サンタクロースはいるのか?
あすへの話題 サンタクロースはいるのか?
(最終回)
茂木健一郎
歳末のこの季節は何となく慌ただしい。「年末進行」に追われ、忘年会をはしごしているうちに、いつの間にかクリスマスが近づいてくる。
数年前の今頃、私は空港のレストランにいた。となりの席に五歳くらいの女の子がいて、妹に話しかけていた。
「ねえ、サンタさんていると思う? 私はねえ、こう思うんだ・・・」
その一言を聞いた瞬間、人間にとって「仮想」が持つ意味に思い至り、私は思わずはっとした。
子供にとってのサンタクロースの真実は、それがこの現実の世界に存在するかどうかで左右されるのではない。一年に一回、自分に無償の愛を注いでくれる人がいる。そのような仮想の切実さこそが、子供の心に訴えかける。
目の前にでっぷりと太った赤服の男を連れてきて、ほら、これがサンタだよ、と言っても何の証明にもならない。現実には存在せず、しかし目を閉じればありありと見える仮想だからこそ、サンタクロースは私たちの心の中に居場所を持つ。そのような思いを基に、私は『脳と仮想』という本を書いた。
イギリスに留学している時、クリスマスが「善意の季節」と呼ばれることを知った。普段は厳しい競争社会の中で懸命に生きている大人たちも、この季節だけは童心に返り、周囲の全ての人たちに対して善意のまなざしを向ける。寒空の下、人々の心は暖かく燃え上がる。
現実が時に厳しいからこそ、サンタクロースは必要とされる。人の心の優しさを象徴する姿が遠方から近づいてくる。その仮想の由来するところに思いをはせ、しみじみとこの季節を楽しみたいと思う。
(日本経済新聞2005年12月22日夕刊掲載)
12月 23, 2005 at 10:35 午前 | Permalink
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コメント
茂木先生の
透明な多面体をした心のプリズムから
やさしくて温かい波動が光となって
心地よい響きをもった言葉として、放たれている・・・
私には、そんな光景が見えるような気がします。
とても素敵な文章に、しばし、浸らせていただきました…
投稿: TOMOはは | 2005/12/24 11:53:50