そのような時間の流れも
自分たちの発表も無事終わり、
今日は日本に帰る。
しかし、ヘンな時間にしか
飛行機がないので、
フランクフルトに一泊することになる。
田森佳秀は、ひとあし先に帰った
(はずである)。
朝6時30分の飛行機に乗るので、
「午前2時30分に迎えにくる」
とホテルのロビーに貼ってあった、
とは本人の弁。
「まいったよ。こんな小さな字で
オレの名前が書いてあって、
あとは時間が書いてあるだけなんだぜ。
電子メールも電話もなし。
もし、オレが掲示板を見ない性格の
人間だったら、どうするつもりだったん
だろう?」
こればかりはわかりません。
ホント、どうするつもりだったんでしょう?
田森は、仮眠でもしちゃうと
アウトだから(これがホントの「仮眠ぐー=アウト」?)
ずっと起きているのだ、
と一緒にいったアゼルバイジャン料理の
店から一人で歩いて消えていった。
「お前のことだから、プログラムでもしてれば
起きているんだろ」
「一番良いのは、計算なんだ」
「しかし、計算をやると時間の流れを
忘れてしまうんじゃないのか」
「そうなんだよ。だから、ロビーで計算を
しようと思う。オレ、自分がどんな失敗を
するか、あらかじめ判っているから、
それを避けるための手段をいくつも
開発しているんだ」
「それが本当のメタ認知だなあ。ははは」
ロシアにおける力強い真実と愛に
満ちた会話であった。
なぜ、アゼルバイジャン料理に行ったかと
いうと、朝のうちは「もう一度、
キャビアできちんと勝負しよう」と
言っていたのだが、お昼に行った
赤暗い内装の謎の店でヘンなお寿司を
食べたせいか、生もので勝負する気力がなくなり、
じゃあ、インド料理に行こうか、
と言っていたのだが、
田森が、「インド料理だったらいつでも
どこでも食べられる。オレは、旧ソ連圏の、
中央アジアのどこかの料理が食べたい!」
と強く「中年の主張」をしたので、
不憫に思い、アストリア・ホテルの
コンシェルジュから、Bakuという
レストランを予約したのだった。
ガリーナも言っていたが、ロシア人は
よく歩く。
コンシェルジュに、「タクシーの
運転手はこのレストランを知っているだろうか」
と聞くと、
「あら、そんなに遠くはないわよ。
ほら、この通りをこう行って、曲がって、
まっすぐ行って、それで大丈夫!」
とおねえさんは教えてくれたが、
そこはまさに私たちが学会会場から
とぼとぼと歩いてきたルートで、
確実に30分はかかるのだった。
アストリアホテルに歩いている
最中から、
「足が痛い。なんでお前は
こんなに歩くのが好きなんだ。やせる
ためか? それだったら、オレも
わかるけどな。しかし、それそろ
限界になってきた。独り言にしようかと
思ったが、いっそのことお前に大声で
言って、いやみにしてしまおうと考えが
変わった」
などとぬかして(もとい、仰って)
いた田森が、ふたたび30分も歩くことを
承知するはずがなかった。
初めて口にするアゼルバイジャン
料理は、今までに感じたことの
ないクオリアに満ちていて、
五感がすーっと開かれていくのが
わかった。
ぜんぜん油っこくなくて、
まるで印象派の風景が化石になって
白みがかっていったような印象。
一同は、かの地に思いをはせ、
そうだぼくたちはユーラシア大陸の
東の端に浮かぶ島国の住人なんだけれども、
本当はシルクロードを通して
はるか中央アジアにもつながっているのだった。
ぼくたちの文化の中にも、
アゼルバイジャンが何百万分の一か、
チャンプルーになっているかもしれない。
宝石は小さなものほど見つけた時にうれしい。
そうだそうだ、
もう一杯グルジアワインを飲もう、
とロシア最後の夜を惜しんだのであった。
何日か同じホテルにいると、次第に
いろいろな行動が
ルーティン化してくる。
朝起きると、まずは冷蔵庫に行って
コーラを取りだし、飲みながら
仕事をするのが日課だった。
朝のレストランでは、
小さな瓶に入ったケチャップを
一個持ってきて、
田谷文彦に半分わけてあげるのが
習慣になっていた。
レストランに降りていく10分前に
田谷の部屋に電話して
「大丈夫か? いけるか?」
とやってから、頃合いを見て、
おもむろにエレベーターを
包むように大きならせんを描いている
階段をたかたか降りて
(私の部屋は6階である)
3階にいる田谷が
エレベーターの前に立っている
いるところに出くわさないかと期待していたが、
一度もタイミングが合わなかった。
夕方、バーに入っていって
腰を下ろすと、
顔なじみになった店員から、
「今日は、調子どう? またキャビア食べる?」
などと聞かれた。
そのような時間の流れも、
今日で終わりである。
日本では課題山積、
艱難辛苦、全力疾走、一気集中、
難関突破、臥薪嘗胆、一点突破・・・
の生活が待っているが、
仕事に追われながらも、ロシアの
大らかな空気を吸って、大いに
魂が歓びを感じたと思う。
今は解放を得て浮上した
モーツァルトのExultate Jubilate
(K.165)の気分です。
それではみなさん、また日本で!
