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2006/03/28

フリスクキボンヌ

今日も今日とて、綱渡り人生。
 Sigh.

 朝プリンを食べただけで、
何も食べていなかったので、
 ミーティングをかきわけかきわけ
 電通のニューロマーケティングの
研究会に到着した時には息も絶え絶え
になっていた。

 自分が喋る番が近づくにつれ、
何か当分はないかと、リュックの中を
探したが、「フリスク」の空きケース
だけがむなしく次から次へと出てくる
ばかり。
 
 Sighの午後3時であった。

 そういう時ほど早口になるというのが
私のクセで、
 喋るに従ってacceleration.
 しゃべり2.0とは相成った。

 会場を出る時に、原稿を書くために
いろいろメモっていた橋本麻里さんが、
 フルーツビスケットをくれた。

 「茂木さん、とりあえずこれを」
 「えっ。なんで、お腹が空いているとわかったん
ですか?」
 「だって、さっき、フリスクのケースを
次から次へと振っていたじゃないですか。」

 うっ。スルドイ。
 普通、フリスクは、眠気覚ましの為に
食するのではないか。
 それが、あの時の私は「とにかく糖分」
だったわけだけど、それを見抜かれてしまった。
 
 教訓 人の前で、フリスクの空きケースを
5個連続で振るのはやめましょう。
 食べ終わったフリスクのケースは、早めに
ゴミ箱に捨てましょう。
 お腹が空いた状態でも、人は早口で
喋ることができます。脳は強靱です。

 思うことあって、Herald Tribuneの
宅配を今日から頼む。
 日本語新聞と英字誌の情報には大きな差異がある。

 一言でいうと、日本語の新聞には、
「予定調和」の記事が多い。
 読む前から、ある程度予想できる常套句が
並んでいたりするのだ。
 たとえば、この前のWBC日本優勝の時の
「スタジアム熱狂」「王さんおめでとう」
うんぬんの記事。

 一方、英字紙の方は、common senseは
前提として、そこから外れるspecificなpointを
書き込むという姿勢があると思う。

 たとえば、今朝の一面下には、遺伝子操作で
omega-3 fatty acidsを筋肉組織に含むpigちゃんを
つくった、という記事がある。

 これが、詳細まで描き込まれていて本当に
面白い。

 批評性は、比較から生まれる。

 Herald Tribuneの横に日本語新聞を置くと、
現代日本の文化がいかに
内なる自己規制(誰でもわかるやさしい表現を
心がけましょう。高度なことを書いても、
わかる人が少ないから。それは特別な視点だから。
一般性がないからうんぬん)で成り立っている
かがわかる。

 今日一番の深いsigh.
 いやですね。内なる自己規制は親の敵でござる。 

 でも、ため息ついているばやいじゃない。

 中身の入っているフリスクキボンヌ。

3月 28, 2006 at 06:56 午前 |

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コメント

英語は、主語が抜けると命令形になり
日本語は、主語の無い文章の方が多いですよね。
だから日本語は曖昧で、
良く取れば、優しくて和を大切にする
悪く取れば、責任の所在がはっきりしないのかも・・

「内なる自己規制は親の敵」と
茂木先生がおっしゃるのは意外に感じました。
自己規制の無さが
品格の無さにつながっていると思っていたのです。

私も、先生は分かりやすく教えてくれる方だと
思っています。
BS日テレも、楽しみです。

投稿: yuri | 2006/03/31 12:04:10

 僕もフリスクの空き箱を捨てない人です。もしくは入っているフリスクがあるのに新しいフリスクを買ってしまう人です。
 いつの間にか複数のカバンの中や家のあちこちにフリスクが、、、。
 先日茂木さんと同じように空箱を数個振ったあと、やっとたどり着いた中身入りフリスクが数年前のものだったようで、何のパンチもない非常にマイルドな味でした。がっくし。

投稿: MIYADi | 2006/03/30 12:33:28

 こんばんわあ~。あら?英語に変わったんだ?
 RECENT POSTS とか Post a comment とか。
 (Herald Tribune に関係あり?そんなことないか~。)


 お腹が空いているのに気づかれて、フルーツビスケットを…

 ふふふっ、こどもみたーい!

