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2006/07/11

ナマコがナマコとしての生を全うしているように

それがどんなことであれ、
結局は
 「よりよく生きる」
 「十全に生きる」
ということなのではないかと最近感じている。

 たとえば、海の中のナマコがナマコと
しての生を全うしているように、
 人間もまた、それぞれの生を
充実させるしかないのだ。
 
 「抽象的」な人間の知的活動、文化の創造も
また、
 結局は「生きる」ということに
つながっているのだろう。
 
 ブルーバックス「アインシュタインの世界」
の中で、
 著者のインフェルトが、アインシュタインは
死ぬまで頭の中でジャズ・ダンスを踊って
いたような印象がある、というようなことを
書いているが、
 多くの天才たちは頭の中で
十全と生きることで、創造を成し遂げて
来たのだろう。

 東京工業大学すずかけ台キャンパスへ。
 今年度の大学院入試関連の業務。

 小俣圭の論文を読みながら行く。

 すずかけ台キャンパスの木々は
いつ見ても勢いがあり、
 ああ、こういう景観はいいなあ、
と思う。

 青土社の
『食のクオリア』について。
 青土社の今岡雅依子さん、
コピーライター/シナリオライターの
 中田満之さん

 どんなに文化が発達したとしても、
結局、人間は食においては自然に頼るしかない。
 先日お目にかかった嵐山吉兆の徳岡邦夫さんも同趣旨のことを言われていたが、
 結局、おいしさとは、自然の力のこと。

 何事も人智でなさんとする現代人にとって、
食が一つの盲点なのも、当然のことだろう。

 鳥居坂の国際文化会館へ。
 新潮社『考える人』の創刊4周年の行事。

 養老孟司さんの講演を聞く。
 布施英利さん、ユニクロの柳井正さんの姿も。

 祝賀パーティー。
 さすが新潮社、『考える人』
だけあって、
 各界の実に多才な方々がいらしている。

 椎名誠さんとお話する。
 椎名さんは真っ黒に日焼けして、
まるで漁師のようだった。

 パーティー終了後、新潮社の
葛岡晃、北本壮、金寿煥、森史明の
面々と飲む。

 どうも、このあたりが出版界に
おける「極悪グループ」のようである。
 うーむ。

 さて、今日も頭脳も身体も
イキイキと生きることを
心がけることにしよう。

7月 11, 2006 at 07:12 午前 |

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茂木健一郎博士:クオリア日記より 〈http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2006/07/post_db54.html#comments〉 >それがどんなことであれ、結局は 「よりよく生きる」 「十全に生きる」ということなのではないかと最近感じている。 >たとえば、海の中のナマコがナマコとしての生を全うしているように、人間もまた、それぞれの生を充実させるしかないのだ。 >「抽象的... [続きを読む]

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コメント

茂木健一郎織り成す 夢と現実

 いつか必ず生み出されるであろう偉大な物への
               切なる思い感じながら

    プロセス・アイ    読了です。

         いつか サインを 。。。


投稿: 一光 | 2006/07/16 17:17:16

プロセス  やっとクオリア研究所 辿着  ナマコ速にて

 説切  主たる登場人物のすべて  茂木健一郎の断片

          プロセス

置き換えて 垣間見る 自分自身の 多面性   由々しき

今日も 然したる予定も無く  読み進めましょう !!

投稿: 一光 | 2006/07/16 6:23:52

ナマコノ事が ・・・

ナマコの軌跡 と ナメクジの軌跡  の対比

ナメクジには、前進の強い  意志があり

ナマコは、意志の薄弱そう   あるとしたら  

存在感に伴う  不動の意志      だけど見せ掛け

こんなことも 考えながら   嬉しい三連休

念願叶い プロセス・アイ   茂木健一郎 を
                
    深々と   読みましょう !!