(しかしその前に一度フランクフルトで
日記を書くとは思う)

食料品店「エリセーエフスキー」で物色中。
撮影 田谷文彦

「はつ恋」のツルゲーネフの銅像の足下に。
撮影 田谷文彦
8月 25, 2006 at 01:11 午後 | Permalink
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ゆっくりご紹介する時間がありませんが、これはぜひ!と思うオススメをお知らせいたします。
先日、kirikouがキャンプに出かけた2日間に
いろいろ気になるところへ、足を伸ばしてまいりました。
21日には、国際連合軍縮会議in横浜の一般傍聴に参加しました。
そのあと、 石川賢治 月光写真展 「天地水 月光浴」
満月の光だけで撮った神秘の世界
... [続きを読む]
受信: 2006/08/26 7:44:52
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あやしげな屋台のおやじと管理人の会話から、中年世代の悩み・興味をうきぼりにし、解決策などの役立つ情報を発信しています。幅広い世代の悩みや相談に答えられるブログを目指してます。 [続きを読む]
受信: 2006/09/13 22:24:49
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コメント
夜中に日記を読んで大笑い!
すご~く楽しい日記でした!
これがホントの「仮眠ぐ=アウト?」と「中年の主張」に
私は声を上げて笑ってしまいました。
茂木先生の精神はすっかり20才の頃に戻って、異国の地で
澱を落としているのでしょう、と感じました。
アゼルバイジャン料理って、脂っこくないことですが、冬はマイナス何十度とかなるから、太らないように、油を取りすぎないようにしているのかな?
私が先日行った、安徽省の合肥では、めちゃくちゃ、油っこくて、これでもか~と言うくらい、どの料理にも、こってり油が入っていたのです。しかし、中国人は食べることにどん欲で、テーブルの上には、食べきれないくらいの多種の料理が、ツボにスープ、大皿に、ドカン、ドカン!と次々に料理が立ち現れるので、ビックリ仰天でした。
でも、ついつい食べてしまうのです。しかし、不思議なことには、中国の方は、全く太っていないのです。あ~ら不思議。
あんなに油がこってりなのに。
でも、どの料理にも多種の野菜が豊富で、これは、ホントに
何十種類の野菜とスイカをこともなげに日々取っているのだな、と実感。
何故、こんなに食べて中国の方は太っていないの?と聞くと、毎日、お茶をたっぷり取っているからーと。
こちらでビックリしたのは、お茶を出されて、湯飲みにお茶っ葉がそのまま入っているのを、葉っぱが口に入らないように注意しながら飲むのですが、飲んで、少し、湯飲みから減ると、直ぐに、追加され、いつも湯飲みの中のお茶が満タンになっていることでした。
私が飲んだお茶で、とっても気に入ったのは菊の花とクコの実が入ったお茶で、見た目が美しく、飲んでいて、美容に良い感じがしたので、気に入って飲みました。
食べることを楽しむ民族だと思いました。中国は兎に角広いので、場所によっては全然異なるとは思いますが。
アゼルバイジャン料理が印象派なら、合肥料理は満腹派かな?
