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2006/05/02

ろうそくの火がたくさん灯っている

 NHKに行こうと、
代々木駅からタクシーに乗ったら、
 運転手さんが、「今日めいでいで混んでるんで
すよ」
という。

 一瞬、音が拾えなくて、メーデー
のことだとわかるまでに間があった。

 代々木公園でやっているらしく、
車がまったく動かない。
 いつもの4−5倍の時間が
かかってNHKに到着。

 照明デザイナーの内原智史さんの
回の打ち合わせ。

 有吉伸人さんの髪の毛が、心なしか
短くなって、整ったように感じる。

 全ての人工的光の背後には、それを灯した
人がいる。
 当たり前のようだが、現代人にとっては
夜の光は蛇口をひねれば出る水のような
もので、ありがたみを忘れている。

 手間のかかるろうそくの火などで、
初めて光の始原的ありがたさに
 触れることができる現代人。。。

 内原さんの手がけられた、平等院鳳凰堂の
ライトアップには戦慄を覚えた。
 
 必見! (オンエアーは2006年5月18日)

 東京芸術大学 美術解剖学授業には、
明日アメリカに帰国の忙しい中、
荒川修作さんがいらして下さった。

 伝説の人を見て、学生たちも感激。
 第三講義室には、おそらく今までの
record numberの聴衆が集まった。
 200は優に超えていたのではないか。

 荒川さんは優雅にそして粗暴に
つば吐きをし、
 火山の噴火口となり、
 太平の学生たちをアジテートしていった。

 一つ思ったこと。
 意識は、なぜデカルト流の近代的自我の
象徴としてとらえられるのか?

 本来、意識の起源問題は、むしろ近代
的自我を超えていくための拡散的思考へこそ
導くものと思われる。

 突き抜ければ、そのことがわかるだろう!

 上野公園に行き、荒川さんを囲んで
皆でビールを飲み、ワインをすする。

 この光景が現出すれば、それで私の
目的は達成、といつも思う。
 「場」をつくることが大事。
 あとはディテール。

 風が吹き、境界もない。
見上げれば細い月。
 若者たちよ、奮い立って旅立て!
 
 悪いが、おれも若者だ。

 自分の中心がずれるはずもないし、
 この世にそう簡単に革命が起こるはずもない。

 ただ、もの言わぬ思いはろうそくの火の
ように必ず伝わるものだと信じている。

 ふとネットのことを考える。

 インターネット上に書き込まれたテクスト、
置かれた音声ファイル、ダウンロードできる
画像、映像を私たちはひょっとしたら
オートマティックなものと感じ始めている
かもしれないが、
 実際には、一つ一つのアイテムの背後に、
人々の思いがあるのだ。

 インターネットって、ろうそくの火が
たくさん灯っている空間でもあるんだよ。

 荒川修作さん、そして事務所の方々、
お忙しい中、学生たちのために、本当に
ありがとうございました。

5月 2, 2006 at 06:42 午前 |

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コメント

ブログを拝見し、荒川修作さんの講演に行ってまいりました(大学でのレクチャーとは十数年ぶり…)。
とてもよかったです。
機会をつくって下さった茂木先生にお礼申し上げます。

荒川修作さんは、突き放したような言葉や唾を吐かれていても、、、伝わってくるのはなんだかとても上品なもの、でした。字面が伝わるのではないんだな、ということを体現されているような。
ゲキを受けたともいうのかもしれませんが、とても励まされた感じです。学生の方ならなおさらだったのでは。この日の天候とあいまり、縮こまっていた感覚が拡がっていくようでした。
荒川さんが紹介してくださった、桜の花びらを頬に受けて言ったというヘレン・ケラーの言葉「(海の)波が頬にあたった」は、ここから始まるというような響きがあって、ずっと忘れずにいたいと思っていますが、講演もそれと似ていたと思います。
…あの後、薫風にもまれワインを飲まれていたんですね。帰り、荒川さんと何人かの方々が散策しているみたいに上野公園の中を歩いていく後姿をみて、思わずひいていかれそうになったのですが、とってもためらいつつ思いとどまりました。なんとも楽しそうで。(それにまたとはない機会、荒川さんをしげしげと見てみたかったです、失礼ながら。今も少し後悔…でもそんなことに拘泥するな、と言われそう。)
ブログから、茂木先生も本当に楽しかったご様子。「悪いが私も」の意気ですね。
クオリア日記、これからも拝読させていただきたく思っております。

投稿: kei | 2006/05/03 17:58:08

「人々の思いが交錯し過ぎている」のがネットの悪しき要素だと思います。

でも、そんな要素をもポエティックに表現してしまう茂木さんのセンスはどこからくるのでしょうか?

感覚のバランスが、今最重要なのだと感じました。

只の正直な感想ですが、これからも読ませていただきます。

投稿: だい | 2006/05/03 3:10:38

茂木先生、お誘い有り難うございました。
とてもたのしいひとときでした。
高橋も喜んでいました。

せっかく受講させていただくのに、
荒川修作氏について予習もせずに参加いたしまして、
失礼をいたしました。

あとからネットで調べておどろきました。
気さくに私のようなものにもお声をかけていただいて、
いまになって恐縮しています。

その荒川氏が、
茂木先生になんども感謝のお言葉をのべていらっしゃたのが、
印象に残っています。

それと、
初夏をおもわせる風をうけて飲んだビールの
おいしかったこと・・

またぜひ参加させて下さい。
(茂木先生と高橋と私の写真は、ブログにUPさせていただきました)

投稿: 河村隆夫 | 2006/05/03 0:36:20

「自分の中心がずれるはずもないし、この世にそう簡単に革命が起こるはずもない。…ただ、もの言わぬ思いはろうそくの火のように必ず伝わるものだと信じている。」

声を大にして語らずとも、ろうそくの火のように伝わっていくうちに、人々の内なる部分に静かなる“革命”の火が灯されて行く…暴力革命でもなく、機構革命、産業革命でもない。それは、“心の革命”にほかならない。

荒川修作さんは、学生諸君やその他の聴講者の心の中に、内なる革命の火を灯す思いで語られたのに相違ない。

「本来、意識の起源問題は、むしろ近代的自我を超えるための拡張的思考へこそ導くものと思われる…突き抜ければ、そのことがわかるだろう!」

意識の起源問題に限らず、何事においても、拡張的な方向へと突き抜けていかなくては、その課題の本質なぞ見えてこないのかもしれない。哲学でも、宗教学でも、何か障壁をぼんと突き抜けていった所に、本質が立ち現われてくるのだろう。

インターネットのさまざまなアイテムにも、人々の思いが隠されていると茂木さんはこのエントリーで言っている。

そんな、もの言わぬ思いの灯っている空間であるネットが、内なる革命の“本舞台”にならないはずがない。

ネットの空間から発せられた数多の人々のろうそくの炎のようなささやかなる思いが、やがてその空間を超越し、燎原を焼く火の如く、人々の内面、ひいては実社会に静かなる革命をおこしていくことを願わずには居れない。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/05/02 19:05:18

『実際には、一つ一つのアイテムの背後に、
人々の思いがあるのだ。』

そうですね…

どこかで、その一人ひとりの想いが交差して
またそれぞれの暮らしに帰っていくのでしょう…

でも、出会ったこと、経験したことは
今すぐにではなくとも、必ずいつかきっと
実を結ぶと、信じて生きたいですね!


ところで、お写真に茂木先生がいらっしゃらないということは
先生が、撮られたんでしょうか?

学生さんたちの熱いまなざしが伝わってきますね!

投稿: TOMOはは | 2006/05/02 9:25:47

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