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2006/03/30

生きる上で役に立つ研究

たけちゃんマンセブン
増田健史@筑摩書房から
「昨日感じたこと」
というメールがきた。
___
目先の雑務に首のまわらぬ状況で、詳しく説明する
時間がないので省きますが、その発見をひと言でいえば、
「茂木さんは怖い人だ」ということに尽きます。

これは、会合での忌憚のない痛烈な物言いについての
感想ではありません。
茂木さんのそういう側面であれば、もちろん、以前から
心得ておりました。

ただ、それとは別の、何というか茂木さんが人の文章なり、
口に出した言葉なりに対峙する際の「眼」が怖い。
_____

うーむ。今度たけちゃんまんセブンと
会う時には、サングラスをして行こうかしらん。

文部科学省の方々とのミーティング。
本省から、粂川泰一さん、有松育子さん。
科学技術政策研究所から、渡辺政隆さん、
治部眞理さん。

治部さんは人生ジグザグになる人で、
保江邦夫さんといっしょに「量子脳理論」
の研究をしていたと思ったら、
いつの間に科学政策のプロになっていた。

「茂木さんも参加した、意識の国際会議、
Tokyo 99ってあったでしょう」
「うん」
「あの時、企業から協賛金を集めるのに
苦労して、それで経営に興味をもったわけ」
「なるほど」
「それで、カナダに行ってMBAを取った
んです。」
「えっ」
「それから、科学技術政策研究所に入ったんです。」
「なるほど。出身学部はどちらでしたっけ?」
「文学部です。それから場の量子論をやりました」
「・・・」

粂川さんが、「茂木さんも法学部を出ましたね」
とフォローをして下さったが、
治部さんのジグザグはある意味私より
すごいかもしれない。

渡辺政隆さんも、ご存じ著名なサイエンスライター
であるが、
私は、最初は、「サイエンスライターの渡辺政隆さん」
が、「文部科学省の渡辺政隆さん」と同じ
人だとは思っていなかった。

食事をしようと研究所の外に出た時に、
「わたなべまさたか」という名前を転がしている
うちに、あれれ? と思ったのである。
「あの、ひょっとして、渡辺さんは、サイエンスライター
をしている渡辺さんですか?」
「そうです」
「サイアスとかで仕事されていて、今は朝日新聞の
書評委員をされている渡辺さんですか?」
「その通りです」
「その渡辺さんと、文部科学省の渡辺さんは、
同じ渡辺さんでしょうか」
「その通りです」

文部科学省も(良い意味で)変わったものである!
任期付き公務員制度が出来た、というのが
テクニカルな意味でのきっかけだったようだが、
治部さんや渡辺さんのような人たちが
科学技術政策で活躍すれば、
日本の未来も明るくなるだろう!

修士論文の構想発表のリハーサル。
箆伊智充くんは、intentional actionとmultimodalな
sensory integrationにおけるsimultaneity perception
について。
実験デザインにおいてlateralityをどう扱うかを
詰める必要がある。
また、intentionalityがunitaryな場合と、
multipleな場合の扱いをどうわけるか?

大久保ふみさんは、limited resourceの
対人配分におけるemotional dynamics。
ひらたく言えばjealousyの研究。
問題はresourceとして何を設定するかであり、
monetaryよりはtimeとかattentionが
良いのではないかと思う。

大久保さんが、なぜjealousyの研究を
志したのか、私には謎であるが、
修士一年の頃、「生きる上で役に立つ
研究がしたい」という会話があったという。

星野英一くんは、vision dependent space
とvision independent spaceの比較研究。
まだまだ思考表現が抽象的で、
empirical scienceに着地しきれていない。
しかし、考えてみると関根崇泰も、最初は
ものすごく抽象的で難解な概念で
身体空間の問題を考え出して
palm up vs palm downの具体問題に
落としていったのであり、
星野もちゃんと落としていってくれるだろう!