良い絵画の余白が欲しいかな? という感じ・・おいしかったけど。
投稿: tachimoto | 2006/08/26 9:50:35
高校の3年後輩の者です。
ロシアの旅、お疲れ様でした。
ロシアはソ連の頃の体制にかかわらず理解できていない国ですが、文豪やら、芸術やら興味は尽きません。エルミタージュなどはいつか行ってみたいと思っています。またエッセイなどで鋭い視点の感想を期待しています。
そういえば昔から気になっていたのはロシアの男性平均寿命が確か57歳くらいと、妙に短いこと。どういうことなんでしょうね。
投稿: ジョー司 | 2006/08/26 0:55:54
茂木先生、今日もやってくれました。印象派の絵が化石になって白っぽくなっていったようという表現、わかるようなわからないような懐かしいようなあは体験の絵をみてわからないような脳の苦しさ感じる表現です。くるしー。それを解くにはその料理食べなきゃだめでしょうか。
投稿: oki | 2006/08/25 21:36:39
ロシアでの行程も無事に終わり、きょういよいよ日本に帰られる茂木先生。無事日本にご帰還されたでしょうか?それともまだまだ機内の人であられましょうや。
アゼルバイジャン料理を食され
(私はロシア料理もグルジアのそれもまだ味わったことがない!おお、茂木先生と皆様が羨ましいっっ!)
未体験のクオリアを感じられたとのこと。
そこで日本人のルーツに思いを馳せられるなんて…。
確かに我々は今は、アジアの端っこの島国に住んでいるけれども、本当は、シルクロードを通じてはるか中央アジアに繋がっているのだ、と私も思う次第でアリマス。
我々の文化の中にも仰る通り、アゼルバイジャンのような中央アジア文化が何分の一か、チャンプルーになっているのに相違ない。
ついで民族も何分の一かはチャンプルーしているに相違ない。
日本人は「単一民族」なんて、誰が言い出したのかな…。
実は日本人だって、単一でなくて本当はいろいろな民族の血がチャンプルーして出来た民族じゃないか。
どこの国だって、住んでいる人間はみんないろいろな民族がチャンプルーして出来ているのだ。
明らかに日本生まれの、日本人のはずなのに、顔の彫りの深い人を時たま見かける。その人はきっと…何十分の一、あるいは何百分の一かの、異国の血が…中央アジアの血が入っているのかもしれないと思ったりして…。
この「日記」をしたためている茂木さんの中にも、そして我々この「日記」を日々読んでいる常連の中にも、そういう血が何十分の一、あるいは何百分の一、何千分の一…か混じっているのに違いない。嗚呼、やっぱり地球は広いっす。そしてあらゆる民族の血と文化は、チャンプルーしつつ繋がってるっす。
我等は単一民族なんて、そんなへんてこなことを言っているのは日本人だけだもんね。
閑話休題。
このロシアでの1週間は、茂木先生にとって、大いなる「魂の洗濯」のような者なのに違いない
(そうでなかったら、ごめんなさい・・)。
それでは日本への御無事なる御帰還を、心待ちにしています!
p・s・御存知でしょうが、冥王星が太陽系から外され、太陽系の惑星の数が九つから八つになりました。日本時間のきょう未明、チェコの惑星定義会議で決定したそうです…。
ちなみに冥王星は、76年前にアメリカ人が発見した星だそうです。
投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/25 18:37:11
奇遇ですね、私も今週22日まで、ロシア旅行に出かけておりました♪
団体旅行などという柄にもない旅だったので、ロシアやロシア人の方の思考が全く良く分からず、現在も軽い混乱状況にいたりします。私には、良いも悪いもなく、とても不思議な国民に感じました。
投稿: CUE | 2006/08/25 15:27:00
ずいぶんと、大きなツルゲーネフの像ですね!
フランクフルト経由でお帰りとのこと。
一度だけ出かけたヨーロッパ観光地ツアーで
ロマンティック街道を、ほんのすこ~しだけ歩きました。
ヨーロッパの気候は、いかがでしょうか?
日本…それも東京は、ことのほか暑いですけれど
魂の歓喜を道連れに、また一層のご活躍が楽しみです!!
投稿: TOMOはは | 2006/08/25 14:42:48