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2006/04/07

「タイム」の仕草

 『プロフェッショナル』の収録は、
「ムシキング」の生みの親、
 植村比呂志さん。

 創造性と「子どもらしさ」
の関係について植村さんと話す。
 モーツァルトを見てもわかるように、
創造的である人は、「子どもらしさ」
をもっている。

 そこに、最近考えているopen-endednessが
重なる。
 「子どもらしさ」とは、一つの固定した状態を
指すのではなく、
 むしろ常に変化し続ける可能性である。
 創造とは、「自分」は変化せずに、
ただ作品が外に出て行くのではなく、
 「自分」自身もずっと変化して
いく過程なのだ。
 
 学習というと、「100」のものが
あって、それを端から1,2,・・・
と学んでいくというメタファーで捉え勝ちだ。

 そうすると、タブラ・ラーサである
子どもの頃から、大人になるにつれて、
次第に学ぶべきことは減っていってしまう、
ということになる。

 しかし、実際には、この世は
どこまで行っても「次の驚き」に満ちている。
 上の「100を端から次々に」
というメタファーよりも、
 むしろ、Diffusion Limited Aggregation
のように、どこまでも持続可能な成長過程
として脳の学習過程をとらえる方が
適切なのだ。

 小学校入学の時に、自分の前に無限の
空白が広がっているように感じた。

 あの時のような「まだまだ先がずーっと
ある」という感覚を、人間は何歳になっても
持ち続けることができるはずなのだ。

 収録中、VTRの2が終わった後の
かたまりで、突然左の鼻がむずむずして
困った。
 どうも、鼻風邪のようである。
 植村さんに質問をして、植村さんが
答えている時に、「こういう時は
どうせ映らないだろう」と
 鼻をそっと押さえてごまかした。

 先日、出雲に島田雅彦と行った時、
寒い作業場でずっと作務衣一つで
がまんしていた、あの頃からの
後遺症かもしれない。

 収録が終わった後、デスクの山本タカさんに、
「ああーいう時はどうすればいいんでしょうか?」
と聞いたら、
 「どうせそこは収録上使わない、ということで、
チーンとしてしまえばいいんですよ!」
と言われた。
 「しかしティッシュをもっていなかったんですよ」
と言ったら、
 「両手で「タイム」の仕草を
する人もいます!」
とタカさん。

 そっか、「タイム」の仕草か。

 一生子どもであり続ける私たちは、
学び続けで忙しいが、
いざとなったら「タイム」の仕草で
一休み。

4月 7, 2006 at 07:49 午前 |

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コメント

「本当に必要な時には声を出せる人でいたいと思います。」

わたしも、近頃そんな風に想うことがあります。

そういえば、龍神さまは、お久しぶりのような・・・

何か、お仕事が一段落されたのでしょうか?

私は、なにやら後から後から、いい意味での気がかりが現れて
ひとつずつ、できればなるべく“中心をはずさずに”
向き合ってみようと思っています。

ただし、体調を無視せずに、バランスを考えながら・・・

ときには、「タイム!」をできるようになりたいです!!

投稿: TOMOはは | 2006/04/14 5:54:02

 「ぶひーっ」っとしたところが、良いところかもしれないし…
とか思うと、できなくなっちゃいそうだから、タイムの「仕草」のほうがいいんだろか?
 私の希望としては、茂木さんには「ぶひーっっ!」っと豪快にやってもらいたいなー。ダメ? 


 まだまだ先がずぅーっとあると感じすぎると…
ものすごく引っ込み思案で内気だった小学生の私が出てきて、
足がすくんで立ち止まってしまいそうにもなる…。

 私はいつも全身でタイムの仕草をしているような、タイムし過ぎ人間かもしれないけれど、
本当に必要な時には声を出せる人でいたいと思います。

 茂木さん、おいしいもの食べて、できるだけぬくぬく寝てね。
 島田さんは風邪、だいじょうぶかな?

投稿: | 2006/04/14 0:38:03

鼻風邪で、ティッシュ無き時は「タイム!」のシグサか。そうなったとき、うまくできるかな?

子供らしさをもっている人は、どの分野でもそうなのだが、創造的な人が多そうだ。

創造的に生きる、ということは、言ってみれば限りなく成長していく、ということに密接につながっている。

「創造」とは自分が変化せずにただ作品を世に出すというのではやはりなく、自分が何処までも限りなく成長し続ける、その過程ではないか、というのは、非常になっとく出来る。

自分というものの成長過程で生まれ出づるものが「作品」であり、それは、古今東西の巨匠たちの作品を年代順に見ていけばその巨匠の「自分自身の成長」を見る事が出来る。

以前、上野の芸大近くにある「黒田記念館」に入り、画家・黒田清輝の“軌跡”を見る事が出来た。年代を追うにつれ、前期印象派風になったり、はてまたゴッホ風になったり、で、また前期印象派風になったりと、画風からして変遷を繰り返している。それは、やはり、画家の人生の軌跡、画家自身の成長の記録のように思えた。

脳科学者が着目しているopen-endednessの概念からみても、人間というものは、一定の状態でいることはなく、常に変化変化を繰り返して行くものなのだ。

そうして、人間は、脳の中に、また、人生という「エンディングが何時来るのかわからない劇」の中で、その終わりが来るまでおのれの軌跡を刻んで行く。

茂木さんも我々も、そうやって限りなく成長を続けつつ、人生に軌跡を刻んで行くのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/04/07 23:04:24

実は、この辺で、ちょっと“タイム”をしたい気もしますが

そろそろ、出かけないとまた遅刻です・・・

ほんとうに、上手にお休みをとることも、大切ですね!!

投稿: TOMOはは | 2006/04/07 16:03:43

ムシキングですかぁ!この手のカードゲームにはまっている小学生男児を持つ身としては、植村さんの回も見逃せませんね。

「一生子どもであり続ける」という部分でミーハーな私は、ちょっと別な路線で連想してしまいました。昔から魅力的に感じるのは、いくつになっても少年っぽさを失わない男性。たとえば忌野清志郎さんや佐野元春さんみたいな。そういう意味では茂木さんもいつまでも少年っぽいですよね。そして生活感がまったくない。このブログはコンセプト的に当然かもしれませんが、テレビやお写真拝見しても雰囲気からそう感じます。それは、僭越ながら私的には理想的なあり方です。
でも一方で、茂木さん、どんな子育てしてるんだろう、ということもとても気になる・・・。「ムシキング」の回では、どんなお話伺えるのか楽しみです。

お風邪、早くよくなりますように。

投稿: | 2006/04/07 13:30:52

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