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2006/06/05

いただいた「雀の涙」

土曜日。

大久保の早稲田大学理工学部で
「理工文化論」の授業。

400名入る教室が二つあって、
ひとつは中継で見ていたらしい。

質疑応答の時間になったら、
いろいろな問いが活発に出て、
面白かった。

授業が終わったあとも、質問に答えていて
すっかり相澤洋二先生と三輪敬之先生を
お待たせしてしまった。

お二人と昼食をとる約束をしていたのである。

石山敦士先生もご一緒で、
早稲田の理工学部の再編や、大久保キャンパス
の近くに地下鉄ができるという話を伺う。

東京駅へ。電通の佐々木厚さんと合流して、
京都から湖西線で高島へ。

黛まどかさんや加藤秀樹さんが
やられている
「日本再発見塾」(ええじゃないか)
に参加するためである。

もう宿の夕飯は終わってしまっている
時間なので、駅前のショッピングセンター
の3Fで、「すき焼き御膳」を見つけて、
佐々木さんとビールを飲みながら食べる。

ふらふらと駅に向かったら、
緑のTシャツを着た方々が迎えに来てくださっていた。

暗闇の中でも、みずみずしい自然が
あるのがわかる。

会場の興聖寺には、長谷川章さんの
「デジタル掛け軸」が投影され、
念仏踊りが披露された。

夜話で「遊び」の話をする。
無印を立ち上げられた麹谷宏さんが
一千万円のワインを落札して飲んだ話が
面白かった。

ヨーロッパのワインのぶどうは1864年に
一度壊滅的な打撃を受けており、
その後はアメリカのぶどうに接ぎ木したものが
栽培されている。

それで、落札したワインはそれ以前のものという
ことらしい。

飲めるものじゃないだろうと思っていたが、
存外うまかったと麹谷さん。
1864年以前のぶどうから作られた
ワインは長持ちした、という文献が
あるということである。

宿舎に向かい、しばらく懇談。
養蜂家の藤原誠太さんが
日本蜜蜂のことをいろいろ教えてくださる。

明けて小川後楽さんの茶事。
抹茶ではなく、煎茶の茶事である。

小川さんによると、明治の御維新のころ、
日本の茶道はむしろ煎茶中心に
なりかけたのだという。

いただいた「雀の涙」のような
ほんの少しの煎茶は、舌の上で
ひとつの宇宙のように濃厚に
広がって、
大いなる驚きを与えてくれた。

まさにサプライズ。

昼食時、ふらふらと杉の道を歩いていたら、
古池で蛙が飛び込んで、
サワガニが清流を這っていた。

まさに日本再発見。

こんな所に住んでみたいな、と思うが、
容易に果たせないこともわかっている。

自然を思い、田園生活を慕う
ということは、つまりはそのような
やり切れない思いを引き受けるということでは
ないか。

湖西の地は池に美しき鯉が泳ぎ、
森には生命の気配が濃厚で、
文明の虚飾に彩られた東京など
吹っ飛ばしてしまう魅力にあふれていたが、
それを下手に文脈付ければ結局過去
多くの観光地が繰り返してきた俗化の
道を辿ることになる。

人生の多くのことは寸止めで味わう
しかない。

多くのスタッフ、ボランティアの尽力に
より第二回日本再発見塾は大成功。

加藤秀樹さん、高橋世織さん、小川家元、
黛さん、佐々木さん、と帰る。

帰りの新幹線が、黛さんだけが
ひとつ前のやつだったので、さびしいさびしい
と騒いでいたが、
佐々木さんがさっさと黛さんの
荷物を持ってホームに上がってしまった。

黛さんは途中でこだまに乗り換えたよし。

そのこだまを、私たちののぞみが途中で
抜いた時、
私はすでにまどろんでいて、
ほの暗い東海道の風景も目に入らなかった。

6月 5, 2006 at 06:51 午前 |

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コメント

 茂木健一郎 先生
先週滋賀県高島での「日本再発見塾」に参加させていただきました田中と申します。
先生のブログからの紹介で今回参加させていただきました。
先生の著書は、何冊か読ませていただいて、自分が考えていたことを言葉に表すとこういうことなのだとと思うことも多くありました。そして今回の参加では、先生と同じ時間と空間を過ごした後、先生と自分が感じたものとがどう違うのか確かめたいと思っていました。だから高島のことを書かれるブログは、いつも以上に楽しみにしていました。一応、私もブログ(ミクシィ)に書きました。
私は、その場で見たものをそのまま感じることしかできません。やっぱり頭の構造が違うのかな(笑)
参加者のお約束(サイン禁止)破って、先生には、扇子にサインしていただき、完成したものが届くのを楽しみにしています。そして毎日ブログも楽しみにしています。田中美穂

