« 不安 | トップページ | プロフェッショナル 仕事の流儀  星野佳路 »

2006/01/10

ピンポン

 私は何を隠そう中2の時と、
高校の時は卓球部員である。

 中学校の時は中一テニス部、中二卓球部、
中三水泳部と信じられない無節操ぶりを
示し、
 高校は一年の時だけマジメに合宿に参加
したものの、あとは幽霊だった。

 最近、総説などの仕事を少しずつ
学生に回している。
 博士号をとって「一人前」になった田谷文彦には、
単行本の解説などの仕事も入り始めている、
 博士課程の学生とも、ゆるゆると
はじめている。

 脳科学と教育についての総説を、
博士課程の須藤珠水さんと書こうと思って
須藤さんに「まず書いてね」と頼んだら、
 心の理論とシンボル化の能力についての
原稿があがってきた。
 
 それに手を入れていたら、
『心を生み出す脳のシステム』の頃に
考えていたことが様々よみがえってきた。

 これがピンポンと言うことなのだろう。
須藤さんは幼児の前言語的認知発達の
研究をしているので、
 そのあたりに関心があることはわかる。
 autismの問題を含め、まだまだ
考えるべきことが埋まっていそうである。

 祝日ではあるが、
午後、『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。
 パティシエ、杉野英実さん。
 コンクールで優勝した
「アンブロワジー」
忘れられない味だった。

 漆のような輝きのチョコレート・コーティングは
一見硬く見えるが、ナイフを入れるとすっと
驚くほどやわらかく、
 口に入れると「噛んだ」記憶がないまに
全てが渾然一体となって
すっと溶けていってしまう。

 「神々の食べ物」という
名前にふさわしい。

 杉野さんはアーティストであり、
その作品は人々の記憶の中で、時が経つほど
次第に確かな形をとっていく。

 時が経つほどますますはっきりとしていく
記憶というものはあって、
 中二の時の卓球部の先輩のシェイクハンド
姿などはまさにそうである。

 ちょっとニヒルな笑顔を含め、その姿が
焼き付いているのは何故かということは、
 私の遺伝子や個人史やその後の生育歴の
ダイナミクスの中に答えがあって、
 それを見極めるのは一般相対性理論よりも
むずかしいことなのだろう。

1月 10, 2006 at 07:40 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ピンポン:

コメント

>銀鏡反応さま (この場をお借りして、お返事を、書かせていただきます。)

ご自分のお話をしてくださって、ありがとうございました。

今の気持ちを、ことばで表現するのは、とても難しく思えますが…

以前にも書いたように、今、私の最大の関心事は、やはり我が子のことです。

人それぞれの見方がありますが
少なくとも親として、そのままの子どもを受けとめることと、
今、この子にとって何が必要か、何が大切か考えること
そして、選択することを、はっきり意識してやっていこうと思っています。

銀鏡反応さんのご両親も、きっとそんな道を先に歩まれて、
今の銀鏡反応さんがいらっしゃるんですね。

銀鏡反応さんの「心有る親しい人々の励ましに支えられてのことです」ということばで

そのことがほんとうに良くわかります。

ついつい親の思いが強すぎて
この子がほんとうに、望んでいることは何か?

親の思いとは、別の世界に子どもは生きていくものなのかもしれない・・・
などと悩みはつきません。

親自身も子育てをしながら成長できればいいんだと、考えられるようになって
なかなか思うようにならないながらも
子育てを楽しいと感じる余裕が、少しはできたのかもしれません。

子どものことを考える中で
私自身にも、子どもとよく似た特徴のあることに気づきました。

それも、自分らしさとして肯定できるようになって
私自身も、ずいぶん楽になりました。

機会がありましたら、銀鏡反応さんとも、お話してみたいです。

こんなふうに前向きになるきっかけも、ITで開いた“窓”のおかげのような気がします。

ほんとうに、ありがとうございました。

投稿: | 2006/01/12 4:54:45

>TOMOはは様

茂木先生を始めとする世界中の、脳研究最前線の研究者らによる、脳科学における意識とクオリアの起源の探究と、自閉症(広汎脳機能障害)のメカニズムの解明はこれからの人類にとって、大きな福音になるに違いない、そんな気が私にはするのです。

実は、(これは茂木先生にも少しお話したことがあるのですが)、私自身もかつて「自閉症」と診断されたことがあります。私の両親、ことに母はそのことで大変苦労して、私を社会に適応できる人間になれるようにとの思いで、必死で育てました。

心ない周囲の目にも耐え、私を社会に順応できるように育てたのです。
もちろん、心有る親しい人々の励ましに支えられてのことですが。

その甲斐があって、曲がりなりにも社会に順応できるようになり、現在ではほぼ差しつかえ無く、社会人として生活出来るようになりました。

茂木先生の研究室の究極の成果に大いなる期待を抱きつつ、如何なる子供達でもその持ち味や感性を大きく伸ばす教育が、この島国でも大いになされることをともどもに期待したいと思います。

ただ、不思議に思うのは、物質文明にとっぷり浸かって今まで来たこの島国に、茂木先生のような、心と脳の研究をメインにする科学者がやっと現われたという事実です。このことは、物質中心できたこの国の社会が明らかに精神中心の社会に変わりつつあるという、一つの実相なのかもしれません。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/01/10 21:11:12

大学を出てから、細々と仕事をしていましたが、
20年近く、レポートをまとめるという頭の使い方をしていなかった私なので

今朝、やっとのおもいで“自閉症児と心理”をまとめました。

当然、限られた経験と資料からの考察なので
茂木先生の研究室の学生さんから見たら
幼稚園生の作文みたいなものかもしれません。

ただ“心の理論”も“脳の機能障害”という表現も

実際の子どもを前にしてみると、
ほんとうに、ひとりひとりそれぞれに多様な特徴や特性を示す中の
ある意味で最大公約数を示しているに過ぎないような気がします。

病態を解明するということの必要性はもちろん理解できますが

ひとりの子どもの「精神発達」つまり「こころの育ち」を考えるとき

滝川 一廣氏がおっしゃっている
関係(社会性)の発達と認識(理解)の発達を発達の軸にしてとらえる見方が

私には、理解しやすいような印象があります。

でも、この考え方は、最新の主流からは外れているらしいんですけど…

ぜひ、茂木先生の研究室の究極の成果に、限りない夢を抱きつつ

いつの日か、実際の子どもたちのレベルにも
光が差し込むことを、願っております。

投稿: | 2006/01/10 8:54:12

コメントを書く