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2006/04/08

中心を外さずに

土井さんの主宰する
ソニーインテリジェンスダイナミクス
研究所のシンポジウム。
森山和道さんの日記
にあるように、「飛ばした。」

 こと、意識の起源に関する限り、
何しろノーベル賞100個分くらいの
難しさがあるのだから、
 「わかりやすさ」を求める世間や、
conventionalな神経科学のやり方に
お付き合いすることなく、
勝手にやらせてもらおうと思う。

 夜、河合隼雄先生との対談。
クライアントと向かい合う時、
その話の一つ一つに注意を向けるのではなく、
「中心を外さずに」ただ聞いて
いればいいのだというお話に
深く動かされた。
 
 宮本武蔵も「五輪書」の中で
似たようなことを書いている。

 河合先生が、そのように表層に
惑わされずにただ見つめているのは、
「魂」。

 現代の情報化社会は、
表層だけで流れているが、
 それもまた仕方がないのだろう。
 
 河合さんの言われるように、
ある種の問題を必要とする人は
自然に惹きつけられてくるし、
オレには関係ないという人は、
そのように生きていれば別に
それで何の問題もない。

 今日から、三枝成彰さんの
オーケストラ指揮にお供して、
金沢と福井を巡る。

4月 8, 2006 at 09:24 午前 |

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» 茂木健一郎×河合隼雄対談@朝カル トラックバック Harry's Cafe
金曜日、西新宿の朝日カルチャーセンターで、脳科学者、茂木健一郎 と臨床心理学者、河合隼雄の公開対談を拝聴してきた。 タイトルは「こころと脳」 [続きを読む]

受信: 2006/04/09 7:59:31

» 本当に大事な事が言葉にできない理由 トラックバック Harry's Cafe
朝カルでの茂木健一郎先生と河合隼雄先生の対談で飛び出した、 「僕は本当に大事な事は話しませんから」という意見を聞いたときに 私は、少し前の「ほぼ日刊イトイ新聞」で糸井重里と作家・川上弘美 の対談の内容を思い浮かんだのである。 いや、本当に関連しているのかは、何ともいえないんだけど。 ということで、イトイ新聞の元記事は こちらから。... [続きを読む]

受信: 2006/04/10 7:05:18

コメント

河合先生との講演会拝聴しました。僕は「わからないことへの態度」のニュアンスやイメージの違いに気づいたような気がしています。

多くの人はわからないことをわかったことで穴埋めするようなイメージで「まだわからないこと」があると不安になったり自己否定的になったりするのではないかと感じました。
ところが、茂木先生は「中心をはずさない」ということに深く動かされたということですので、まさにそこから「またわからないこと」が生まれているような気がしました。河合先生にいたってはわからないことは「わかりまへん」と断言されていました(笑)

「わからないことがあるとわかっているかいないか、受け容れているかいないか」が不安や自己否定といった感覚を生じさせる上でなにがしかの役割を果たしていると感じました。そして、受け容れの可否の転換はあるのか、単なる性格的、資質的なものなのかという新たな疑問が生まれました。

ありがとうございました。

投稿: JJ | 2006/04/09 9:06:38

河合先生との講演会拝聴しました。僕は「わからないことへの態度」のニュアンスやイメージの違いに気づいたような気がしています。

多くの人はわからないことをわかったことで穴埋めするようなイメージで「まだわからないこと」があると不安になったり自己否定的になったりするのではないかと感じました。
ところが、茂木先生は「中心をはずさない」ということに深く動かされたということですので、まさにそこから「またわからないこと」が生まれているような気がしました。河合先生にいたってはわからないことは「わかりまへん」と断言されていました(笑)

「わからないことがあるとわかっているかいないか、受け容れているかいないか」が不安や自己否定といった感覚を生じさせる上でなにがしかの役割を果たしていると感じました。そして、受け容れの可否の転換はあるのか、単なる性格的、資質的なものなのかという新たな疑問が生まれました。

ありがとうございました。

投稿: JJ | 2006/04/09 9:06:38

河合先生との講演会拝聴しました。僕は「わからないことへの態度」のニュアンスやイメージの違いに気づいたような気がしています。

多くの人はわからないことをわかったことで穴埋めするようなイメージで「まだわからないこと」があると不安になったり自己否定的になったりするのではないかと感じました。
ところが、茂木先生は「中心をはずさない」ということに深く動かされたということですので、まさにそこから「またわからないこと」が生まれているような気がしました。河合先生にいたってはわからないことは「わかりまへん」と断言されていました(笑)