投稿: 田中 美穂 | 2006/06/11 22:02:25

Subject: 横野です(日本再発見塾 塾生)

茂木健一郎 先生

土曜日、日曜日 ありがとうございました。
先生の著書を 塾参加前に拝見させて頂きまして、塾に参加しましたが、大変  画期的なご研究をされていると 感じました。
 談話の中で、ご紹介頂きました「欲望のエデュケーション」読んでみようか と思います。日本人の「ああしたい」「こうしたい」、「あれが欲しい」「こ れを食べたい」は やっぱり、アジア・極東の島国の中で、農作物の生産量も  自給自足できないほどの限られた耕地面積、工業化社会以降の資源を「もた ざる」歴史があるので、やっぱり 「つつましく」「慎重」に 生きる他はな かったので、西洋人、ヨーロッパ・米国人に比べて 「欲望」の解放を でき る限りセーブ、節約してきた 民族が 日本だと思います。さらに、戦後のア メリカ軍による日本占領の結果 米国の属国のような社会・政治体制の中で、 「アメリカさんが風邪になると日本は肺炎になる」ような、経済のほとんどを 米国だよりにしてきた日本は、アメリカのような「豊かな」暮らしにあこが れ、電化製品、自動車、住まいをコツコツと働きながら獲得してきました。食 べるものはあふれ、余暇も増えたが、「なんだか さびしい」「本来の我々は  一体どこで、どんなことを考えて暮らしてきたのか?」「アイデンティティ は?」とか。。。 こうした中身は、日本を離れ外国暮らしをしたひとは一度 からず経験されていると思います。(私もドイツ、フランス2年ほど生活して、 強く「日本」を再考したクチです)。。。。

グローバル社会の中の日本は、ソニーやトヨタなどの工業製品を輸出販売する ことによって、その対価としての原油や天然ガス、樹脂、金属類などの資源を 手に入れてきました。そしてこれらを、またテレビや自動車などの工業製品に 「変える」ことで、付加価値をつけ、わずかながらの利益を日本人の中で分配 してきた。1980年代にバブルがありましたが、やっぱり我々は「資源」 「富」をもたざる民族として、過去も未来も勤勉さを「徳」としながら、効率 や合理性、規律や調和を保ちながら、(日本)村社会で「慎ましく」生きてい くのが大多数の日本の 「是」であり、「美徳」でもありましたが、「欲望の エデュケーション」では おそらく、物質的な欲望とは異なる、精神的な「デ ザイアー」の解放と 貪欲なまでの「知・精神世界」の探求が書かれているは ずなので、物質的に豊かになろうが モノがない時代であろうが、「人間とし ての 自己探求」を極める「欲」の質・量の問題だと思います。 やっぱり、 現代日本において経済的・物質的に豊かになった代償として、ハングリー精神 とか無骨精神とか、精神の強さとか 日本人は弱くなっているはずです。※ア メリカさんの「ガムシロップ漬け」で、働き蜂、労働蟻の日本人は「満腹状 態」、「骨抜き」になってしまっている。 だから、三島由紀夫は切腹を自衛 隊員の前でわざわざ行った。。。。 (すみません、長々とつまらいない話をしました)

「高島・朽木 発見」 ⇒ 「自分自身 の発見」が できました。
(私の DNA にある、日本古代の わたしの 先祖から受け継ぐ、
  日本風景、食べ物、匂い、タッチ。。。。 これらの五感想起DNA....)
※先生のご専門の脳科学の分野でも、遺伝子関係の分野でも 先祖の記憶がD NAにのって継承されていくロマンチックな仮説がございますよね。これ、仏 教の輪廻転生とか ヨーロッパ古層のケルト人の神話の「生まれ変わり神話」 にもつながる、人類の「やさしい考え」だと思ってます。

わたしも、東京のミドリが残っていた 多摩ニュータウンで育ち、学校を卒業 するまで 東京にいましたが、今回の 「高島・朽木」の におい、田んぼ、 あめんぼ、おたまじゃくし、清流、山々を 見て 母親の実家のある 富山県 八尾町の 景色を思い出してます。(d-kの長谷川先生の お母様も八尾出 身だそうです。d-kの「うつろい映像」を ぼんやりと眺めていると、まる で 300年前の村のお祭りとか、収穫の後の寄り合いで村の近所のひとと一緒に 笛や太鼓の音楽を聴いて、楽しい話をして楽しんだ われわれのお爺さん、お 婆さんより前の世代(前世)のデジャヴュを体験するような心地になるので す。やっぱり、私の祖先は江戸時代から続く、富山県婦中町・八つ尾町の百姓 の家なのです。。。。

先生のお写真、d-kライブの闇の中で撮影させて頂きました。ちょっとピン ボケ気味ですが、ご笑納くださいませ。
http://www.flickr.com/photos/d-k-photos/160412553/