そして夜、久しぶりに
「月光浴」の石川賢治さんにお目にかかる。

石川さんと以前お目にかかった時、
忘れられないことが沢山あって、
それは時の経過とともに純化、深化していった。

コマーシャル・フォトの世界で多忙な生活を
送っていた石川さんが、カウアイ島
で「月光写真」と出会い、
その時得た「宇宙感覚」の衝撃から、
現在のお仕事に移っていくライフ・ストーリーは
この上なく感動的。

しかも、背後に強靱なロジックがあるのだ。

石川さんとの会話で得たインスピレーションに
ついては、いずれきちんと書いておきたいと思う。

石川さんとお話する時の私の目は、
たけちゃんまんセブンのいう「怖い」
ものではなかったはずだ。

3月 30, 2006 at 08:59 午前 |

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午前中にここしばらくの仕事をまとめて,本年度最後の今日は,あるプロジェクトの打ち [続きを読む]

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コメント

 サングラスして、眼の表情が見えないと、よけいこわく
ありませんか?どこ見てるかわからんところとか。

 「もし、サングラスの中はいつもあの「眼」だとしたら…。」
なんて思ったら、たけちゃんまんセブン様、震え上がるかも~。
 
 見た目はファンキー?で、案外いい気もする!
 
 修士論文の…のところからは、いつもどおり「ハァ?」だけど、
Jealousyを科学するのかぁ!へえぇ!ふう~ん!と思った!
 私、ちょっとは成長したのかしら。


 私は…
 少しでも、よりよく生きるため、日々模索中…。
 一生なんだぁ、あれもこれも…。

投稿: 龍神 | 2006/04/01 3:42:09

サングラスなんてしちゃダメですよ。
茂木さんは特に。
それだからいいんです。
そんな風に思いました。

投稿: 西永 昌代 | 2006/03/31 19:44:07

う~ん、たけちゃんまんさんから見た茂木さんの視線って、怖いのかなあ???
少なくとも、自分はそんなに怖いとは思わないが…。

自分は茂木さんの眼をそんなによくは見ていないが、キット綺麗に澄んでいる眼なのに違いない…。

このエントリーを見て仰天。なんとあの文部科学省に、サイエンスライターをやっている人とか、科学政策のプロの人とか、そんな人達がいるようになったんですね。

昔の官僚的なイメージとは変わりつつあるのですねえ。

ところで、自分はかく思う。

“生きる上で役に立つ研究”とは、日本という島国の人々にとっては、「生きかた」の研究であり、「生命哲学」の追求に尽きるのでは、と、私個人としては思うのでアリマス。

思えばこの島国、戦前は「富国強兵」、戦後は「経済価値一辺倒」で来た為に、生命を尊ぶ考えとか哲学がないがしろにされ、その結果、いろいろな問題が堰を切ったように、21世紀になって噴き出してきたのではないか。

この島国の人々が生き生きと生きる為には、やはり、脳の健康を取り戻すことと同様に、個々の生命を何よりの「宝物」と見なす考えかたなり哲学なりを、様々なカタチで社会に浸透されていけばいいなあと思うのです。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/03/30 18:56:50

“生きる上で役に立つ研究”は、視点を変えると

それを目的にすることもあるかもしれませんが

突き詰めてなされた研究が、結果として
“生きる上で役に立つ”ことに結びついたら

それも最高の悦びかもしれませんね・・・

文部科学省にお知り合いがいらっしゃるとのこと

よい意味での茂木先生の発するラディカルで
プリミティブ(いや?)オリジナル?・・・エッセンシャル(?)な

(あ~~、英語がもっと身体感覚で理解できたらいいのになぁ・・・)
オーラ(?)の刺激が教育界にも届きますように!!

・・・と、また勝手なことばかりお話してしまって、すみません・・・

“特別支援教室”について書いたコメントを
TBさせていただきたいと思っていますが
ブログオーナーの承認が必要なシステムに変更されたのでしょうか?

今日は、花冷えという言葉がふさわしい陽気になりそうですね・・・

投稿: TOMOはは | 2006/03/30 9:41:50

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