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2005/12/18

反神学の神学

六本木ヒルズのアカデミーヒルズで
行われた
東京大学先端科学技術研究センター
「安全・安心な社会を実現する科学技術人材養成」
のジャーナリストコースで
脳科学の話をする。
 私と、東大情報学環の林香里さんが
話した。

 どこにも告知していなかったのに、
知り合いの顔が沢山いる。
 筑摩書房の増田健史、
青土社の今岡雅依子さん
 中央公論新社の岡田健吾さん
 様々な新聞社や、
出版社に通知がいったのだろう。

 終わったあと、すぐに出る
予定だったのだが、
 林さんの話が面白そうだったので、
聴きながら仕事をした。

 終えると、もう5時過ぎである。
 またもや、杉本博司展を見ることが
できなかった。
 急いでオペラシティに向かう。
 池上高志から、渋谷慶一郎とつくった
インスタレーションが6時までしか
見られないと聞いていたからだ。

 驚いたことに、もう対談を待つ行列が出来ていた。
特別な日になる予感がした。

 インスタレーションは、よく
作り込まれていた。
 ケースに反射したイメージが美しい。
 透明感のある平面の上に展開する
イメージと、その背後にプロジェクト
された映像との関係が、宇宙的
スケールを綺麗にコンパクト化した
感覚がある。

 池上高志は、このところの
ハードワークで、疲れた様子。
あまり眠っていないのだという。
 心配になる。

 楽しみにしていた高橋悠治さんとの
対談。
 しかし、これは大変なことになった。
 すれ違いに終わったように思うが、
面白かった。

 制作者は、よく、「美」なんて関係ない、
面白いものをつくっているだけだ、
というが、
 それは、運動系の感覚の固有のもの言いだろう。
 それに評論家的「美の殿堂」が揶揄的に
対置されるのだが、
 そのような二極化の構図自体が
無効なのではないか、
 反神学のスローガンの下に攻撃される
偶像自体が、それほど気楽なものでも、
 凝り固まったものでもなく、
 その固有の運動学をもつものではないか。
 
 そのことを、高橋さんにわかって
いただきたかった。

 高橋さんは小林秀雄の「モオツァルト」
を批判したことで知られている。
 しかし、小林秀雄だって、
言葉を並べる行為においては芸術家
だったわけであり、
 それが、たまたま「モオツァルト」
という作曲家の「評論」という体裁を
とっているからといって、
それで油断してしまってはいけないんじゃないか。

 これは素朴な疑問なのだが、
日本の制作者はしばしば「おもしろいから
つくっているだけですよ」と言って、
一切の審美的ジャッジメントをすることを
揶揄的に否定することがある。
 しかし、ヨーロッパの制作者が
そのようなもの言いをするのを聞いたことはない。
 制作者が、事実上ある審美的ジャッジメント
をするのは当然のことであって、 
 そのことと、ものをつくるプロセスに
おいて偶有的おもしろさが支配的である
こと(それ自体は別に音楽や科学だけじゃなくて、
どんな生産の現場においても当たり前のことだが)
は別の話なんじゃないか。

 小林秀雄は、審美者と制作者が
一人の人間の中に共存した希有な事例であると
思う。
 音をならべるんじゃなくて、文字をならべるんだよ。
 そんなことは、「無常といふ事」や
「当麻」を読めばすぐわかるだろう。

 つくって面白いもんが、
最後にどうなるかはわからない。
 その、偶有性を引き受けて生きることと、
 この上なく美しいもに感謝することは
両立することだと思う。

 池上高志や渋谷慶一郎、鈴木健らと
ビールを飲みながら振り返る。

 池上は、「対談というものは、相手から
面白い話を引き出すという「共創」の
プロセスであって、高橋さんのような
言い方をしてしまうと、茂木の一番面白い
ところが引き出せなくてひどいじゃないか、
と言おうと思ったけれども、今日は
いちおう主催者だったから、やめた」
と言ってくれた。
 その気持ちは有り難いが、
面白い話は出るには出たんだと思う。

 ただ、高橋さんに伝えたいことが
伝わらなかったことが、寂しかった。

 反神学をつきつめてしまうと、そこには
ある種の寂しさが出てくるんだと思う。
 なぜって、生きることは、ある種の
神話なしには成り立ち得ないから。
 愛が典型だし、どんなにみっともなくても
神話なしでは人間はいられない。

 しばしば、攻撃される神学側の方が
生き物のなまなましさを漂わせている
のはそのためだろう。
 攻撃するのはかっこいいが、
攻撃される側だってそんなに気楽なわけじゃない。 