また、先生の本を拝読させて頂きまして、お話聞いて頂ければ幸いです。長い悪文を お読み頂きまして、誠に有難うございます。   横野

ライブ前日に 事前調査した、昼間の お寺の写真
http://homepage.mac.com/yokonov/PhotoAlbum20.html

ライブ当日
http://www.flickr.com/photos/d-k-photos

投稿: Victor Yokono | 2006/06/06 14:49:33

 昨日の昼過ぎから、徒歩30秒でグラウンドが見えてくる、
母校の小学校の運動会を見に行ったのですが、自分の幻に会う
どころか、いまどきの小学生の服装などの大人っぽさに驚いた!
またも素顔で出かけた私は、あせった…!
 同時に、私もあちらがわ(親がわ)の年齢でもあることに
気がついた…。小学生と張り合っている場合じゃありません!
 同世代のママ達の化粧が濃い目に見えたのは、私が素だった
から?ママ達の服装がギャルっぽく見えたのは、私がジャージを
羽織ってめがねの、完全休日仕様だったから?

 とにかくいろいろと違和感感じまくりの穏やかな日曜の
昼下がりでした。


 私は東京が愛せませんでした。すぐに自然に触れられる
ここ(札幌、北海道)が大好きなのは変わらないのだけれど…。
 憧れの人が、遅刻しそうになって仕事から仕事へ(まるで
花から花への蜜蜂のよう…)重いリュックを背負って走る街。
ジョギングをして風の精になったような気分になれる街。
 東京なんだよね…。
 そう思うと、何か違って見えてくるぞ…おかしいな…。
 過去の茂木さんの分身があちこちに住むところ…?
 それってとっても素敵なところなのかも…!!

投稿: 龍神 | 2006/06/05 23:42:01

実家が周りに田んぼしかない田舎ですが、
田舎によってはそのやり切れない思いを引き受ける
ことすら出来ないでいるかのような顔をした風景が
あるように思います。

地元を思うとき僕が感じるのは
別のやり切れなさであるような気がするのです。

アウラなき田舎もあるのかもしれません。

しかし観光地化は行政の手により失敗し、
茂木さんの言われているような俗化の道は
辿っていないので、僕の感じるこのやり切れなさは
一体なんなんだろうと考えています。

投稿: KY | 2006/06/05 19:14:35

湖西の地に流れる、天然の清冽な空気と、素晴らしいものものに触れてこられた茂木さん。本当、忘れ難き体験をされたのですね。

嗚呼!オイラも俗化されない天然溢れる地を訪れて、その天然が生み出す素晴らしいものものに触れ、語のまったき意味で「日本再発見」をしてみたいものだ!

湖西のような、みどり豊かな自然がふんだんに残されている所は、ヘタに観光地化してしまうと、安っぽく、また俗っぽくなってしまうので、そのままにしたほうがいいもんね。

熱海や箱根のように、徹底的に観光地化されてしまったところは本当に何やら「安物」のムードが漂っているように感ずることが多々ある。そこには、茂木さんがいただいたような、一つの濃厚な宇宙の神秘がかくされた「雀の涙」の一滴の、お茶の滋味すら味わうことは出来ない。せせらぎに遊ぶ沢蟹の姿に生の躍動を見ることも出来ない。

また、茂木さんがきょうの「日記」で言われているように、天然の滋味と美しい緑の田園に生きたいと思えども、それはなかなか叶わぬことに違いない。

「自然を思い、田園生活を慕う、ということは、つまりはそのようなやりきれない思いをひきうけることではないか」

「人生の多くのことは寸止めで味わうしかない」

天然の世界に生きることは、やっぱり都会人にはなかなか難儀なことで、仰る如く寸止めでしか味わえないのかもしれない。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/06/05 18:36:24

相変わらずお忙しいようですが、お体のほうは大丈夫でしょうか?

私自身、都会の中で日々味わう緊張感を脱して、自然の中の開放感に浸ってしまいたい衝動は抑えがたいですが、たぶん、一方で都会の喧騒とスリルを実は欲している自分もいるので、じっと都会の片隅で息を潜めているのかもしれません。

本当に茂木先生は大変なんだろうな、と思いつつ、大変な中でもずっと精力的に活動されている姿は、ただひたすら尊敬してしまいます。

投稿: のがも | 2006/06/05 11:13:51

高島は去年行きましたが、いいとこでした。
今年も夏に行く予定です。
しかし、こんな面白い企画・・・どこで情報早くに知ることできるんだろう。

初めて聞いた・・・。うらみがましいこと言っても仕方ない。
寸止めで味わうか。

投稿: 平太 | 2006/06/05 9:31:54

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