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2005/12/15

複雑さの中にやがて顕れるプラトン的完全さ

京大の百周年時計台記念館を
を訪れるのは初めてだったが、
美しい建物だった。

 Journal of Consciousness Studies
のEditor-in-chiefのJoseph Goguenが
来ているということで、
 久しぶりに物理的時間と心理的時間の
間の関係を議論した。
 相互作用同時性、
志向的同時性、感覚的同時性といった
問題。

 今私が死んでしまったら、
残るのは反応選択性の概念に
対してマッハの原理を提案したことと、
 同時性概念を提案したことに
なるんじゃないかと思う。

 しかし、それからの一歩が難しい。

 現在はまだニューロンの発火と相互作用を
現象論的に扱っているだけであって、
 本来、突きつめていけば、細胞内の生理作用
の全てを最終的には支える光子の世界線に
おける相対論的同時性に行き着くはずだ。
 相対論的同時性と、ニューロンの世界の
現象論的同時性がどのように関係するか。

 このパズルは、時々考えてみるのだが、
とてつもなく難しい。
 しかし、その奇妙な複雑さの中に、
プラトン的完全さを秘めたクオリアは
棲んでいるのだ。

 ワークショップに参加した
 他の方々は、ITにおける
システム論的な問題をマックス・ウェーバー
などを援用して社会学的に議論する、
というようなアプローチであり、
 それはそれで大変面白い
テーマであるように思われた。

 ITの発展による情報環境の急激な
変化が社会に与えるインパクトをどう
考えるか、という問題を離れた
 社会学におけるアクチュアルな
問題はないのだろう。
 アカデミズムの中に、それに
対応する一大産業が生まれることも
当然の次代の流れであるように
思われた。

 Josephといろいろ話す。
クリスマスまで東京にいるというので、
また会う機会があれば良いのだけれども。

 大阪の国立国際美術館で
「もの派ー再考」 展を見る。

 面白い。好評らしく、パンフレットは売り切れ
だった。
 美術解剖の粟田大輔くんが評論して、
美術手帖で賞をもらった 
 榎倉康二の「二つのしみ」が良かった。

 アートの勉強も終わり、東京へ。
新幹線の中で
 柳川透の論文の手直しをする。
 佐藤雅彦さんの言われるところの
「ステュディオス」だ。

複雑さの中にやがて顕れるプラトン的完全さ
に身を託し、
 むずかしく楽しく生きよう。

12月 15, 2005 at 08:49 午前 |

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コメント

茂木先生の、日記を読ませていただいて

ふと気づいたことがあります。

先生の、脳の中・・・?思考の中の流れが
そのままことばになって、表出していらっしゃるのでしょうね・・・

昨日、私もいつのまにかクリシュナ・ムルティにたどり着いていたように…

私の未熟さゆえなのかもしれませんが
私は、“・…”のなかにある自分の思いや考えを
言葉にすることがなかなかできなくて

もしかしたら、それはことばにはならない
言葉にする必要のないもの、なのかもまだ良くわかりません。

ただ、先生のお話を伺っていて

先生には、ぜひ先生の中にある“真理”を、

どんな一面でも良いので切り出して
私のような(ある意味で普通の)人たちに
わかりやすく見せていただけることを

ほんとうに期待しております!!

投稿: | 2005/12/16 6:57:02

今回のエントリーを読んで、複雑奇妙で、解くのが難儀なパズルのような、ニューロンの作用と脳細胞内の生理的作用とが生み出す現象などから、クオリアの生まれる起源を見出そうとする茂木さんの姿勢を垣間見ることが出来た(若し違っていたらお許しを)。

いろいろなメディアと付き合いつつ、それでもご自身のライフワークを見失わずに、先へ先へと歩んで行かれる茂木さんを思う時、私も自らの「なりたいもの」を見失う事無く、壁を撃ち破りながら、前へ前へと進んで行くべきだとの思いを新たにせざるを得なかった。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/12/16 0:14:16

 以前、「物質の伝達は相対論的拘束を受けるため、光速を超えることは無いが、『情報』という物質ではないものは、光速を超えて伝達(或いは共有)出来るのではないか?」と考えたことがありますが、物質的に確認されるまで、その『情報』は『予測』でしかなく、100%の『予測』が実現しない限り、『情報』も光速を超えて伝達することは無いという結論に達しました。

投稿: | 2005/12/15 22:18:47

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