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2006/07/08

(本日)オープンサロン 『未踏ソフトウェアの創造』

http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2006/Opensalon/index_j.html

日時:2006年7月8日(土)午後4時より
会場:ICCギャラリーA
定員:350名
入場:無料
主催:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]

シンポジウムの模様はインターネット中継されます.

参加者
北野宏明(情報処理推進機構 未踏ソフトウェア創造事業プロジェクトマネージャー)
茂木健一郎(ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー,脳科学者)
遠藤拓己(《Project Phonethica Installation "Rondo"》出品作家)
徳井直生(《Project Phonethica Installation "Rondo"》出品作家)
永野哲久(《Monalisa: 音の影》出品作家)
城一裕(《Monalisa: 音の影》出品作家)
ドミニク・チェン(ICC研究員)

7月 8, 2006 at 10:07 午前 |

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コメント

ICCのオープンサロン拝見させていただきました。

私もnextプロダクトの研究開発者としてふと気になり、プロフェッショナルでも拝見させていただいていることもあり足を運びました。

あれからいろいろ考えていたのですが、
拝見した印象では、茂木さんのご発言が一番バランスがよかったのでこちらにコメントさせていただこうと思い立ちました。

両方プロジェクトとも面白い試みだと思ったのですが、この手の未踏プロジェクトのボトルネックへの認識が甘く、気になりました。

私事ですが、
昨年音声認識の会社と提携で話をしたりするときにももっとも技術陣に聞かれるのが
「サンプルをどのように集めているのか」
ということでした。

たとえば音声認識についていえば、別に音声データそのものを完全に認知できる必要はなくって、多少ラフであっても、前後の単語との関係とかで判別ができればいいわけで、

つまり、
判別するためにはどこまで波形解析が結果を返せばいいか、ということを定義し、
かつ
その定義に基づいて最低限どのようなデータが必要か、

ということを設定すればいいだけ、と私は思っています。


なので、phonethica でもっとも私が興味があったのは、
似ている、ということをどう定義しているのか?
ということでした。

同じ響きであっても、文化によって微細な音の響きの違いを「同じ」としたり「違い」としたりする。つまり、波形データそのものの差異を決定するのは文化でしかないわけですし、それこそが文化だと思います(翻訳とは、その差異のない部分を見る作業かと)

よって、
似ている、とはなにか?、これが定義できて初めて
「どういうデータが必要か」
がわかり、
データの収集方法が決まってくる、
と私は思います。

しかしながら、現状は、ネットでの質問形式、という解決策を進められているようで、これは、定義自体も含めて丸投げしてしまっているように思いました。
途中、司会の方が100ドルpcは布教だ、と気付かれていましたが、ネット技術が6000語に対応していない現状では、この布教にも似た問題があり、データも偏るとも感じました。参加を促すこと自体が逆に文化への侵略、つまり言語保全と反対の効果を促す危険もあるでしょう。

よって、サンプルもある程度は必要だとは思うのですが、
文化の違いを超えた、「似ている」という認識メカニズムとはどういうものなのか、という「普遍性」の解き明かし、追い求めがないと、このプロジェクトは進まないと感じました。


最後に、
途中途中の茂木さんの発言には、まさにそのとおり!と思うことがしばし、で、
茂木さんのスタンス、というのは両方が判るというところで閉鎖しがちなnextな試みコミュニティに非常に価値があるかと好感を持ちました。

これからも頑張ってください。期待しています。

長文失礼いたしました。

投稿: トグリン | 2006/07/10 21:42:38

初台のオープンサロン、見せていただきました。

iccでは、なるほど面白い展示が沢山ありましたが、しかし、腹の底からの「感動」とはほど遠い、いかにもメディアアートと言った感じの、生命感の薄い展示ばかりでした(ものの30分も付き合っているうちに、疲れてしまう)。

もう少しパンチのある、生命感溢れる展示があればよかったかなと思いマス。

オープンサロンでは、phonothicaというソフトウェア関連の展示のプレゼンがトテモ建設的で、多くの人に広めていこうという啓蒙精神に満ちていたのがよかった。言葉の音の(韻の)ニュアンス、話し言葉の質感=クオリアを活かしたよいソフトになればいいかも。

「モナリザ=音の影」という展示作品を制作したグループは、何処か、自分だけの「殻」にこもろうと言う姿勢が垣間見得た。ので、
私は何か、彼等のそんな姿勢にナルシスティックなものを感じた。
エンジニアとしてはそれは許せるかもしれないが、アーティストとしてはあまり好ましい姿勢とはいえないのではないか…。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/07/08 22:45:04

初台のオープンサロン、見せていただきました。

iccでは、なるほど面白い展示が沢山ありましたが、しかし、腹の底からの「感動」とはほど遠い、いかにもメディアアートと言った感じの、生命感の薄い展示ばかりでした(ものの30分も付き合っているうちに、疲れてしまう)。

もう少しパンチのある、生命感溢れる展示があればよかったかなと思いマス。

オープンサロンでは、phonothicaというソフトウェア関連の展示のプレゼンがトテモ建設的で、多くの人に広めていこうという啓蒙精神に満ちていたのがよかった。言葉の音の(韻の)ニュアンス、話し言葉の質感=クオリアを活かしたよいソフトになればいいかも。

「モナリザ=音の影」という展示作品を制作したグループは、何処か、自分だけの「殻」にこもろうと言う姿勢が垣間見得た。ので、
私は何か、彼等のそんな姿勢にナルシスティックなものを感じた。
エンジニアとしてはそれは許せるかもしれないが、アーティストとしてはあまり好ましい姿勢とはいえないのではないか…。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/07/08 22:42:46

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