投稿: 一光 | 2006/07/15 6:51:41

イキイキ

投稿: 東次郎 | 2006/07/13 18:17:47

「生きる」ということは人を含めた生物活動の全てに繋がっている。が、私達は普段の煩雑なる生活の中で、ついつい、それを忘れがちなのかもしれない。

ナマコがナマコとしての生を全うするように、人もそれぞれ、生を全うするしかないのだ。

「桜梅桃李」(おうばいとうり)という言葉がある。桜は桜、梅は梅としての個別の生を十全に生き抜くように、個々人も其々の生を十全に生ききって輝いていくのが本道だ、という意味だと、ある本で知った。


我々この「日記」の常連も、それぞれの生を十全に生ききりたいとこのエントリーを読みながら思った。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/07/13 17:59:31

 おお!長かった(普通なのか?)メンテナンスが終了し、
コメント解禁ですな。茂木さんご機嫌いかが?

 ううう…、この日記もビシバシと「おまえはどう思うんだよ?」
の嵐。私の頭脳では、打ち返すのが精一杯ですじゃ。
 「勘弁してくださいよ、茂木の旦那」とは、私の独り言です。

 出版界の極悪グループの方々。皆様、お名前が漢字三文字
というのは偶然なのでしょうが、何か感じずにはいられません。
 (「出版界の極悪グループの暗黙の条件なのか?
たけちゃんまんセブン(お元気ですか?)は、極悪ではないの
だな?それとも…同じ出版界でも、出版社(派閥)が違うから
なのか?」などなど。)
 それでも、なかば強引に「おや、奇遇ですね」と、思うことに
して、スコーンと軽く打ち返します。

 いろいろな極悪グループを渡り歩く茂木さんも、さぞ極悪なの
でしょうね。まさに「親方」って感じだ!
 「極悪」、とても素敵な響きだわ…うふふふ。

 ナマコ、すごくきれいなものもいて、面白い生き物ですよね。
油断するとはまりそうであるぞ。
 深い、深い海の中。そこに海鼠の住むという…。な~んて!

 ナマコのようにシンプルに生を全うできたなら…いやいや、
ナマコはナマコで苦労はありましょう。
 だから結局、「私は私としてイキイキと」なのだろうなあ。

 親方、もうちょっと手加減…お願いします。

投稿: 龍神 | 2006/07/13 17:57:18

『考える人』の創刊4周年の養老先生の講演は、昨日でしたね…
伺いたいと想いながら、あきらめました。

きっと、面白いお話でいらしたことでしょうね。

本を書いたり、作品としてお名前の残るような方々のお話も
もちろん、とてもオモシロく興味深いものがあります。

けれど、ときに(いまの私が、ということかもしれませんが)
名もなき、ふつうの暮らしを営むひとびとの声や生きる様に
なぜか、つよく惹かれてしまいます。

清原康正氏の「山本周五郎ことば」を読んで
ひさしぶりに、また文庫本を買いに行きました。

いま、本屋さんは「夏の100冊…」という文庫本の企画のおかげで
ほんとうにいろいろな本が、並んでいました!

引っ越した実家の父の本棚に、まだあるかもしれませんが

なぜか、夏目漱石著「門」と
山本周五郎著「小説日本婦道記」を買ってしまいました。

また、息子に「本ばっかり買ってきて!」と怒られそうです…

投稿: TOMOはは | 2006/07/11 13:03:42

生命を切り刻んだ食材を机に並べ、それについて、栄養素を教える食育に疑問を感じていた。
つい最近もそういった取り組みをする学校と家庭について、ドキュメントがあった。

食そのものがなんなのか、命、自然などの視点がなかった。
間違ってると思った。

食のクオリアを読んで、こういう内容を食育すべきと思った。

投稿: 平太 | 2006/07/11 12:03:41

僕も、たとえどんな形であろうと、「よりよく」生きたいし、「十全に」生きたいと思っています。
できればクリエイティブな活動を通して、「よりよく」あるいは「十全に」生きたいと思うのですが。

投稿: 石曽根康一 | 2006/07/11 12:02:01

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