。民族が色々で、料理も色々特色があるのかもしれませんね。

最後にちょっと、ヘンな話ですが、中国のホテルのバスルームでシャワーを浴びているとき、ロシア民謡なのかな?「死んだ男の残したものは~」の歌がどこからか聞こえてきました。知ってます? この歌、ロシア民謡ですよね!!!
「一人の妻と一人の子供・・」
ヘンな歌ですが・・。他には何も残さなかった・・・。という・・
なんかロシアの大地を感じさせる歌だと思いませんか?

投稿: tachimoto | 2006/08/23 1:48:34

新生ロシア連邦とその周囲国の抱えている厄介な問題…。民族問題、宗教的問題、ソ連邦崩壊から17年たっても抱えているチェチェン問題…。まさにこのあたりの人々は、コレら厄介な問題のルツボの中に投げ入れられている。

ロシアも、ウクライナも、グルジアも、ベラルーシも、わずか17前はソビエト連邦という「一つの巨大国家」であった。それが「ペレストロイカ」「グラスノスチ」で連邦が崩壊し、ソ連を構成していた国々は相次いで独立した。その時の色々な混乱が、ロシアの抱えている厄介な問題のもとになっているのかもしれない。


帝政ロシアの女帝・エカテリーナ2世の膨大な美のコレクションを集めたエルミタージュ。そこにあるダヴィンチの手になる聖母子像。不世出の天才が生んだ芸術は、どんな人の魂も揺り動かさずには居れない。

“世界が、容易に見通すことのできない様々なものたちによって成り立っていると感じる時、私は人生を深く愛する気持ちになるのだ。”

世界は様々なものに満ち満ちていて、簡単には見とおしのきかないように出来ている。旅に出れば、その多様性にじんわりといった感じで触れられるのかもしれない。その時、人生を深く愛する気持ちになれるかどうかは、人に依りけりなのかもしれないが、茂木さんの場合は、世界の広く深い成り立ちに触れたとき、人生というものに深い愛を感ずるのだろう。

さて昨日(8月21日)のエントリーに書かれていたロシアの人の気質について考えて見た。

ロシアの人は歴史の大波に翻弄されて生きてきた。帝政時代、ロシア革命、ソビエト誕生と70年後に訪れたペレストロイカによるその崩壊、チェルノヴィリ原発事故、チェチェン問題…。そうした数多の波乱が、ロシアの人々の「やさしさ」「ひとのよさ」を生んでいるとしたら、時代の波乱が人間を好(よ)きものに磨いていくとは言えないか。ただし、それは時代の波乱とまっすぐに向き合ってきたから好い気質が出来上がってきたのだと思う。

時代に翻弄されても、それに向き合って生きてきたからこそ、茂木さんが好感をもったような、あの気質が生まれてきたのだと私は思う。

時代の波乱と歴史の真実から逃げてきたような、時代の歩みかたしか出来なかった、我々日本人の大多数が置いてけぼりにしてきた、もろもろのものを、ロシアの人達はまだまだたくさん持っているのだと思う。

しかし、そのロシアにも、ネットをはじめとするサイバー文明、そしていわゆるグローバル・スタンダードの大波が訪れ、若い人達がそれにのめりこんでいっているときいている。

これから先、ロシアの人達の心情が、サイバー文明やグローバルスタンダードのせいで、我々のように荒んだものにならなければ好いのだが。

それはそうと、茂木先生!現地で飲むウォッカの味はさぞかし、とても、美味だったでしょう~!でもうまいからとて、あんまり、飲み過ぎちゃあいけませんよ。
グルジア料理も美味しそうだなァ。

ところで、グルジア文字ってビルマ文字のようなんですって?
う~ん、というと、起源はアジアなのかもしれないな。
ロシアでも、シベリア地方に行くと、我々日本人によく似た顔つきの民族の人達がけっこういるそうですね。ヤクート族とか。
あのへんあたりに日本人のひとつの起源があるといわれているらしいが…。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/22 19:37:10

ダヴィンチって、ほんとに宇宙人みたいです。
去年ダヴィンチ展で鏡面文字の手稿を見たとき、この人は人間じゃないのかと思いました。

先生がご覧になったのは『岩窟の聖母』でしょうか。
あの絵がとっても好きなんですが、エルミタージュ美術館にあるのかな。。
休館日に見て回れるなんて最高ですね。
ポストカードしかもってないけど(笑)、あれを眺めると、ふしぎに心がおちつきます

投稿: M | 2006/08/22 13:27:20

コメントを書く