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2006/04/15

脳科学で解く「若」と「老」

中央公論 2006年5月号
2006年4月10日発売 
時評 2006
脳科学で解く「若」と「老」
茂木健一郎

http://www.chuko.co.jp/koron/

4月 15, 2006 at 07:29 午後 |

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コメント

「若害」と言う言葉を私は別の意味で考えています。
「役立たずでひんしゅくを買い、空気が読めない行為を繰りかえし、お荷物と後ろ指をさされる若者(こちらの方が自然な発想ではないのかな?)」と考えます。むしろ若害は「適度に撒いた方」が後年に得であります。「若害を撒き散らした人は老害を撒き散らさず」と言われる日が近いと考えます。「老害を撒き散らす」人と言うのは、天才的才能に満ち溢れた青年時代の、栄光や成功体験を時間が経過しても過信(ある意味で「ナルシスト的な思想」である)している人です。若害はそれがない(つまり、ほとんどが若い時代は天才ではない)人です。実際にかつて「札付きのワルガキ」と言われた人が、中年になった現在は既に定職に就いて、家族を立派に養っている(高学歴の人よりも成功するケース)様子を見れば理解できます。

あの天下のご意見番・大久保彦左衛門も、20代の青年時代は戦い以外では「役立たず」と言われたかもしれない日々を過ごし、若くして出世した同じ年齢の石田三成や直江兼続(この2人は上記の政治的な「ナルシスト思想」があった)、5歳年下の森蘭丸に対して嫉妬したり、自らの微才を嘆いた(大久保翁の天正時代はちょうど臥薪嘗胆=人生修行の時代と言えます)と思いますよ。でも60歳以降は「天下にこの人あり」と言われたんですから。大久保翁が「天下のご意見番」と言われた時、上記の3人は既に「鬼籍の人」でした。

投稿: えびすこ | 2009/12/15 20:44:12

最近では「老害」という言葉の他に「若害」なる言葉があるそうな。若害というのは如何やら、ここでは子供時代からこの社会で生きるためのコモンセンスを磨かなかった人間がまきおこす「非常識」な言動のことらしい。

老害が時代の変化に即応できない高齢者が巻き起こす数々の醜態のことをさすように、若害も、大雑把に見れば、生きる為に必要なセンスを身につけることを怠った(それは彼等の親の責任でもある)人間たちが巻き起こす醜態である。

しかし、若者の行為のなかには、一見若害に見えても、実は新たなる時代の扉を開ける行為が含まれている場合もある。

幕末の青年達は、260年も続いた古い幕藩時代を粉砕する為、数々の革命的行動をおこしていった。明治維新はそうして起こった。それが日本の近代国家としての歩みの始まりになったことは周知の通りである。

今の時代にも、この閉塞した時代の壁を破るべく、まず一人一人の心の問題に真摯に向き合い、何事にも屈しない生き方を訴える者が何人かいるときく。

彼等は相手に向かって「運命は変えられる」と熱意をもって説く。その熱意が「運命は変えられない」と思いこんでいる相手の心の壁に穴を開け、前向きに生きる力をその人の中から引き出しているという。これが21世紀のルネサンスの時代を開くと、彼等はいうのである。

幕末の青年達も、世の中を変える為に、あらゆる革命を行なった結果、日本の近代化に道を開いた。が、当時の旧態依然とした価値観に浸かっていた古い世代には、彼等の行動がさぞ「若害」にうつったことであろう。

若者の行動の中には、世の中を変える為に行なっていることも含まれる。それをじゅっぱひと絡げに「若害」と言って片付けようとするのは、忌むべき「老害」の一つだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/04/15 21:28:27

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