 いずれにせよ、
 対談をアレンジしてくれて、
 いろいろ考えるきっかけを与えてくれた、
渋谷慶一郎、ありがとう。
 高橋さん、またお会いしてお話できればと
思います。

12月 18, 2005 at 09:25 午前 |

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» 【達意】『モオツァルト・無常という事』/小林秀雄 トラックバック Augustrait
疾走する哀しみ  小林秀雄(1902-1983)が「モオツァルト」を雑誌「創元」に発表したのは、1946年のことだった。敗戦の翌年である。小林の執筆活動は、この頃過渡期を迎えていた。1944年に中国大陸から帰国後、ほとんど何も書かずに過ごしている。その唯一の例外は、1943年の評論「梅原龍三郎」だった。  以後、沈黙を守り続けたのだが、「当麻」「無常といふ事」「徒然草」に代表されるような、日本を見つめなおす�... [続きを読む]

受信: 2005/12/23 22:14:35

コメント

残念ながら、対談の音声がうちのPCでは対応できないみたいで・・・

内容はわかりませんが、みなさんのコメントからして

“感情と個人差”にもあった多様性ということではかたづけられない、
物足りないような、不完全燃焼みたいなものがあるんでしょうか?

私の場合、目の前に現れた「苦手な人物」や不得意分野は

ある意味で、今の自分に与えられた課題かしら?と思うことがあります。

自分の見方の偏りや
逆に、自分がほんとうに大切にしているものや
私は、他の人がどう言おうと、これが好きなんだ、
ということを気づかせてくれるチャンスかもしれないと
考えてみたら、どうでしょうか?

まぁ、そんなふうに切り替えられるようになったのは

私の場合、ごく最近なんですけれど…

これって、のんき過ぎるコメントだったら
ごめんなさい!です…

投稿: | 2005/12/19 17:37:53

音声ファイルで聴きました。茂木さんに対する高橋さんのいじわるな反応に、この対談はどうなっていくのだろうかと、一種の緊張を覚えながら聴きました。私が学生のころ、毎日のように、指導教官に怒られていた時にも似たような感じがしました。
こういうのも、なんらかのクオリアなんでしょうね。

以下感想です。
高橋さんの主張は、西洋近代主義に対するアンチテーゼだと思うのですが、そればかりに固執すると結局、西洋近代主義を信奉してしまうのと、同じになってしまうのではないかと思いました。つまり、あるものに対して、「にくい、にくい!」といっている人は、その「にくい」ということが、実は生きがいになっちゃてるところがあると思うのです。だから、にくい対象がなくなっちゃうと、生きるはりあいを失っちゃうというか、結果的に、にくい対象にひどく依存していることになると思うのです。それでは、あまりにもつまんないので、
個人的には「それもいいかもしんないけど、僕はこれがいいと思うんだ」という姿勢がいいと思っています。他を認めつつ、私はこれで行くっていう決意といいますか、それが多様性ってもんだし、金子みすずじゃないけど「みんなちがって、みんないい」ってことじゃないでしょうか。

あと、何かにつけて原理主義というものには思考停止がつきものなのかなぁという気がしました。

投稿: | 2005/12/18 23:52:08

話しのズレや、話しの伝わらないもどかしさや、その緊張や不協和音のようなものがまたある種の音楽のようにも感じられる昨日の空間でした。

投稿: | 2005/12/18 14:18:35

こっちの伝えたいことが相手に伝わらないなんて、やっぱり寂しいですね。しかし、こっちの思いを相手が分かってもらえる日は必ず来ると思います。もう一度、高橋さんとの対談の機会が持てると良いですね。

今回のエントリーを読んで思ったのですが、日本の芸術家って、茂木さんのおっしゃっているような審美的ジャッジメントなんかしない人が多いみたいですね。

>つくって面白いもんが、最後にどうなるかはわからない。
>その、偶有性を引き受けて生きることと、この上もなく美しいものに感謝することは両立することだと思う。

面白いからつくったものが、世間に受け入れられるかどうかは二次的問題だとしても、美しいものに感謝し、愛する心と偶有的なこの人生を
生きてゆくことは両立しているはず。それがわからない人がこの世間には案外多いのかもしれない。

生きるってことは畢竟、ある種の「神話」、そして「愛」がなくては結局成り立たない。それを知ってか知らずか、あれやこれやと「神学」側を攻撃する「反神学」的立場の人達の人生は寂しいものなのに違いない。攻撃しているほうはかっこいい!と思っているだろうけれども。

たとえどんなにみっともなくても、「反神学」の立場からどんなに突っつかれても、人は、誰でも「愛」と「神話」を元手に、強く生き抜かなければならないのだと思う。
だから茂木さんも頑張って強くあってほしいと思います。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/12/18 13:03:47

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