« talk dictionary 天野祐吉×茂木健一郎 | トップページ | プロフェッショナル 仕事の流儀 進藤奈邦子 »

2006/02/28

神武以来の

Esquireの児島麻里子さん、ライターの
高木教雄さんが取材でいらっしゃる。

 キュレーターとしてデザインを
永久展示するとしたら、どんなものを選ぶか、
というテーマ。
 「深いクオリア」をモティーフに、
何点か選んだ。

 思い切り関係のないものの間に
補助線を引く、というようなポップな
飛ばし方をしようと思ったのだけれども、
 「買えるものじゃないとダメ」
ということで、比較的穏便に。

 某プロジェクトに関するブレスト。
 かなりイイカンジに仕上がってきた。

 タクシーで、島田雅彦との
対談原稿を直しながら移動。
 ふたりともかなりカゲキになっている。
 しかし、おっもしろい。
 平成のトリックスターとトリックムーンを
襲名しようか。

 電通の佐々木厚さん
主催の研究会。
 
 終了後、新橋でビールを飲んでいると、
「おしらさま哲学者」塩谷賢が来た。

 塩谷とは、18歳の時に駒場で出会って
以来の仲である。
 「神武以来の」という大時代的な
表現を使いたくなるくらいの才能に
恵まれているが、
 いかんせん、実際的ではない。

 論文も書かないし、学位もとらない。
しかし、日本哲学界で知らないものはない。

 今でも無職であるが、まあ、それは
塩谷の本質とは関係ない。
 みんな、「おしらさまだ」と崇め奉って
いる。 

 塩谷がくると、やっかいな議論をふっかけて来るので、
面倒なのだが、一方では、考える材料を与えて
くれるわけだから、
とても貴重な友人なのである。

 久しぶりだなあ、と乾杯してから、
 メンチカツを食べろ、とすすめても「いや、
オレはいいよ」と言うから、下腹部を見たら
ぷくりと前より出っ張っている。
 120か、と聞いたら、いやあ、なに、115
だよ、という。

 でも、別にダイエットをしているわけでは
ないらしい。
 本当にまんぷくのようだった。

 おしらさまは、思想界の現状にご不快のようで
あった。

 以前は初刷りで3000部を刷っていた
哲学書が、最近は700部だという。

 それはチューリングマシンのせいじゃないか、
とオレは言った。

 デジタル・コンピュータの「外」を見るのは
とても大変だ。
 ましてやネットワークにつながれば、
 その上で無限の遊戯をすることができる。
 計算可能性とか、数学基礎論は、
現実にとってはアカデミックな
(象牙の塔の中でノミのペアがワルツを踊って
いるような)関心にとどまっている。

 だって、ふるまいとしては、FAPP
(for all practical purposes)の限りにおいて、
デジタルコンピュータとそう違うものを、
どうせ作れそうもないから。

 むろん、人間の脳はコンピュータとはふるまいが
違うが、
 だからこそ、一人称を生きることが大事だという
ことになってしまう。

 行動し、体験するときに、意識の中の
クオリアというインフラストラクチャーが
あるわけだから、
 チューリングマシンに寄り添って動いて
いても、
 現象学的事実において、我々はそれを
超えている。

 だから、それでいいんだ、という
考え方もある。

 そんなことを塩谷に話しているうちに、
ここの数年の自分が分析できていくような
気がした。

 塩谷のことを「おしらさま」という
名前で呼ぶことを思いついたのは、
 「千と千尋の神隠し」を見ていた
時だが、ある時、思い立って
「おしら様神社」 
を建立したら、
いつの間にか、「境内」にある
おしら様神社 御祈願掲示板 
が祈願が絶えない場所になっていて、
驚いている。

 ああ、ありがたや、神武以来のおしら様。

 今朝は久しぶりにお参りをしてまいりました。

2月 28, 2006 at 08:48 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神武以来の:

コメント

今朝は、中途半端な時間に目が覚めてしまい

お気に入りの大貫妙子さんの「Library」というアルバムを、小さめのボリュームで聴きながら
片付けものをしたり、考え事にふけっておりました。

今日は、小林秀雄氏の御命日ですか・・・

Qualia Cafe で、茂木先生のコメントされた“self doubt”のことが、やけに心に引っかかります。

(私は、表現することに対する自信の無さを自覚していますが)

日本人の心の底に流れる何ともいえない自信の無さを感じてしまうのは私だけでしょうか?

