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2006/08/24

旅の「真昼時」

学会が行われているのは
ロシアの軍の医学アカデミーというところで、
 入り口には、ちゃんと軍服を着た人が
いて警備している。

 最初は、身分証明書か何か見せないと
通れないのかと身構えたのだけれども、
 そんなことはなく、手をふって
にこにこ入れば良いのだった。

 こんなことを言うと何だが、1991年の
旧体制崩壊以降の
自由主義経済の波に洗われた新生の
「ロシア」の中に、時折、それ以前の
「ソ連」の雰囲気が表れていてそれが面白い。

 二日目だったか、
 ガリーナに連れられて
 夕食に入った「イタリアン」
レストランで、なぜかワインがなくて
 ビールとウォッカを頼んだ。

 そのビールが、「うわあ」という
くらいぬるく、ガリーナは怒って
「氷持ってきて、氷!」
と言った。
 私はにやにやして、「やったあ、
ソ連だ!」と面白かった。

 田森佳秀、田谷文彦と両替を
しようと入った銀行の中には、キャッシュ
ディスペンサーもないし、 
 何の案内もない。

 呆然としていると、大男の係員が、
「こっちこっち」と教えてくれた。
 そこには両替の窓口があり、
向こうに女の人が動いていて、
 ガラス越しにこっちを見ると、
何故か行ってしまった。

 看板を見ると、営業時間内である。

 だが、大男は、事務所の中に入って
なにやら一言ふたこと交わすと、
「クローズド、クローズド!」
と手を振るのであった。

 ガリーナだったら、またもや
怒り出すのかもしれないが、
 私はそのような状況をしみじみ
楽しんでいる自分に気付いたのだった。

 トローリーバスに乗っているとき、
床下から聞こえてくるエンジン音が
まるでクルミとクルミをこすっている
ようで心地よく、
 油を敷いたような懐かしい木の
感触に、「古いもの、古い習慣も悪くないわい」
と思うのだった。

 思うに、今の東京はコンビニにしろ
電車にしろみんなぴかぴかで、効率よく、
その中に暮らしていると確かに便利なのだけれども、
 以前に世界はどんなところだったか、
私たちは忘れてかけているんじゃないのか?

 バスの検察のおばさんが座る席が、
なぜかそこだけ「特別席」のようになっていて、
 花柄のクッションがかけられていたり、
涼しげな日よけの布がガラスにかけられて
いたりして、
 乗客よりも心地よさそうだった。
 
 運転手の趣味なのか、ガラス窓の
上の方に花柄のステンドグラスのような
プリントが張られている。

 つまりは、仕事の現場を自分たちが
楽しいように「改装」しているわけだけれども、
そのような「パーソナルなタッチ」も
なんだかしみじみ味わい深く、
 何でもかんでも「これがソ連だ!」
と決めつけるのはどうかと思うが、
 新生ロシアの経済発展の中、普通の
ヨーロッパの街並みと変わらない
風景が現出しつつある現在、
 むしろそのような昔ながらの光景にこそ
旅する者の心をつかむ何かが
あるように感じた。

 大都会、サンクト・ペテルスブルクでさえ
そうなんだから、田舎にいったらもっと
ステキなんじゃないか。
 機会があったら、ロシアの田舎に行ってみたい。

 学会の一日を終えると、
いろいろ考えることができる。
 一見報酬系の問題と
関係がないようなさまざまなことが
実はかかわってくるなあ
 認知プロセスはやはり
個々のトピックだけじゃなくて、全体
を見なければダメだなあ
などと歩きながら
つぶやいているうちにお腹が
空いてきた。

 それで、泊まっているアストリア
ホテルでキャビアを食べる、
という作戦を田谷文彦、田森佳秀をさそって
実行することにした。

 Red Cavierというのがイクラである、
ということはこっちに来て知ったが、
私が食べたいのはそっちじゃなくて、
 Black Cavierの方である。
 
 夕食はブルータスの鈴木芳雄さんたちと
一緒で、そこにはガリーナも来て
 Black Cavierもあるレストランに連れて
いってくれるはずだったが、
 とにもかくにもその前に
きっちりと勝負をつけておきたかった。

