« 負け続けている時にこそGファンは心を寄せるべき | トップページ | できることは全てやろう »

2006/07/24

がぶがぶと飲む

 ずっと走ってきて、
 久しぶりに何の予定も入っていない日曜日、
それでもデスクワークを、と思ったが、
 身体が「休める!」と思ったのかどうか、
やたらと眠くて仕方がない。

 お昼を食べたあと眠り、
夜も早く眠ってしまった。

 おかげで仕事ができていないなり。
 困ったことである。

 カラスがかあかあ鳴いている。

 昨日蕎麦屋に行く時に森の中で見たカラスは
巨大に見えた。
 古代の飛竜のよう。

 雨が続く季節の、思ったより
涼しい風情は好きなのだが、 
 今年はちょっと長すぎるようだ。

 二度目に(夜)眠る時、
先日アマゾンのUKから輸入した
Extras
を1エピソード(30分)見る。

 先日の水戸芸術館での打ち上げの時、
吉本の笑いの話になって、
 それはそれでいいけど、
吉本流の笑いだけがこの世の全てじゃないだろう、
と言った。
 
 身体を張った笑いや、
 あうんの呼吸の笑いもいいけど、
 世の中の様々な事象、
とりわけタブーになっていることや、
矛盾が溢れていることについて、
知的に突っ込んでいく笑いも
見てみたい。

 吉本のような関西の流儀を
面白い、というのが、
 ちょうど巨人に対して阪神を
応援することのように
 日本では「政治的に正しい」
ことのように思われがちだけど、
 実はそうすることは
本当に関西のためにはならない
んじゃないかと思う。

 吉本に限らず、現代の日本の笑いは
社会の本当のタブーには目をつぶって
安全圏で遊んでいる
ところがあり、
 その点がイギリスのコメディに比べると
大いに物足りない。

 笑点は好きで、
見ることが出来る限り見るが、時間帯の問題もあり、
子供にもわかる笑いが中心である。
 
 そんなことを書いていて気付いたが、
村上春樹の小説の欠点は、
 大人になりきれていない
ことなのではないか。
 
 その甘ったるい青年の味わいが
文学だという考え方はもちろん可能だけれども。
 
 さてさて仕事。
 とは言っても、身体が重いなり。
 とりあえず、エスプレッソをやや薄めに
入れて、がぶがぶと飲むことから始める。

 がぶがぶがぶがぶがぶ。

 人生がコメディであるとすれば、
カラスがかあかあという時間から起きて
薄味のエスプレッソをがぶ飲みしている
私の人生にはどのようなエピソードが
書かれているのか。
 
 神様の台本をちょっと覗いてみたい。

 がぶがぶがぶがぶ、ちらり。

7月 24, 2006 at 04:45 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: がぶがぶと飲む:

» 河村家住宅調査報告書(3) トラックバック 御林守河村家を守る会
6.特徴   主屋は、御林守の住居遺構として貴重であることや、建立年代も明確であること、   さらに建築史的な価値を有することなどから、金谷町の文化財に指定されている。   建築規模も大きくて御林守の住居に相応しく、一般的な民家とは異なる風格を見せている... [続きを読む]

受信: 2006/07/24 8:56:03

コメント

茂木さんのBBCコメディのチョイスいつも楽しみにしてます。
"extra"ふむふむタイトルから面白そうです。
なんかハリウッドスターがかなり出てますね。
どうしたのでしょう?
ベン・ステイラーは両親共にコメディアンらしいのですが、
オフィスの部長とのからみがとても気になるところです。

吉本のお笑いは、これだけ露出が多いから
受け入れる方が楽だと思うのですが、
正直苦手です。

特に"下町"さんは、かなり苦手でテレビ消します。

でも関西ベースにこだわって活動している人で
確実にタブーに足を踏み入れている方いますよ!

東京では放送出来ないらしいですけど。

投稿: | 2006/07/25 0:28:25

こんばんは。しめっぽい日々が続いております。このぶんだと、梅雨明けは8月初旬になりそうな気配です。

かつてダウンタウンの松本人志が、
「大阪人は何時までも、ボケ+ツッコミ=笑い、という図式の中にいて、それだけが笑いと思っているけれど他にも笑いはある。それに早く気がつかないと大阪は笑いの鎖国になってしまう」とある雑誌のコラムで書いていたそうだが、大阪ばかりか日本全体が、今や松本のいうように「笑いの鎖国」になってしまっているのではないか。

“吉本流の笑いがこの世の笑いの全て”だと、日本人は思いがちなのだろうが、そればかりではない、ということは、広き世界を見渡せば、自明の理のはずだ。一口に笑いといってもアメリカ流あり、(茂木さんの大好きな)英国流あり、また中国流あり、と世界中のどの地域にもご当地流の笑いというものがある。そういう非・吉本流のいろんな笑いが、日本でももっと認知されなけれはならない。

過日、吉本興業のタレント達が、アメリカはニューヨークで公演するというニュースをフリーペーパーが何かで観たことがあるが、果たして吉本流の「鎖国化した」お笑いが、ブロードウェイ仕込みの洒脱なコメディに慣れきった当地の観衆に何処まで受け入れられるのだろう。


