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2005/12/05

脳の中の人生 「脳化社会」の思わぬ弊害

ヨミウリ・ウィークリー
2005年12月18日号
(2005年12月5日発売)
茂木健一郎  脳の中の人生 第81回

「脳化社会」の思わぬ弊害

一部引用

 報じられる運転士の行動には、いささか軽率な側面がないとは言えない。しかし、扉を開けたら入ってきてしゃがみ込んで泣きだしてしまったという長男の行為自体には、服務規程違反も何もありはしない。ただ、言うことを聞かない子どもがごくありふれたふるまいをしたというだけの話である。それを、大人たちが決めたルールに従えというのは、子どもの領分というものを考えない、脳が考えた通りに世界が動くと思いこむ現代の「脳化社会」の悪い癖である。
 子どもは大人の脳がつくりだした「人工」よりも「自然」に近い。自然にオレたちの言うとおりにしろ、と要求しても、それは所詮無理な話なのである。
 今回の事件は、しばらく前に回転ドアで子どもが亡くなった痛ましい事故に通じる側面がある。あの時、子どもが走り込まないように注意していない大人が悪い、という意見があった。そのような意見を表明できる人は、元気な子どもがいかに勢いよく走り回るものか、見たことがないに違いない。生まれた時から、人間はルールを守り秩序正しく行動するとでも言うような、フィクションの世界に生きているのだろう。

全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。

http://info.yomiuri.co.jp/mag/yw/

12月 5, 2005 at 06:14 午前 |

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コメント

私の反論にようやく反論してきましたな。
よろしい、ならばこちらも反論しましょう。
>子供は、大人の都合(ここでは都合としておきましょう。どうやら、ここでは子供は神様扱いのようですから。)で作られた社会で生きています。そうである以上、そこのルールを守らなくてはいけない。破ったら、罰される。
大人といえども、その都合で作られた社会のルールを平気で破っている者が居るではないか。破ったら罰せられるのは大人も同じである。子供に大人の社会のルールを守らせたいのであれば、まず、全ての大人が子供の範となるような行動をとることから始めるべきだと思うがどうか。
私は別に何でも子供の当たり前を許す事は良いことだ、などとは言ってはいない。また、こどものやっていることは当たり前だから何をやってもOKなどとは思ってもいない。今の社会を見るがいい。大人が作った社会のルールを、その大人自身が破っている事実が最近多くなっている。そのことについて、何も思わないのか。破廉恥警官、破廉恥教師、そして幼い子供を平気で虐待する親…。これらの人間が大人社会のルールを守っていると言えるのか。むしろルールを守ろうとしない子供と、これらのアホな大人たちは一緒ではないか。
大人が自ら作った社会の規範を、その大人自身が破っていることについて、貴殿はなにも答えていない。答えるどころか、永久に決着がつかない、どれが絶対に正しいなんていえない、などといって逃げを打っているではないか。
もう一度言わせてもらう。
子供に大人社会のルールをきちっと守らせたいと思うのなら、まずその大人自身が子供に恥ずかしくないくらいの範を示すべきではないのか。
以上

投稿: 銀鏡反応 | 2005/12/11 19:40:14

自然にオレたちの言うとおりにしろ、と要求しても、それは所詮無理な話なのである
↑こういうのを、責任放棄というのだろう。

生まれた時から、人間はルールを守り秩序正しく行動するとでも言うような、フィクションの世界に生きているのだろう。
↑この考えこそ、フィクションの世界の話では?


さてさて、やはり銀鏡反応さんは反応してきましたねw
あなたが、茂木氏の主張のほうが正しいと思うとしても、それで?
あなたの正しいと思う事は、正論だと?
あ~、勿論、茂木氏の主張する事は全て正論、とは思ってないよね?

子供が大人のいいなりにはならないのは当たり前だ。

出ましたw
「~ならないのは当たり前だ。」←定番ですね。
一体何が当たり前なんですか?
仮に当たり前だとして、当たり前だから、何をしてもOK?

例題:人は眠るのは当たり前。だから、居眠り運転してもOK。

今回の騒動は、運転手側の責任が問われた訳です。情状酌量も恐らく無く、結果、クビになりました。これは「当たり前」です。
しかし、子供は、大人の都合(ここは都合としておきましょう。どうやら、ここでは子供は神様扱いのようですから。)で創られた社会で生きています。そうである以上、そこのルールを守らなくてはいけない。破ったら、罰される。
子供の当たり前と、禁止されている事・罰する事は別問題です。
子供の当たり前全てを罰せよ、と言っているのではなく、逆に、子供の当たり前全てを許せ、とも言っているのではない。
子供の当たり前を何でも許す事は良いのか、と言っているのである。
それと、この議論は、決着がつかないだろうね。
どれが、絶対に正しいなんて言えないんだから。

投稿: | 2005/12/11 16:38:05

↑問題や論点を摩り替えているのは、あなたのほうではないですか。
茂木氏の主張のほうが正しいと、私は思う。
子供が大人のいいなりにはならないのは当たり前だ。何をか言わんやである。
子供に核兵器のボタンを押させないようにしたかったら、核兵器がいかに恐ろしいものかを
キチンと子供達に教育するべきだと思うがいかがであろう。
あなたは、子供が外で自由に遊び回るのをあまり観たことがないか、またそういう子供に対して、自分達の思う通りに動くように管理したいという考えの持ち主なのではありませんか。
あなたのこのコメントの方が見ていて見苦しいと思う。あなたこそ反省すべきであろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/12/10 16:48:07

失礼ながら、指摘させて頂く。
今まで色々と、茂木氏の意見を読ませてもらったが、どうも、論理に欠如が見られるようである。
先ず、
長男の行為自体には、服務規程違反も何もありはしない。

服務規程違反の論点を捉えましょう。
子供が核ミサイル発射ボタンをいじっても、OKですかw

ただ、言うことを聞かない子どもがごくありふれたふるまいをしたというだけの話である。

これは問題のすり替えである。
ごくありふれた振る舞いをしたから、何であるか?問題はきちんと捉えましょう。

そもそも、この茂木氏の論理だと、「ただ、言うことを聞かない子ども」がごくありふれたふるまいは、結果がどうであれ全て良し!という事になってしまう。子供は、「神様」かw

子どもは大人の脳がつくりだした「人工」よりも「自然」に近い。自然にオレたちの言うとおりにしろ、と要求しても、それは所詮無理な話なのである。

これも、問題のすり替え。
茂木氏は、問題のすり替え、論点のすり替えが多いように思える。
見ていて見苦しい(不快ともいえる)ので、今後は注意されたし…。

投稿: | 2005/12/10 12:36:48

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