 メニューを見ると、
Black Cavierには三種類あって、
 Belugaというのが一番高い。
 驚くほど高い。
 高いが、うまいに違いない。
 もはや、それを行くしかないだろう。

 g数によって値段が違う。

 「この、55gというのはどれくらいの
体積なんだろうか?」
 「1円玉55枚だよ」
 「しかし、一円玉は水に沈むだろう」
 「ああ」
 「キャビアは、水に沈むだろうか?」
 「きっと、沈むんじゃないか?」
 「とすると、55立方センチメートルよりは
小さい、ということだろうか?」

 などと一悶着あった後、
「中」のベルーガをエイヤッと
注文した。

 いやあ、おいしかったですね。
 幸せでした。

 このような時、私は自分が感じている
クオリアをできるだけ正確に把握し、
言語化することによって
 「もとを取ろう」とする。

 歯触りが並の魚卵とは
違う。
 とんぶりともタピオカとも
イクラともちがって、ぷちっとするわけではなく、
しんなりと抵抗なく歯でつぶされていって、
最後にわずかにバネがふわんと利く、という
感じがする。
 塩味の背後に様々な複雑なものが
絡み合う空がある、という感覚。
 もし、空が青空ではなく緑空で、
その緑空に夕暮れがあったとしたら、 
 私たちの食べたベルーガのキャビアのような
ものになるんじゃないか。

 今までパーティーなどで「キャビア」
と称するものは食べてきたけれども、
 名高いアストリア・ホテルのキャビア・バーで、
 キャビアとはこういうものであるという
絶対基準を打ち立てたかった。

 とりあえず、満足である。

 そうこうするうちに約束の時間になり、
鈴木芳雄さん、ガリーナ、森本美絵さんが
やってきた。

 4人でキャビアのある店に行くという
ことになっている。

 実はきっちりと一度勝負は済ませてきた、
ということは鈴木さんには内緒で、
 涼しい顔でアストリアから歩いてすぐの
「1913」というレストランに行った。

 ロシアのレストランはどこも
音楽の人が入っていて、
 歌ったり、楽器を奏でたりする。

 「1913」も、ギターと
ヴァイオリンと歌い手が
奏でる音楽の
 風情がすばらしかった。

 ガリーナが面白いロシア語を幾つか
おしえてくれた。
 「プリクラスナってわかりますか?
「すばらしい」っていう意味です。プリクラするな
みたいでしょ?」
 「スッパコイノイノチというのは
お休みなさいというという意味です。酸っぱい恋の
命みたいでしょう」

 私はお礼に「キボンヌ」という言葉を
教えてあげた。

 涼しい顔で、黒キャビアキボンヌと
鈴木さんに言った。

 二回目も、また、おいしかった

 ロシアのシャンパン(ではなくシャンパンスカヤ)

 おいしくいただいていると、
せっかくきれいな音楽を流しているというのに、
隣りの席の人の声がうるさい。

 聞き耳を立てると、アメリカなまりの
英語が聞こえた。
 「私の飲んだジュースでおいしかったのは」
などと、どうでもいいようなことを大声で
言っている。

 「あの人たちは、世界のどこに行っても
我が物顔で、本当にきらい!」
とガリーナが怒り始めた。
 
 「イギリスでは、コンサート会場で
うるさいとシーッと蛇が鳴くような音を
立てるんですよ」
そういって、ヒス音を
実際にやって見せたが、効果はないようだった。

 趣味の悪い振る舞いをする人というのは、
知らず知らずのうちに魂が荒れていって
しまうのです。
 合掌。

 ロシア料理というのは油っこいという
先入観があったが、口にしたものは
スープといい、メインといい、
 むしろ日本料理よりも油がないという
くらいすっきりしたもので、
 冷製のボルシチなど「ビートのスライス
が静かな湖に浮かんでいる」という風情だった。
 
 全く新しいロシアのイメージが
心の中にできたことに感謝しなければなるまい。

 エルミタージュで見た
 ブノワの聖母に似た小さな女の子が、
「なぜこのお母さんから」というくらい
年期の入った女性と「なぜこのおとうさんから」
というくらいごつい男に連れられて入って
きたところで、楽しい宴席はお開き。

