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2006/02/16

グランド・ヴィスタ

講談社の森定泉さんと打ち合わせ。
 いくつか制作したhidden figuresを
見て、あれこれと。

 映像作家の花井裕一郎さんが、
3月3日の小布施ッションの事前取材に
いらっしゃる。
  
 主催者のセーラ・マリ・カミングスさん
から電話をいただいた時のことを
話したら、花井さんバカ受けだった。
 
 二度ほど、携帯に電話をいただいたのだが、
実はすぐにはわからなかった。

 何だかしらないけど、枡一酒造
の早口で喋るヘンな人から留守電が
入っているなあ、とは思ったのだが、 
 まさか本人とは思わず、
 事務か何かやっている
ちょっと変わった女の人が
電話をしてきたのだろう、
 それにしても早口過ぎて
聞き取れないなあ、
 困ったなあ、
と思いながら
 街を歩いている時に、
ひょっとしたら本人なのか、
と気づいた時にはズッコケそうになった。

 visual imageと、話し方から連想される
イメージが一致しないとこうなる。
 留守電に残っていた声から仮想した
この世に存在しないセーラ・マリ・カミングス
は、しかしリアルであった。

 話は変わりますが、
 今の脳科学において必要とされているのは
結局ダーウィンの『種の起源』のような
スケールの大きなヴィスタなのだと思う。

 ラマチャンドランの本に出てくる、
この形とこの形はどっちがキキで、どっちが
ブーバかとかいった類の話は、
 それ自体としては「ちょっといい話」
だけど、所詮グランド・ストーリーにつながる
もんではない。

 ブーバとキキみたいな話に、
ポピュラー・メディアはもちろん、
専門家の論文でさえさんざん付き合わされて、
いい加減うんざりしてきた。

 意識の起源は最後はzitterwebegungとか
quantum mechanicsのnon-localityまで
いってしまうだろうから、
 そのフォーマリズムを書き下すのは
ずっと先になることは間違いない。

 現時点で出来るのは(すべきことは)
突然変異と自然選択のような、
 そもそも意識がなぜあるのかという
グランド・スキームを描くことではないか。
 それすらないのだ。

 春のような一日で、
街を歩いているだけでなんだかうきうきしてくる。
 大切な着想や、イメージにどれくらい寄り添って
それをふくらませられるかが勝負なのだと
思う今日この頃。
 

2月 16, 2006 at 07:03 午前 |

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コメント

ダーウィンの『種の起源』のような、スケールの大きいヴィスタこそ、いまの脳科学に必要とされていること…。

そのヴィスタに、いまどれだけの、脳科学者たちが正面からむきあおうとしているのだろう。私にはわからない。

日本ではおそらく、この「クオリア日記」を毎日書いている、茂木健一郎氏その人だけ、なのではないだろうか。

「現時点で出来るのは(すべきことは)、突然変異と自然選択のような、そもそも意識がなぜあるのかというグランド・スキームを描くことではないか。それすらないのだ」

“意識が何故あるのか”ということで、ふっと思い出したのが、J.ジェインズ著の「神々の沈黙」(柴田裕之訳・紀伊国屋書店刊)という本だ。

それによると、なんと、3000年前まで人類は「意識」というものを持たなかったそうだ。意識を持つ前の人類の心は「二分心」というものだというのである。

新聞の広告にこの本の宣伝が乗っていたので、このコメントに書いていることはそれからの抜粋にすぎないのです。申し訳ありません。

この本が刊行された1973年(と思うのだが、間違っていたらお許し下さい)、賞賛と大論議を呼んだ、ときいている。

この意識誕生以前の二分心については、生憎本書を読んでいないので、どういうものなのかまったく判らないのだが、この本のサブタイトルが、「意識の誕生と文明の興亡」とあるように、
意識とそれに伴う言葉の誕生が、文明の生成と何らかの深い関わりがあるのではないかと思う。

本書を読んで私も意識の生成に就いて考えてみたいと思います。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/02/16 18:50:09

「そもそも意識がなぜあるのかという
グランド・スキームを描くことではないか」

・・・そっそう、きましたか?

(私は、将棋とかは指せないので、よくわかりませんが)
相手の指した手に対して、なるほど!と間をおいて

さて、こちらはどんな手が思いつくか?
どんな受け方・攻め方でいくか・・・という場面でしょうか?

・・・と勝手に話を飛ばしておりますが、

昨日書き上げたレポートの資料として
以前放送された、NHKスペシャルの『地球大進化』の第6集を何度も見直しました。

原因と結果・・・どちらが先かも見えてきませんが

700万年前に登場した人類の祖先には
その後の進化の経過の中で、20種ほどあって
その中で、いま生きているホモ・サピエンスだけが

少なくとも、いま地球に生きている生物の中では、高度な(?)意識をもっているらしい・・・ですね・・・

ことばを持つことによって

「未来を予測し、自分の経験や知識を次の世代に伝えていくことができるようになった」

と、番組のなかで伝えていました。

さて、では、『何を、いかにして、伝えていけばいいのか?』
ということを、意識していくことがいまの私の課題かしら・・・

と自分の志向する方向性について、少し見えてきそうな予感がします・・・

今朝は、少し冷たい雨が降っていますね。

“ひと雨ごとの あたたかさ”   というフレーズが浮かんできました。

また少しずつ 春の足音が大きくなってきたような気がいたします・・・

投稿: | 2006/02/16 8:44:22

大切な着想や、イメージにどれくらい寄り添ってそれをふくらませられるかが勝負・・・。そや、そこや!そんな男がいまいないのよ。70おんなにも、茂木氏のグランド・スキームが描かれる日に焦がれているのだから。

投稿: | 2006/02/16 8:27:47

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