« 人類の根源的なパッション | トップページ | 「アダモステ」現る! »

2006/08/12

うつろい

 東京工業大学大岡山キャンパスへ。

 高校生向けの「Inter COE」の会。

 主なミッションは、研究することの面白さ
や醍醐味を訴えかけて、高校生に
東工大に関心をもってもらうことだと
わかっている。

 だから、脳の話ももちろんしたけれども、
「科学の恵みと技術の矜恃」という副題で
語りかけた。

 「科学の恵み」は、「自分自身から離れて
世界について考えること」(detachment)
を中心にお話しし、
 「技術の矜恃」は、「原理的に不可能だ
などと簡単に言わずに、できることは何でも
やること」だと高校生にアツク伝えた!
 
 終了後、東京工業大学学長の相澤益男
先生や、機械制御システムの佐藤勲先生、
研究協力部の鈴木範雄さんと昼食を
とる。

 東工大では、「世界文明センター」
という形で
教養教育の充実を図っていると
相澤学長。

 私自身、最近「教養」ということの
大切さに関心が向かっている。
 インターネット時代になって、
さまざまな情報が溢れている中、
 いかに最終的に自分の人格、世界観に
統合されるかたちで
 さまざまなことを学んでいくか
という姿勢が大事なのではないか。
 
 それこそ、教養を高めるために
できることは何でもやるべきだ!
 教養を深く広くしていくということは
人生の目的であるべきでありましょう。
 
 東京駅で徳間書店の牧田謙吾専務と
待ち合わせ。

 石井健資さん、本間肇さんも
いらっしゃる。
 しかし、お二人とも校了前ということで、
ホームで手をふってサヨウナラだった。

 郡山へ。
 『本と脳の話』をする。

 本の良いところは、人間の全体性を回復
できる点にあるのではないか。
 テレビはどうしてもその場限りで
流れていくメディアになりがちだし、
 私たち現代人は皆、前のめりに生きていて、
過去を振り返らなすぎる。
 
 過去のさまざまな人類の体験を振り返る
縁としての本の役割を大切にしたい。
 
 そのような趣旨で。

 福島県には福島民報と福島民友という
二つの代表的な新聞社がある。
 
 そのうちの福島民報の戸井田淳さん、
二瓶盛一さん、花見政行さん、
それに高島書房の高島瑞雄さんと
会食。

 作家の玄侑宗久さんと奥様が
いらっしゃる。

 私は玄侑さんの『御開帳綺譚』の解説を書かせて
いただいたことがある。
 また、玄侑さんが拙著『脳と仮想』にコメントを寄せて
くださったという経緯もあり、
 縁がなかったわけではないが、お目にかかるのは
初めてだった。

 玄侑さんはチャーミングな方で、言葉の
選択とそのリズムが心地よかった。

 玄侑さんを見ていて、前から感じていた
疑問を思わず口にした。

 「なぜ、僧侶は色気があるのでしょう」
 「うつろい、だからでしょう」
 「なるほど。そうですね。これで、明日の
ブログに書くことは決まった!」

 恋も仏道も「うつろい」である。
 諸行無常は色っぽい。
 風、光、林、水。万物に共感せよ。嗚呼。

 明けて今朝は東京に帰る。
 阿房列車の旅は続く。
 うつろいの中に本質を見つめたい。

8月 12, 2006 at 07:44 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: うつろい:

» 『冑佛伝説』書評 トラックバック 御林守河村家を守る会
「甲冑武具研究」153号に、拙著『冑佛伝説』の書評が掲載されています。 また目次にも、「新刊紹介 『冑佛伝説』」と記されていて、 35ページの下段に、西岡文夫常務理事の書評が掲載されているのです。 「甲冑武具研究」は(社)日本甲冑武具研究保存会の季刊誌... [続きを読む]

受信: 2006/08/12 12:17:07

» 続報「宇宙船地球号」山本敏晴さんのお話 トラックバック Little Tree
続報と言いましょうか、8月20日に横浜で山本敏晴さんの、お話が伺えます。 先日、お話いたしました山本さんは、医師として国際医療援助活動をなさりながら NPO法人「宇宙船地球号 Earth the Spaceship(ETS)」を立ち上げて 様々な活動をしていらっしゃる方です。 国連軍縮横浜会議が、横浜みなとみらいにある「パシフィコ横浜」にて行われるとのことで この最初に行われる「市民フォーラム」の中の基調報告として ... [続きを読む]

