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2006/04/21

朝日カルチャーセンター 脳と心を考える(本日)

朝日カルチャーセンター 脳と心を考える 第2回

(重要:今回から、7階の教室になります)

2006年4月21日(金)18:30〜20:30

http://www.acc-web.co.jp/sinjyuku/0604koza/A0301.html#

4月 21, 2006 at 08:54 午前 |

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» 「ヒトの起源はヒト」これが科学か? トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■前号の「エルフィナ色クオリア1への解答」にはいろんなレスが届いた。<クォリアの原点はどこにあるか・・・と言うのを、進化的に求め、そこから進化をたどろうと言うことでッか>(転法氏)のようなまともなレスもあればそうでないのもあった。あのジャック天野からは次のようなレスが届いた。『水幡、霊能者になる(w ・・・・なんか、やってることは原始人の霊を呼び出す霊能者だな(wところで、恐竜時代にヒトっていたのか?6764』。これには当トピの古くからのメンバーであるオクタガワ氏が黙っていなかった・・・。  ... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:37:29

» 逃げるなジャック!生物学的ヒト起源は? トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■やはり思った通り、ジャックは応答してきた。<「ヒトの起源はヒト」とはいってないが・・・いや、君が専ら内観という「霊能力的探索」によって過去の記憶を引き出そうとしているから、その過去の記憶というのは、君の遺伝子とやらに刻まれた、君の祖先の記憶だろう?といったまで。(恐竜時代には)私の祖先もいただろうし、君の祖先と共通かもしれんがね。>、、、。あのジャックのいつもの高圧的口調はない。もちろん、私がここを突かないはずがない、、、。■♂■  おい、おい、ジャック、、、恐竜時代にヒト祖先がいたこと... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:40:17

» コブラ氏らしくもない逆切れ? トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■前号の「逃げるなジャック」に答えてきたのは、コブラ氏であった。彼は当トピの常連で爬虫類に詳しい専門家(本人は認めてない)である。いつも冷静なコブラ氏が、この時はどうみても“逆切れ”を起こしている。専門家的見地から、痛たまれなく、ジャックに助け船を出したということか・・・。もちろん、私はすかさず反論を入れた■♂■ <・・・頼むから分類学、じゃなくていい、「ずかん・おおむかしのどうぶつ」の巻末の図でも見てくれ。あんたは分岐と生命の発生の区別もつかんのか。>(コブラ氏)  コブラ氏、、。専... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:43:59

» 種は時系列上ではステージとしてある! トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■コブラ氏の“助け船”の受け売りで、ジャック天野が答えてきた。彼にとってはそれが“助け船”かどうかなどどうでもいい。とにかく分からなくても反論する以外に手がなかったのだろう。それで私は書いてやった、、。<「種の起源」の集団的誤用問題>の核心を、、、。さあ、、どう答えるジャック天野!■♂■ >>だったら、「何でヒトの起源が最初のヒト科の動物になるんだ?」>> <それは分類の問題でしかない。分類と親子関係をゴッチャにするなこのバカモノが>(ジャック)  ジャック君、、君は物事を理解した上... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:46:21

» 爆笑!ジャック天野の“撃沈レス”、、。 トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■だいたい、自分が答えたくない質問をされたら、普通の人ならうまく避けようとする。だから<「種の起源」の集団的誤用問題>は誰に聞いても避けられた。ところがジャックは違った。どんなに苦しまぎれでも、どんなに完敗が明らかでも、大いに虚勢を張って反論する、、。さすがというか何というか、、はっきり言って“爆笑もの”である。■♂■ ▼▼以下、【水幡自身、種で混乱(w(ジャック天野)No.6804】より引用▼▼ ・・・・ <時系列上を「種が変わる」ということは種は時系列上ではステージ(過程)として存在... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:48:04

» 種の数だけ生物学的歴史がある意義 トラックバック 水幡正蔵「進化論革命」日記
■♀■生物学的ヒト起源定義で、エルフィナさんが答えてきた。既成の定義を変えることいつも猛然と反発するエルフィナさんがある意味で認めている。これは大きな前進かもしれない。これに対する私の返信は、、、。■♂■ <ようするに「新今西」では「ヒトの起源」は生命誕生までさかのぼれるのだよ、ということですね。しかしそれなら特に「ヒトの起源」という必要はないじゃないですか。犬の起源も金魚の起源も回虫の起源も...すべて同じところに行き着くのだから。>(エルフィナさん)  ここなんですよエルフィナさん、、... [続きを読む]

受信: 2006/04/21 9:49:30

» phentermine トラックバック phentermine
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受信: 2006/05/17 17:12:00

コメント

こんにちは。
ACCで採り上げられたトピックスのうち、特にバッタが香りによって行動を決定すること、つまり嗅覚と記憶との関係に特に興味を持ちましたので、少々長くなるかもしれませんがコメントさせていただきます。

お話を伺っていて、文学作品(日本古典)では香りが記憶を呼び覚ます描写が多いことを思い出し(反魂香のような究極のものもありますね)、なぜ香りなのか、そこから立ち上がる記憶には特徴があるのかなどの考えを、思わずめぐらせずにはいられませんでした。

勿論、昔の人々は薫りをたきしめていたため、特定の香りがある人の記憶と結びつきやすいでしょうが、香りによって自己の来し方をを回想する場合については、先般の河合隼雄氏との対談でのコメントを考え合わせることで、うっすらと見えたことがありました。ので書かせていただきます。どなたかのご意見を伺いたいです。

対談の折、河合氏は「まっすぐに相手に向かう」とおっしゃっていましたが、恐らくそれは、測量・判断のない、つまり評価者としての個人が不在な鏡のような状態を指すのでしょう。そこには相手の姿のみが映し出されるので、タクシーの運ちゃんは自己を語りだして道を間違え、箱庭クライアントは表現に必要なグッズを即座にチョイスすることになります。

そうであれば、たとえば梅の香りは相手が何を考えているかにお構いなしに香るものですから、聴覚や視覚ほどの選択性を持たない嗅覚にとって、香りはより鏡のような作用を起こしやすく、人を記憶へと誘うのではないでしょうか? いかがでしょう。

ついでにもうひとつ。
講座では何らかのハードルを乗り越えて才能が発揮されることについても触れられていましたが、歌舞伎役者の故歌右衛門丈や玉三郎丈も、女形としては不利な身体的特徴を、却って美の領域まで昇華させたことを思いあわせ、私たちは自己を悟る?ことによって、自分自身を本当に生かしうるのだと痛感しました。

ということで、個人的には実り多いひと時を有難うございました!

投稿: | 2006/04/23 20:41:55

■『鳥沢小説講座』
小説の分野において、発想法みたいなことを考え中なんですが、よかったら、またお暇な時にでも読んで頂けると幸いです。

投稿: 鳥沢純 | 2006/04/21 20:47:08

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