1902年生まれの小林秀雄氏・・・

私の尊敬している大村 はま先生は、1906年生まれでいらっしゃいますが

戦後の、復興期の教育にご尽力され、昨年4月に亡くなられるまで

教える人であり、かつ学びつづける人でいらっしゃいました。

その生き様は、マザー・テレサを髣髴とさせる
強さとやさしさときびしさとあたたかさに満ち溢れていたように思います。

突出した精神と思想は、時に人を孤独にする・・・

と、昨年、横浜でおこなわれた「大村 はま先生を偲ぶ会」に伺って
そのお人柄にふれる悦びとともに、強く心に残りました。

はま先生のご命日は、4月17日でしたね・・・

投稿: | 2006/03/01 5:59:25

追伸
今日3月1日は 小林秀雄氏の
御命日なのですね。

投稿: | 2006/03/01 1:22:27

私は 茂木先生ワールド暦が浅く
今日、 文芸春秋3月号
方法論上の問題
読ませて頂き 茂木先生のブログに
登場される方々と そういう出会いであったということが わかりました。

脳の中の人生の あとがきに
中央公論新社の岡田さんが
「読者は やはり人生観のにじみでてる文章に触れたいんですよね」という言葉に 茂木先生が連載を続けるヒントになったというのを 読んで だから今、茂木先生の書かれる文章が読みたくなるのかなって 思いました。

余談になりますが
おしら様を見た時 一瞬
自分の高校の化学の先生にそっくりでびっくりしました。

投稿: | 2006/03/01 1:15:20

いや~、初めて拝ませてもらいました。
おしらさまとよばれているお方のお顔を!

自分には“ただの面白ヒゲメガネオヤジ”にしか見えない(失礼!)のだが、数点のお写真を拝見致しました所、なんだかこの方も常人とはかけ離れたムードもしくはオーラをはなっていらっしゃいます。

茂木さんのお友達って、如何してこんなに面白い方が多いのでしょう?

科学のみならず、哲学も、日本では危機的状況なんですね。
おしらさまこと塩谷さんはそれをお嘆きになっていらっしゃるんですよね。

養老さんや茂木さんなどの心有る科学者の皆様が、世の色々な「変だ?」に対して苦言を呈しておられるわけですが、おそらくその苦言を聞いていないのでしょう、政治家たちが今、ガセネタなのかどうなのかわからない出所不明のメールで大騒ぎし、それゆえ国会が混乱をきたしてしまい、議論すべき大事なもろもろの問題が置き去りにされている…。

これはきっと、彼等国会議員の中に、やはり
ロゴスあるいは哲学(人生哲学)が欠落しているとしか、言いようがないとしか思えません。

やはり科学と同時に、何らかの哲学をもつこともこの社会に住まう者には必要かと思われます。

それにしても、塩谷さんって、本当にユニークなお方なんですね。
こういう面白いお友達に恵まれておられる茂木さんがやっぱり、うらやましいっっ!!
失礼しました…m(_)m

投稿: 銀鏡反応 | 2006/02/28 19:10:17

ほんとうに、良いお友達との出会いが、おありでいらしたんですね!!?

私も先ほど、おしら様のお顔を拝ませていただきました!

お願いはいたしませんでしたが、今日は家でゆっくりしておりますので
茂木先生の「方法論上の問題」を読ませていただきました。

物理と法律と哲学と・・・いろいろな思索の日々・・・

茂木先生を構成している要素の多様性と少しお若い頃の熱い想いと
“ある感覚に目覚められた”時のある種のクールな瞬間を見る思いがして
とても面白かったです!!

話は、飛びますが(ふと思い出したので)「Field of Dreams 」はお好きでしょうか?

フェンスを抜けて出た先が、未来または過去の行きたい場所だったら・・・
などと、空想してしまいました。

(うちの子は、「ドラえもんのどこでもドアがあったらなぁ」とよく言っています・・・)

それから「千と千尋の神隠し」なども、ご覧になることがあるのですか?

宮崎 駿監督の作品は、本当に深くて、いろいろなことが隠されている
“だまし絵”のようなところも、私は好きですね・・・

ご存知かもしれませんが、スタジオジブリから出ている作品で
フランスの監督の『キリクと魔女』も深くて面白いですよ!

どちらかというと大人向けの作品かもしれません・・・

とても賢くて勇気のあるキリクが、疲れてしまって、寝てしまうところがかわいくて
先生のお姿と、どこかオーヴァーラップするような気がいたします。

私のお勧めですが、皆様も良かったらご覧になってみてくださいませ。

投稿: | 2006/02/28 12:03:35

コメントを書く