保坂和志 東京芸術大学講義
12月 16, 2005 at 08:05 午前 | Permalink
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コメント
この講義聴くの2回目で、今2回目聞き終わった時に気づいたんですが、一番最後、この講義の一番最後に「よし!」って声が入っていて、テープ(?)が切れて、その瞬間、はっ!としました。かなり入り込んで聞いていたので、自分が聞いている最中の心の状況というか、心境というか、立場というかについては全く意識してなくて、ふつう何かに入り込んでいるときには自分というものが希薄になっていて、例えば何かを聞いている時にはその聞いている耳そのものになっていますね?それがその「よし!」で、講義している世界の次元よりもすこしこちら側に近い次元から講義の最中ずっと伴走して自分と一緒に講義を聞いていた人が、急に現れたみたいな感じがして、で、その表れかたというのが、暗闇からではないし、背後からでもなく本当に違う次元から現れたっていう感じがして、余計にはっ!というかギョ!というかしました。これって小島信夫ですよね。
万が一保坂さんに質問することができたらなにを質問しようか?っていうのを考えるの、たまにやるのですが、なかなか良いのがでてこなくて、今のところ「この世界は今後どうなっていくと思いますか?それと「思う」のとは別に、実際の所はどうなっちゃいますか?」ってのに落ち着いてるんですが、これもどうもなあ。前者は肯定的、後者は否定的な答えを期待しちゃってる自分がいて、かなりイマイチなので引き続き考えたいと思っています。このなにか「聞くべきこと」を考える行為はきっと詩にして「言うべきこと」を考える詩人と同じなのかなあと今思いました。
投稿: オオハシ | 2008/05/31 17:27:05