「わからないことがあるとわかっているかいないか、受け容れているかいないか」が不安や自己否定といった感覚を生じさせる上でなにがしかの役割を果たしていると感じました。そして、受け容れの可否の転換はあるのか、単なる性格的、資質的なものなのかという新たな疑問が生まれました。

ありがとうございました。

投稿: JJ | 2006/04/09 9:05:04

昨日は 東京ビックサイトでインテリア関係の見本市を見に行き
その後 定員一杯で予約が取れなかった
河合先生と茂木先生の対談でしたが
直接会場に行き 開演時間を待って 
「キャンセルのお席があれば是非に」とお願いをして
講演を聴くことができました。

朝日カルチャーの方 済みません。そして
本当に有難うございました。

でも お話伺えて 良かったです。
「中心を外さずに」
中心とは何ぞや?すらブレてしまいそうで
やはり とても難しくて 深いです。

河合先生が「偶然をすごく大切にしている」
茂木先生が「アテンション と 気にかかる」
の違いのお話をされていた事が印象的でした。

私も偶然や勘に重きをおいているので心強く感じました。
物質的な幸福も有難い事なのですが 
「魂」とか「心」とかに意識がいきがちな人たちは(←私はこのタイプですが何事もバランスが大事だと思っています)
心の中心にしっくりとくる「かたちのようなもの」から
ズレたりブレたりすると
本当の幸福感からは 離れてしまうの。。。
そして その中心を
「磨きのかかった中心」へと 鍛錬していければ
きっと素晴らしい影響力を持てるのでしょうね。。。


投稿: | 2006/04/08 19:09:25

昨日、あのホールの空間を共有できたことは

脳細胞にはほんとうに刺激的な、経験だったと思います。

ついでに、私は自分の質問を考えながら
心臓が痛いほどにバクバクしたり

他の方の、とても重い切実なお話を聞くと
心が(どこにあるのかは??)ぎしぎし痛むような感覚を
味わいました。

すべて生体内の現象であるとしても、とてもダイナミックなものを
自分の中に体感したような気がします。

ホールを出て、ふと見上げると

高いビルとビルの間の空を雲が流れているようで

木の枝の間から、白く涼しげに光る半月が、ぽっかり宙に浮かんで見えました。

ほほにあたる優しい春風が、心地よく夜道を吹きすぎていきました・・・

投稿: TOMOはは | 2006/04/08 18:12:35

人がまったく他人である占い師に、何を見てもらいたいかというと、本当は自分で見失った自分自身の魂の状態ではないかと思います。(ただそんな眼力を持つ人はそういないと思いますが)動じない魂を持つ人と自分の魂と対話できる経験をしてみたいです。

投稿: | 2006/04/08 18:06:33

一つ一つの話題に注意(Attention)を向けるのではなく、相手の話を「中心をずらさず」ただ真正面から聞くこと。その時見つめるべき者は「魂」ただひとつであること。これが対話の要諦なのだと昨夜の朝カルで納得したことの一つ。

しかし、言うは易く、行なうは難し。本当に自分が中心をずらさずに相手の話を聞こうとすれば、必ず相手の話のなかの、一つ一つの話題に注意がいってしまい、中心からずれてしまうだろう。つまり、相手の魂を真正面から見つめられなくなってしまうのだ。

河合隼雄さんのように、長年かけて中心をずらさなくなるまで鍛錬していかなければこれは出来ないことなのか?それとも、そんなに鍛錬しなくても、一念次第で出来る事なのか。自分は後者だと思うが如何だろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/04/08 17:39:25

 昨日の対談は、前から3列目、河合先生のほぼ正面という非常に恵まれた席で、とても楽しく拝聴しました。
 ちなみに対談の中で、「今、脳が問題になっているのは皆心配をしているから」という話が出ましたが、あと、私のように「色々と学びたい事が多いのに、どうしてもっと頭にすっと一発で入っていってくれないの!」というパターン(笑)もあるかもしれません。(一方で、この「学びへの意欲」の理由の一部は個人主義の話に帰結するところもありそうですが)あと、学生の頃は「脳は生物学の中で一番未開の地」との事で、ロマンはかきたてられたもののあまり授業では扱われなかったという状況もありました。
 昨日は「物事の真髄を見ながら、細部には適度に'play along'する」、と何となく感覚的に分かっていた事を言葉でちゃんと再認識させて頂いたようです。

投稿: | 2006/04/08 11:32:53

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