 明日鈴木さんはモスクワへ、
森本さんはモスクワ経由で東京、
 ガリーナは今回の仕事が終わり、
ということで再会を約してサヨナラした。

 アストリアの前の広場は大きく、
 ローラーブレードをしている
人の渦の中に立ち止まった。

 ちょうど遅い日没。教会の向こうの
空があまりにもきれいで、
 久しぶりに「夕焼け写真」をとった。

 きっとあれが今回の旅の「真昼時」
だったのだろう。


ドストエフスキーの墓の前で文豪に思いを馳せる。 
撮影 森本美絵


Beluga cavierを前にしてうふふと笑う。
撮影 田谷文彦

8月 24, 2006 at 12:44 午後 |

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コメント

他愛もない感想ですが、茂木先生、キャビアのクオリアの表現最高です。特に緑空の夕焼けなんて。食べたことないんですけどわかるような気にさせてもらいました。食べたくなりました。ソビエトに行ってみたかったなぁと昔おもっていたの思いだしました。

投稿: oki | 2006/08/24 22:32:02

ドミトリー・ベーテル!(確かこんばんは。と言う意味?)
とてもお茶目な写真素敵でした!

ロシアの空気が伝わってきました。
一昨日のサンクトペテルブルグの飛行機事故を後から知って、茂木先生たちのことを心配してしましまた。
先生がお元気でホットしました。

ロシアの大地に散った命にご冥福をお祈りいたします。

先生は、旅と食のクオリアを日本語という言葉の神業で文字から映像と質感をインターネットというツールを使って、まるで、こちらでそれを今味わっているかのように伝える呪術がすばらしい!プリクラスナ!(早速使っちゃった!)

所で、先ほどコンビニにシャープペンを買いに行ったとき、女性週刊誌の表紙が目に入ったんです。オランダの雅子さまと愛子さまのプリクラスナ笑顔!!(使いすぎかな)喜びに満ちたお顔でした。良かったですね~。

そして、私、マチスの「ダンス」は大好きな絵です。生命の息吹を感じます。ダビンチは、以前「受胎告知」は観たことあるのですが・・。私もあまりのすばらしさに暫く見入ったことを記憶しています。

それにしても、「ブノワの聖母」も「リッタの聖母」も無性の愛を表現しているのだと思いますが、職人技の美しい額縁が絵と一体となっているところが実にプリクラスナですね。すばらしい絵には大抵すばらしい額縁が付いていますよね。

さあ、もうちょっとしたら、「プロフェショナル仕事の流儀」を見なくっちゃ!ウメッシュでも買ってきて。

投稿: | 2006/08/24 21:35:15

かの文豪ドストエフスキーの墓碑の前に佇む、リンゴTシャツを着た東洋系のバルザック似というより、やっぱり椎名誠似の男。

1番ウマイというベルーガのキャビアを目の前にして会心の笑みを浮かべる、これも上と同じ東洋人の男。

茂木先生、数々のロシアの美味に巡り合い、食の幸せを堪能されたようだ。

生まれ変わって17年の、新生ロシアの中に、「ソ連」の面影が沢山残っているなんて、いいですねぇ。
古いものが結構残っているってやっぱりいいですよね。第一トロリーバスなんて、今の東京じゃ完全に絶滅ですよ。私が幼稚園ぐらいの時までそれは走っていましたけれど。

古いものをドンドン潰して、日に日に新しく綺麗にしてばかりいると、昔の姿がドンナものだったか、分からなくなってしまう。

何でもかんでも新しくすればいいってもんじゃないとしみじみ思う。

プリクラスナ→プリクラするな、スッパコイノイノチ→酸っぱい恋の命、いやぁ、ロシアの言葉にも日本人が聞くと面白いボキャブラリーがあるんですね。

茂木先生、いよいよロシア滞在も大詰めと言う所ではありませんか。御無事で帰還されることをお祈り致します。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/08/24 18:39:28

お元気そうで、何よりです!

筆の流れも軽やかで、
とても楽しくお過ごしのご様子が感じられます!

ドストエフスキーのお墓の前のお写真に
ふと島田雅彦さんとの対談を思い出しました。

(若い頃「罪と罰」は読んだ、という記憶はありますが
当時の私には、到底、理解も親近感も覚えることのできにくい
世界だったような印象があります。)

いま、文豪の作品を読むエネルギーがあったら…
なにを感じることができるのでしょうか…?

私の傾向としては、
ツルゲーネフやヘッセに惹かれていたように想います。

(短めのほうが、よかっただけかもしれませんけれど…)

そういえば、今日近くのコミュニティ施設の本棚にあった
内田樹さんのお書きになった本の中の漱石論(?)を
偶然読みました。

その言葉の調子がどことなくオモシロく、
なんとも不思議に身近に感じました。

何か、気になるところがあったのでしょうか…?

投稿: TOMOはは | 2006/08/24 18:22:06

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