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2006/04/11

脳から始まる 第一回 よみがえった「家」への渇望

ヨミウリ・ウィークリー
2006年4月23日号
(2006年4月10日発売)
茂木健一郎  脳から始まる 第1回
(「脳の中の人生」がリニューアルしました)

よみがえった「家」への渇望

一部引用

 考えてみれば、今の都会で燃えさかる炎を見るなどという機会がどれくらいあるだろうか。
 私が子どもの頃、庭で落ち葉を燃やすことは、ごく普通のことだった。芋を投げ込み、頃合いを見て出し、二つに割ると、黄金色にほかほかと焼き上がっている。それをふうふう言いながら頬張った味は、当時は当たり前だと思っていたが、今にして思えば、空調の利いたレストランで食するどんな高級料理よりも、むしろ渇望される。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

4月 11, 2006 at 07:56 午前 |

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コメント

静かです。

投稿: | 2006/04/12 4:52:48

そうですね。

投稿: | 2006/04/11 23:53:20

昔は、焚き火なんて日常茶飯事だった。あたりまえの風景だった。それが何時の間にか、高層マンションが立ち並んで行くにつれ、緑の衰退と歩をあわせるようにして消えていった。

いまの時代、焚き火なんぞをしようものならば、火事と間違えられて消防車を呼ばれてしまう始末である。

この連載で茂木先生のご実家も、かつては葡萄棚がありいちじくの木がうわっていた中庭があったという記述がある。

ある日、家を建て替えたとたんにその中庭も葡萄棚も無くなってしまったと書いてあるが、生まれてこのかた一戸建てに済んだことの無い私も、人生のスタートは木造のアパートであった。窓からは大きな工場が見え、玄関にはささやかながら庭があった。いまは茂木先生と同じように、都内の鉄筋コンクリート造りの密閉度の高いマンションに親と一緒に住んでいる。

密閉度の高いマンションに長年棲んでいると、次第次第に、外の環境に対する感度が鈍りに鈍ってくる。それを酷くしない為に、週に一度、私は心のオーヴァーホールをする為に、家に戻らず遠出をする。

といっても、最近は、都内をぐるぐるぐるぐる回ってばかりなので、たまには、横浜とかさいたまとか、それがダメなら23区の外とか、そーいうところへ遠出をしたい。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/04/11 19:39:10

(失礼します)

投稿: | 2006/04/11 18:41:42

雲:反時計周りフォルテ
 :二層に分かれている
  上空→部分的にバニラスカイ
  中空→地上の様子を窺っているように灰色 
 :だんだん紫がかっている
卵の食べすぎは高脂血症になるから一ヶ月に5個だな。
生卵は食べたら吐き気がして苦手、納豆も胃がもたれるからたまに食べようと思う。一汁一菜を基準に体調に合わせて朝食の組み合わせを足したり引いたりするのがいいかもしれないなぁ。わぁ、空が真っ黒というか、紺色になってちょっと不気味です。    

投稿: | 2006/04/11 18:38:54

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