受信: 2006/08/13 7:28:38

コメント

僧侶の色気を僕も感じたことがあります。純粋な気持ちの人は美しいです。

投稿: シンタ | 2006/08/13 1:31:30

うつろい・・・という言葉を辞書でひいた。ふむふむ。
さてと、ん?うつろい、うつろうで違ってくるのか。ほほう。

うつせみ・・・空蝉
うつせみ・・・現身
うっそり、うったう、うつたえに・・・・
「うつ」で始まる言葉って、なんだかとっても色気があるなあ。

こうやって辞書引いたりすることでも、ちょっとは教養つくかなあ。
教養って、心が腐ったときの栄養とか、ねじクレタ時の補強材、になるかなあ。

投稿: 平太 | 2006/08/13 0:22:18

今の時代、いとも簡単に「私には何々ができない」と簡単に口にする人たちが多い。けれども、できる事は何でも取り組む事が人生ではほんとに大事なんだから。
自分の「人間」を深くするため、何でも見聞きし、いろいろな人に会い、
できうることは何でもチャレンジして、体験する...そうしていく間に
私の人間としての深みが増してゆくものなのだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/12 16:43:00

教養を身につける、ということがネットの発達発展に伴い、大量の情報が
大河のように飛び交い流れる現代社会に生きる私たちにとって、いよいよ大事になりつつあるようだ。いかに自分の人生観、人格に統合される形でありとあらゆる教養を深く広く身につけていられるか。これこそが、やはり、未来をよりよく、また深く知的に生き抜く上で非常に大事なことではないか。

本の役割もこれからはまた非常に大切になってゆくだろう。テレビは如何しても「その場限りのメディア」に終始してしまうし、ネットも時間が経つと古い順から情報が消去されてしまうといった欠点を持っている。

今の若い人は本を読まなくなったといわれて久しいが、それは、小さいころからテレビに依存していた面が大きいことと関連があると思う。テレビを通じてしか、情報を手に入れることをしないできたために、本を読む喜びを知らないできているのだ。
人類の過去の記憶、得た教訓、歴史を知る上で本を読むことは本当に大事だ。
いま、ケータイやパソコンで本の内容が読める時代になってしまっている。が、これは本来的にいう読書ではない。
私も以前、茂木博士のホームページに収録されている「生きて死ぬ私」のテクストを読ませて頂いたが、読書という感覚からはほど遠い感覚であったことを覚えている(内容は本当にすばらしかったが)。

教養を深めることは畢竟、自分を高めることであり、自己の魂の血肉となることだと思うし、本を(ことに良書を)読むことは、自己の外側の世界を深く知ることだと思う。

さて、世の中すべて、宇宙はうつろいゆくし、色っぽいものだとやっぱり思う。自分が仏教徒だから言う訳ではないが、万物流転諸行無常の中にこそ、万物に通ずる本質が潜み、生命万般に通ずる法則が貫かれているといつも感じている。うつろいのなかに、生命の本質は見え隠れしているはずだ。panta rhei こそ色気と法則が一つになっているのだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/12 12:49:16

 郡山で出た話について、感じたことを一つ。
 自筆と活字についてです。「無味乾燥とも思える活字の方がなぜ頭に残るのか?」

 以前、ある新聞をつくったときに、デザイナーが文字をゴシック体で指定してきました。かたちになってみると、自分の文章の中に入り込めません。無理に明朝体に変えてもらうと、すんなりでした。
 日常で明朝に慣れている、ということはあるのでしょうが、ゴシック体はバランスが良すぎて、集合すると活字ではなく絵になってしまうのです。まとまりすぎてしまうのです。
 よく見ると、明朝体というのは、崩れそうで崩れない微妙な美しいバランスで成り立っています。その文字(活字)を使って行間や字間を読みやすいように、活字に入り込めるように、長い時間をかけて、試行錯誤がなされてきたのでしょう。
 詩人で建築家だった立原道造は、自分の詩集を自分でデザインした人でした。それは手書きだったり、活字だったりしたのですが、道造の取り組みに「手書きと活字の微妙な表現」のヒントが隠されているように思います。

 茂木さんの話を聞きながら、そんなことを考えていました。

投稿: 安竜 昌弘 | 2006/08/12 9:57:50

コメントを書く