 フリスクの空きケース5個ふり終わったあと、茂木さん、
よほどがっかりしているように見えたのかもよ~?
 ため息の午後3時だなんて、せっかくダンディな感じなのにね。

 私はミント味が苦手なので、空腹にフリスク(とくに青い文字のつよい味のやつ)は、
きびしいなぁ。でも、とにかく糖分のときには、ありかもしれん。

 私の脳、ヨワイかも…
 omega-3 fatty acidsを筋肉組織に含むpigちゃんを
つくると、何がどうなるっていうのよー!って意味で…。

 さくっと変身して、復活でございます。
 茂木様、皆様、これからも、どうぞよろしゅう。


 フリスクキボンヌ…茂木タン、かわいいでつ。

 こんなシメで、よろしいか?

投稿: 龍神になった雪女 | 2006/03/30 0:05:16

はじめまして。このブログを二週間ほど前に初めて拝見して以来、茂木さんの幅広い分野をカバーされたお話とちょっとした温かいユーモアを感じる書かれ方が楽しくて、割とちょこちょこと訪問させて頂いています!

今回、英字新聞と日本の新聞の比較について書かれていましたが、私もイギリスの大学で学んだ事がありその帰国後に、やはり日本の新聞は「結局どうしたら良いのか」という点についてだいぶ控えめで物足りない、と思った事があったのを思い出しました。またHerald Tribuneが話題になっていたようですが、実はそれに関連してちょっと気になっている事があったので初の書き込みをさせて頂いています。私のイギリス在住時の仲良かったシンガポール人の友人がやはりHerald Tribuneを読んでいたのですが、途中でちょっとアジアへの見方に偏りがあると嫌がり、もっとバランスの取れた意見をとThe Economist誌に乗換えていました。私もそれ以来、そう言われていみると、というレベルで自分でははっきりとは分からないまま、気になってしまっていたのですが、茂木さんはそう感じられた事はありますか?!(今考えると、結局のところ、限られた学費をいつも大量の本を買うのに充てていた友人が、日刊の新聞の代わりに週刊の雑誌を買う上で彼らしい言い方(理由の一つではあるのでしょうけれど)をしていたのかな、とも少し思わなくもないのですが。。笑)

投稿: 朝 | 2006/03/29 0:38:27

『批評性は、比較から生まれる。』
明治の文明開化から現代に至るまで、物事に対して批評性を養ってこなかったのが日本という島国の文化ではなかったか。

仰るような
「内なる自己規制」をかけすぎて、民衆から難しいことを考え抜き、事物を批評する能力、あるいは習慣をつけてこなかったのが日本の近代~現代に至る文化ではなかったか。

如何したら本当に批評性のある文化がこの日本で花開かせられるか。

このことが茂木さんやその他の心有る者が、最も懸念していることであろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/03/28 18:49:38

「批評性は、比較から生まれる」  ということですが

わたしには、まだ『批評性』がいまひとつ良く理解できません。

その拠って立つところや視点の違い、もの・ことを見るうえでの方向性
また自らの持つ準拠枠(のようなもの・・・?)を

意識したり整理することは、大切なことでしょうか?

私の理解が、すこしずれているのかもしれませんが
まだ納得できない点は

難しいことを難しいままに表現することと

難しいことをわかりやすく表現すること

このふたつを同じ土俵で、比較することは可能なのでしょうか?

私の尊敬する大村はま先生は
すぐれた理科系の教え子への言葉で

「あなたのような人に、特別筆まめになってほしい、
作文上手になってほしい。
ぜひ、わかりやすい
魅力のある文章の書き手になってほしいと願っている。
うんと勉強して、その成果を、
そんな勉強をすることのできないみんなにわからせてほしい。
そして、みんなを高いレベルにつれていってほしい。」

とおっしゃっています。

この意味では、茂木先生は、まさにそのとおりのご活躍をしていらっしゃると
私は、思っております。

ため息は、深呼吸の一種ですから、また脳に酸素をたくさん送って

先生には、ぜひ、もうひと頑張りしていただけますよう
お願い申しあげます!!

投稿: TOMOはは | 2006/03/28 17:16:47

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