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2006/01/22

睡蓮の夢

 1月21日土曜日。
 岡山から宇野港、直島へ。

 内藤礼さんの『このことを』を
久しぶりに見る。
 今回は、土の表情と、奥の方にも
配置されている小さなものたちに
注意が向かった。
 予約制で、一人ずつ、15分間
「きんざ」の中に入る。
 あっという間に終わる。

 ジェームズ・タレルの南寺の
インスタレーションは、
 暗順応して見えてくるまでの
時間が記憶していたのより長く感じられ、
 いつまでも見えないのではないかと
一時的に
パニックになったのがかえって新鮮な
体験だった。

 杉本博司さんの護王神社は、
地下室の水に映る階段の美しさに
魅せられた。
 それが未知の世界への扉であるように強く
感じられ、
 開けて入っていってしまいたい、
と衝動にかられた。

 地中美術館の秋元雄史館長、徳田佳世さん、
久米朗子さんとカフェまるやで昼食。
 カレーを食べたかったのだが、
かきのみそ煮が美味しそうでそっちに
してしまった。

 2006年10月から本村地区で
新たな展覧会があり、
 そこでなんと「家プロジェクト」形式の
作品が十以上付け加わり、
 パーマネントに展示されることになる
見込みだという。

 現状の4が一気に20近くになるわけだから、
すでに直島は一日では見きれない状況に
なっているが、
 滞在型の観客が増えることになるだろう。

 池の畔に女性作家だけを集めた
新美術館建設の予定もあると聞く。
 直島の動きから目が離せない。

 午後二時から
 地中トーク。
 縮小写像の、文脈とクオリア、偶有性、
命がけの跳躍について話す。

 たくさんの質問をいただき、
ありがとうございました。

 美術編集の逸見陽子さんや、水戸芸術館の高橋瑞木さん、
『ポピュラーサイエンス』の廣川淳哉さんなど、
見知った顔も。

 電通の佐々木厚さんが研究会の
仲間といらしていて、
 一緒に地中美術館へ行く。

 モネの部屋と再会。
 白い壁と床に包まれて、幸せな気持ちに。

 佐々木さん一行と高松に渡り、
佐々木さんお勧めの寿司屋「亀太郎」へ。
 NTT出版の牧野彰久さんも合流し、
仕事の催促をびしっと受けた。

 AOCというこれまた佐々木さん
お勧めのワインバーへ。
 美味しかったが、ついうとうととした。

 高松のバーでの睡眠は甘かった。
 睡蓮の夢を見たかもしれない。

1月 22, 2006 at 08:41 午前 |

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コメント

地中トークでのお話は、茂木さんという木に成っているオレンジの実のいくつかを、ぎゅぅーっとしぼった液体みたいに濃くてフレッシュで、ちょっと苦味もあるその味を、忘れないでおこうと思いました。
ご自身の姿勢を語られていたことも非常に印象的でした。ありがとうございました。

一つ疑問に思ったことがあるのですが、会場の書籍販売で1種類だけ販売されていた茂木さんの著書が、「脳と創造性」でした。何か理由があるんでしょうか?

投稿: 西永 昌代 | 2006/01/22 20:51:49

睡蓮の夢・・・を見たとしたら

純粋に仏教徒とはいえない私でも、あの世の美しさをイメージしてしまいそうですが

西洋の方は、そこに天国をイメージするのでしょうか?

などと、話が飛んでしまいそうですが

私も最近夢を見ない代わりに

茂木先生の発した言葉が、朝起きたときによく浮かびます。

私自身は若いころに、短い期間、居士林での土日の座禅会で、座ったことがあります。

その時にわかったことは、よくもまあ、こんなにあれこれ雑念というものが
後から後からわいてくるものだ!ということだけだったような気もしますが

その後も、お寺の和尚様と親しくお話をさせていただくことがあるので

修行僧の公案って、こういう風なことと似ているのかしら、と思いました。

あんまり私が、何かに熱中しすぎると
夫が、じょうずに(?)ブレーキをかけてくれているのかもしれないと
ふと思い当たりました。

夫と結婚したのも、そのお寺がご縁だったと言いますが

縁とは、本当に不思議な言い方で
科学で説明のできる日が来るのか来ないのか・・・

また、話が飛躍してしまいました・・・すみません・・・

投稿: | 2006/01/22 12:19:42

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