“吉本のような関西流の流儀を面白い、というのが、ちょうど巨人に対して阪神を応援することのように、日本では『政治的に正しい』ことのように思われがちだけど、実はそうすることが、本当に関西の為にはならないんじゃないかと思う。”
“吉本に限らず、、現代の日本の笑いは、社会の本当のタブーには眼をつぶって、安全圏で遊んでいる所があり、その点がイギリスのコメディに比べると、大いに物足りない。”

お笑い、というのはそもそも、もっと過激で、社会的なタブーすらチャカして笑いのネタにしていたのが本来の姿で、日本でも第2次大戦初期のころくらいまでは、そういうタブー(例えば、当時の軍事関連など)を茶化して笑いをとっていた時代があったときいている。

1930年代から'50年代まで活躍していた、日本初のコミックバンド「あきれたぼういず」などは軍事関連の話を茶化してネタにしていたことがあったらしい。

ちなみに「あきれたぼういず」は日本の笑いに「ボーイズ」というジャンルを確立した最初のグループである。

戦前はそういう笑いが日本でもフツーだったのだが、それが戦後になり、いつしか、子供にも分かる、易し過ぎる、あるいは、社会のタブーにきりこむどころか、それに眼をつぶって安全圏で遊んでいるだけの笑いが“日本の笑いの全て”になってしまった。

つまり関西だけでなく日本全体が「笑いの鎖国」になってしまったのである。

「笑いの鎖国」化は、まさしく茂木さんのいうとおり、関西の、そして日本のためにも(文化的な面で)非常によくないと私は思う。

吉本的あるいは関西流の流儀だけが、日本の笑いではない。もっと毒々しいものを含んだ、タブーに挑みかかる過激な笑いも「笑い」なのだ。安全圏で遊ぶだけの「笑い」が全てではない筈だ。

吉本流=関西流の流儀を尊んでいてはいけないということに、日本全体がそろそろ気がつかないとダメだ。

文学も甘っちょろい青年の味わいだけが文学ではない筈だ。
そういう文学も味わいとしては、確かにいいほうかも知れないけれど。

もっと権力と闘うとか、社会の病巣に深くきりこむとか、そういうパワーも文学の不可欠な要素だとやっぱり思うのだ。

(村上春樹ファンの皆様、どうぞお許しを)

そういえば、このエントリーに紹介された村上作品の「大人になりきれていない」欠点も、「クオリア降臨」に出ていた「村上春樹の鼻毛」の一つなのかもしれない。

笑いも文学も、日本のそれは易し過ぎる嫌いがある。もっと社会の毒とか、病巣とかタブーとかにするどく斬り込んで、風刺し、糾弾し、革命を起こしてもらいたいなぁと思うのだが…。

そういえば、「ニューロンの回廊」1回目の放送で、立川志の輔師匠は「落語は単なる“お笑い”とは違う」というようなことを言っていたと思う。師匠は、たしか、「落語は総合的なエンタテインメント」だと言うことを言っていたはずだ…。

「クオリア降臨」に紹介されていた「千両みかん」の噺はくすりっ!と笑わせる要素だけではなく、番頭の悲劇ともからんで、ちょっとした怖さも含んでいる。

一つの噺の中に「笑い」「人情」「恐怖」「悲劇」など人生のいろいろな要素が含まれている落語は、まさしく志の輔師匠のいうように、総合的なエンタテインメントであり、ドラマでもある。

そういう落語も、いつしか漫才などと同じような「笑い」のジャンルのなかに入れられてしまっている。

ともあれ、笑いの鎖国状態から日本は脱しなくてはならない時期を迎えているのではないか。今回のエントリーを読んで思った次第です。

長文乱筆、何卒お許し下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/07/24 19:31:18

神様の台本、見えましたか。
私も見てみたい。ちらりちらり、うーん見えない。
見えないから楽しい。

投稿: m-tamago | 2006/07/24 12:45:28

がぶちらり
ゆっくりお休みできてよかったですね。
エスプレッソを薄めに、ってなんかしゃれてます。
村上さん、そうなんですか。
三作品くらいしか読んだことがなく、
記憶に残っていない。
読み返してみようかな。

イギリスのコメディは辛口批評なんですね。
笑点。
歌丸さんがおざぶに乗っている姿は
もう見れないのかな。

投稿: | 2006/07/24 8:33:24

丁度昨日
母が吉本新喜劇を
観て帰ってきました。
母はめったに
外出しない人なのですが
久し振りにお友達のお誘いを受け
とても楽しみに
していたのでした。


どうだった?

とたずねると、

その時は笑ってるけど、
後に何も残ってなくて
疲れた。

と言ってました。

なんだかいたたまれない
ような気持で

ユーモアについて
考えていたところだったので
茂木さんの言葉に
納得しました。

ユーモアには
人を救ったり赦したり
する力があると
思うけど
吉本興業さんは
一歩手前で
止まってるのかも
おしいなあ
と思ってしまいました。

投稿: | 2006/07/24 8:15:16

そうですね。今日も耳が痛いです。
関西人は実は保守的で、打たれ弱いんです。
孫悟空みたいに、大きな掌に守られている範囲で実はやんちゃしているのです。

しかし、儀礼的、政治的な言葉には敏感だと思います。

投稿: | 2006/07/24 7:45:28

   神様は、サイコロは、振りません。

投稿: | 2006/07/24 6:21:47

コメントを書く