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2006/03/27

欲望する脳 第12回 「人間らしさの再定義」

集英社 青春と読書
2006年4月号
「欲望する脳」第12回 「人間らしさの再定義」

一部引用

 皮肉な言い方をすれば、インターネットの上では、「心の欲する所に従って、矩(のり)を踰えず」という孔子の「七十従心」の境地が、「全てはオッケー」というもっともトリヴィアル(取るに足らない)形ですでに実現している。人を傷つけるのも、ネット掲示板上のネタならばオッケー、近隣諸国を罵倒するのも、「モナー」や「キボンヌ」と同じような2ちゃんねるノリならばまたよし、「売国奴」や「国賊」といった時代錯誤的な言葉も、デジタル情報としての軽いリズムでそれが記されるならば、別にメクジラたてて非難されるべきことではない。そのような、踏み外すことなどそもそもできない「ネット仕様の軽い矩(ノリ)」がネット上で醸成され、孔子様もびっくりのネット聖人君子が跋扈している。せいぜい、社会的事件の模倣犯を気取った書き込みをしたおっちょこちょいが時々捕まるだけのことである。
 このようなネット上に現出しつつあるすさんだ精神風景が、人間性を内部から崩壊させる重大な危機だと感じるのは、私が古い人間だからだろうか。
 もちろん、「打ち壊し者」(ラッダイト)の役割を担っていればそれで済むというわけではない。情報技術がない昔に戻ればそれで済むということではない。ITがますます進化することは避けられない歴史の必然である。かくなる私もITのヘビーユーザーであり、生活自体がITなしでは成り立たない。新幹線の中でエッジを通してネットにつなぎ、ケータイで仕事のメールを受け取り、一日何回もグーグルで検索する。ネット上のコンテンツが全て質が悪いというわけでもない。無料の百科事典、ウィキペディアのように、正確で良心的な情報源も存在する。生態学的に見れば、2ちゃんねるのような時に揶揄、皮肉、罵倒が過ぎるメディアもそれなりの「ニッチ」があるのであり、それを排除したり、無視したりするのは愚の骨頂であることも確かである。
 「ワンクリックが生涯賃金」、「ワンクリックで100万人に迷惑メール」、「ワンクリックで振り込め詐欺」というような一連の事象が象徴するサイバー空間上の人間性崩壊の危機は、それが人間らしさの中核にある「情報」に串刺しされているがゆえに私たちの魂の足腰を萎えさせる。本質論から言えば、それは、人間が「情報」というものに出会った瞬間から直面していたジレンマにかかわる問題であるはずなのである。

全文は「青春と読書」で。

http://seidoku.shueisha.co.jp/seishun.html 

3月 27, 2006 at 06:03 午前 |

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コメント

 匿名性がそれを助長させていると考えれば、一昔前の仮面をつけてぎゃーぎゃー騒ぐ事と、大差ないと思いますが。

 今も昔も同じ様なことをしている。それが糾弾されるのは、歴史を重ねる事で、それらをもっとマシにしようという心が働いているからなんでしょうね。

 だから、昔より酷くなる事は無いと思います。

投稿: | 2006/03/27 23:21:44

ネット内で流通する、もろもろの情報、たとえばウィキペディアなどの良心的で正確な情報もあれば、2ちゃんねるなどに見られる罵詈雑言、揶揄、暴言などといった悪質な情報もあり、それぞれにそれなり需要がある。

それにしても我々はなんと実に雑多な情報の海の中を泳ぎつつ日々をやり過ごしていることか。

そんなサイバー空間でおこっている、もっとも恐ろしいことは、仰るように、人間性の根本(内部)からの崩壊に相違ない。

“ネットに現出しつつあるすさんだ精神風景が、人間性を内部から崩壊させる重大な危機”がやがてはリアル社会の根本的崩壊、ひいては国家そのものの崩壊消滅に繋がって行くことは想像に難くはない。


「『ワンクリックが生涯賃金』、『ワンクリックで100万人に迷惑メール』、『ワンクリックで振り込め詐欺』というような一連の事象が象徴するサイバー空間上の人間性崩壊の危機は、それが人間らしさの中核にある『情報』に串刺しされているがゆえに私達の魂の足腰を萎えさせる」

サイバー空間上で魂の足腰が萎えてしまった人間たちが、Winnyなるものを流布させ、秘匿すべき重要な機密情報などをネットの中で垂れ流している。

ネット世界における人間らしさの崩壊の危機を乗り越える為にはいったい如何したら好いのか。

まずは、リアル社会と同じように事象の善悪正邪の分別を厳密につけるようにならなくては、と自分自身の考えとしてはあるのだが。

リアル社会でも、善悪の境目を曖昧にしたために、いま偽装や虚偽などが世間に蔓延し、社会は荒廃しかかっているではないか。

ネットの世界でも、やはり善悪の峻別は厳しくしなくてはならない。そこから始めなければ、ネット世界での人間性の根本的崩壊に歯止めが掛かることはないのではないか。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/03/27 18:46:43

本質論から言えば、それは、「人間」が
情報というものに出会った瞬間から直面していた
ジレンマにかかわる問題であるはずである。

おっしゃるとうりだと思います。
これまで、ごく狭い空間で問題になっていたことが、
ネットという空間が出来たことで、圧倒的な影響力を持ち
良いものも、悪いと言われるものも、拡がる。
これまで、あまり見えてこなかった
人間の持つ、ある部分が、
少し見えてきただけ、なのではないかとも思えます。
ネットでの良識のない発言、と言われるものも、
問題視されるのでしょう。けれども、

我こそ、まさに良識ある人間、と思い込んだような
表現も、また一面的で怖い気がします。
この辺の捉え方が人それぞれなので難しい気もします。

投稿: | 2006/03/27 17:02:43

もしも、そのようなマイナスの負荷のかかる場だとしたら

あえて、プラスの放電を心がけてみたいと想います!!

        へそ曲がりな風待人より

投稿: TOMOはは | 2006/03/27 10:56:27

おっしゃるとおりですね。
”ネット上に現出しつつあるすさんだ精神風景が、人間性を内部から崩壊させる重大な危機”
何でも使い方次第、私もネットやpcはなくてはならないものだが、便利で時間短縮できるものには危険がつきもの、と思っております。
電子レンジ、冷凍食品、コンビニ、携帯、どれも便利ですが危ういことも多い。それを認識して使用するかどうか、それを子供たちに教える大人がいるかどうか、それが大事なところだと感じる。

投稿: m-tamago | 2006/03/27 10:45:02

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