« ガチガチ文脈を突き抜けて | トップページ | 脳の中の人生 「スポーツと頭の良さ」 »

2006/02/20

時間の流れというものの切なさに対する

 箱根、仙石原の養老孟司さんの別荘「バカの壁ハウス」
にて、NHK教育「科学大好き土よう塾」の
収録。

 バスは別荘の
前に着き、スタッフは降りていくが、
 私はフードをかぶり、座席で顔を隠して
出ていかない。

 高橋理さんの発案で、養老さんには
私が来たことを内緒にしておいて、
 撮影の途中で「乱入」して驚かす、
ということになっていたのである。

 それで、関係者にも箝口令が敷かれていた。

 この世から、
 姿を消さなければならない。
 そうなると、かえって
 世の中がどうなっているのか、確かめたくなるのが
人情というもので、フードの下から上目遣い
でのぞき見していると、
 養老さんが白いセーターを着て
玄関に出てくるのがわかった。

 養老さん、今日は白だ!
 張り込みしている刑事の気分である。

 バスの座席で仕事をしながら、やわらかな
薄い日差しの午前中をやり過ごす。
 時々、なあに死角だからかまわないと、
外に出て空気を吸い、背伸びをする。

 中は盛り上がっているらしく、予定の正午
が来ても呼びに来ない。
 何となく寂しく、物足りない気分。
 みんなで遊んでいるのに、一人だけ
置いてきぼりになった感じである。
 
 透明人間になりたい。

 1時近くになって、やっと呼びに来た。

 玄関の横でマイクを付け、
スリッパにはきかえて待機。
 
 撮影場所の
 標本室は、すぐそこ。
 見つかるんじゃないかとドキドキしたが、
椅子を並べて喋っているみんなは気づかない。
 
 あのう、ここに来たんですけどお、
とかなり大胆に横に立ったら、
 やっと塾長の室山哲也さんが気づいた。
 室山さんは、もちろんグルである。
 あれ、こんなところに茂木さんが、
と少し大げさに言うと、養老さんがこっちを向いて、
「あれれ?」と驚いた。

 この驚く表情、
そのたった一瞬を撮影するために、
これまでの努力はあったわけである。
 養老孟司、驚く。この映像は
貴重かもしれない。

 私も席の中に入れてもらって、
虫の話をいろいろする。

 昼食後、再び撮影。
 私は、
標本室の上の回廊から
見学する。
 

 もう身を隠す必要がないので、
ほくほくとうれしい。

 今回の「科学大好き土よう塾」の
撮影は、いろいろな意味で特別だった。

 高橋理さんは、CP(チーフプロデューサー)
だが、「今回は久しぶりにディレクターやります」
と最初からうれしそうに言っていた。

 高橋さんのお父さんは医学関係の研究者だが、
蝶の本もたくさん出されている高橋昭さん。
 それで、もともと昆虫に関心が高いから、
ディレクターを買って出たのではないかと思う。

 そして、
三人の「塾生」、阿部美里ちゃん、森輝弥くん、
土屋シオンくんにとっては、最後の土よう塾の
収録。

 三人の「卒業式」
があった。
 私が三人と仕事をしたのは数回だが、
 一年間毎週やってきたスタッフにとっては
本当の子どものようなものだろう。

 中山エミリさん、室山塾長から
「卒業証書」が手渡される。
 
  時間の流れというものの切なさに対する
精神的呼応。
 前に歩いていくために、
このような儀式が生まれてきた。


2月 20, 2006 at 05:32 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 時間の流れというものの切なさに対する:

コメント

いやぁ~、養老さんの不意をつかれてびっくりした表情、私も見てみたいですね。それにしても皆さん、なんとお茶目なんでしょう!

私も番組の放映が楽しみ…といいたいところですが、生憎土曜は半ドンで作業が終わるのが午前11時!仕事をしている間に放映がおわってしまいます(T0T)

ところで…記事の内容とは関係ない話で申し訳ないのですが、

茂木さんは、人類がいつ頃から「意識」を持ち始めたと思われますか?

実は先日紹介したJ.ジェインズ著「神々の沈黙」の新聞広告にあった「人類は3000年前まで意識をもたなかった」という文について考えていて、

おかしいな、歴史に残る文明が地球上に初めて誕生したのは約5000年前ぐらいのはず。

その時既に人間には意識が生まれていてもおかしくないではないか。

つい3000年前まで人類は意識をもたなかったとするジェインズの説は如何考えてもおかしい。

と思ったわけです。

茂木さんは、科学的(量子力学的、あるいは量子計算的)視点から、意識とは何かということを巨視的に洞察し、脳内でそれがどのように生まれるかを解明されようとしておられます。

その意識を人類がいつ持ち始めたのか、少なくともジェインズの説よりはうんと古い時期、たとえばネアンデルタール人(ホモサピエンス・ネアンデルターレンシス)の時代からのような気がどうしてもするのですが…。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/02/20 20:58:22

“養老先生の驚く表情” は、ぜひ見てみたいです。

人は不意をつかれたとき、思わず意外な一面を見せたり

なるほど!というその人らしさを発揮したりするものかもしれません・・・

そして茂木先生の、かくれんぼで見つけてもらえない時のようなお気持ちが
よ~く伝わってきました。

(やっぱり、先生は人里はなれたところでは
生きていけないタイプかもしれませんね・・・)

それにしても、茂木先生もNHKのスタッフの方も
遊びごころというかオチャメというか

ロケにいらして、まるで修学旅行のような楽しそうなノリのご様子で
出来上がった番組の放送が、いまからとても楽しみです!!

養老先生が、本格的な虫の研究をなさっているのを、(たぶん)NHKの番組で見たことがあります。

ナントカという黒っぽい虫の採集をしていらっしゃいました。

よく考えてみたら、私の虫好きは、図鑑を調べたりもしないわけではありませんが

その不思議な色や形を、ただただ眺めたり驚いたり
できれば生きている姿を、観察して育ててみるのが好きなのかもしれません。

子どもは嫌がっているかもしれませんが

ある時期から、子育てをそんな風に思ってみると
これは案外、いえいえカナリ、というより最高に
面白い営みかもしれないと、ひとりで勝手に思いつきました。

子育ては、親育ち・・・という一面もあって
どうせ人生の修行なら、いっそのこと楽しみながらやってみるのもわるくない・・・
のではないでしょうか?

気がつけば、子どもはいつの間にやら成長して

いつの日か巣立っていくものかもしれません・・・

投稿: | 2006/02/20 11:05:22

コメントを書く