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2006/02/23

Gewalt in "Virtual Cambridge"

 朝からニコニコしていた。
 久しぶりに池上高志とじっくり議論できるのだ。

 東京大学駒場キャンパスで、池上研、
茂木研合同のワークショップ。
 池上が、「Beyond Story Telling」と
名付けた。

プログラムは、

13:00-13:40 池上高志 "Beyond Story-Telling"
13:40-14:20 Ken Mogi "The contingent brain. In pursuit of the
dynamic & stable in a small world."
14:20-15:00 鈴木啓介 (池上研)「オートポイエシスと運動」
15:30-16:10 田谷文彦 (SonyCSL) 「認知に於ける階層性」
16:10-16:50 柳川透(茂木研)「自発発火を通してみる脳というシス
テム」
16:50-17:30 恩蔵絢子(茂木研)"Reconsidering the functions of
rewards: Human's risk-taking behavior independent of magnitude,
probability,expected value and variance."
17:30-18:10 佐藤勇起(池上研)「クオリア問題を解く」とはどうい
うことか−脳が脳を考える
18:10-18:30 議論
19:00- 懇親会 


いやあ、楽しかった。
 脳科学と、数理モデルという
いわば「異文化」の出会いで、
 池上とオレは何回もしゃべっている
からわかっているんだけど、
 学生どうしの一種のcollision
は見ていてたいへんexcitingでした。

 このような研究会の良いところは、
情報を得ることはもちろんだけれども、
 自分の中にある種の「探究」へ
むけての「衝動」が立ち上がることである。

 この「衝動」こそが、生きていく上で
大切なのだ。
 一種のゲバルトだ。

 たとえば、人間の欲望というものが、
open-endedであることの意義。
 単に、腹一杯食べてもまたお腹が空けば
食欲が生じる、というようなトリヴィアルな
ものではなく、
 学習で言えばどこまでも追加して
学べるし、
 芸術で言えばさらに先、さらに先の
アートを探究できるとか、そんなこと。

 それと、感覚と運動をまず二項として
立ててその融合を論ずるのではなく、
 両者が未分化のプリミティヴな
領域を構想すること。

 目の前にやるべきことが
手つかずの平野のように広がっているのが
ありありとわかって、
 うぉーっ!  という感じ。

 十数人で連れ立って、
 銀杏並木を抜け、
昔塩谷賢と通った「うらめし屋」(うらの飯屋)
側に出て、
 渋谷まで歩く。

 このような大人数の時には必ず通う
BYGへ。

 池上高志。
 「昨日、superstringの研究会に行ってきたん
だけどさあ、今、どんどん数学的なフォーマリズムが
進んでしまって、大変なことになっているんだけど、
 その一方で、波動関数は昔ながらの使っていてさ、
収縮も確率解釈なんだよ。そのあたりはどうなっている
んだと聞いたら、いや、それは難しいから
誰もやらないんだ、いうんだよ。
 そういうの至るところにあってさあ、難しい
問題が放っておかれて、その一方でディテールが
どんどん進んでいっちゃっているんだよなあ」

 難しいこと、領域を超えること。そのような
ことに挑戦するのには、勇気とエネルギーがいる。

 難しいからと放っておかれている重要な
問題など、いくらでもある。
 そのような問題群に立ち向かうのにはゲバルト
がいる。

 一つインスピレーションが沸いた。
 ケンブリッジの素晴らしいところは、
所属とか専門分野とかそういうことは全く
関係なく、
 みんな勝手にケンブリッジ圏内のセミナー
とか研究会に行ってしまうことだった。

 昨年訪問したNicholas Humphreyも、
ケンブリッジ大学とのフォーマルな関係は
一切なかったが、
 インタビュー後、
 「いやあ、これからexperimental psychologyの
セミナーに行くんだよ」
と自転車でふらふら出かけていっていた。

 そのような環境が日本にはないなあ、
タコツボだなあ、と思っていたのだが、
 自分がvirtualに作ってしまえば
いいんだ、と気づいた。

 東京にいれば、駒場もあるし、本郷もあるし、
理化学研究所もあるし、
 領域とか関係なく、
興味があったら、勝手にふらふらいっちまえば
いいんだ。
 それがゲバルトだな。
 virtual Cambridge。
 うん、これだ。

 研究会でしゃべったことは、
10日ほど前に得たインスピレーション
(ゲバルト系)に基づいていたが、
 本当に面白いこと、奥深いことは、
人間にエネルギーを与えてくれるものであると
改めて思う。

 東京芸術大学の植田工と荻野友奈さんも
登場。

 芸大の授業は、来期は月曜になる。

 芸大の授業も、Virtual Cambridgeの
一環として、
 一つ大きな絵を描いてみたいと思う。

2月 23, 2006 at 07:54 午前 |

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「(財)伊豆屋伝八文化振興財団」をご存知の方が いらっしゃるでしょうか。 「伊豆屋」を屋号とする渡邉家の先祖は、 遠く徳川中期に遡り、 伊豆の松崎から静岡市両替町に居を定めて、 呉服商や両替商を営む豪商でした。 なかでも七代目は、 明治初期に、 廃仏毀釈で�... [続きを読む]

受信: 2006/02/24 7:17:21

コメント

おおゲバルト!もーれつ!!
(失礼しました…)m(_)m

このタコツボ的な島国に、“ヴァーチャルなケンブリッジ”のような世界が顕現するといいですね!

難しいことは後回しにしがちな、しかし重要な数多の問題。それを解決し乗り越えるにはまさしく猛烈なる勇気――ゲバルトがいると、このエントリーを読んで改めて思った。

茂木さんがいつまでもそのゲバルトをお忘れになることなく、何時までも探究の炎を燃やし続けて、ご自分の解き明かしたい難問に向かって前進せられんことを…。

私も心より応援しています。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/02/23 18:24:29

イキイキとされてる(いつも精力的でいらっしゃいますが。。。)
茂木先生のお姿を 想像しながら
拝読致しました。

茂木先生の光り輝く ゲバルト が
生命宿し
大きく伸びていくことを 祈っています。
お忙しい日々の中でも
きらめきながら活躍されていらっしゃる茂木先生!!応援してます☆☆☆

投稿: | 2006/02/23 10:16:42

「ケンブリッジの素晴らしいところ」を

ぜひ、この日本の東京におつくりになってください!!

茂木先生の少年のように愛らしいお人柄と、神出鬼没のフットワークと
モーツァルトのように湧き出るアイディアとバイタリティをもってすれば

絶対できますよ!!

きっと多くの方が応援してくださると思います。

私の勝手な想像であることはお断りしておきますが
藤原正彦さんが「遥かなるケンブリッジ」を書いあと
どんなご苦労があって、「国家の品格」の文章を書くにいたったのか?

できればこれからもずっと、茂木先生には、のびやかなままのことばで
お話をしていただけるような、そんな“よのなか”であってほしいと

強く心に思い至りました。

投稿: | 2006/02/23 9:11:09

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