« 脳の中の人生 いざという時に何をすべきか | トップページ | 夢の赤と »

2005/11/28

Relentlessと夢

夜遅くまで飲んでいたりするものだから、
風邪が悪化して、
 一日中寝転がっていた。

 明け方、ロンドンの郊外に紛れ込む
を見た。

 二つのことで連想されたのかもしれない。
 一つは、先日駒場祭で文藝春秋の山田憲和さん
と話した時、
 『クオリア降臨』の影のテーマがBBCだという
話になったこと。
 BBCの凄みが、要所に引用されているというのだ。

 もう一つは、土曜の夜の白洲信哉との会話。
 彼は日本の美意識を愛する一方で
アングロサクソンの凄さも知っているわけで、
 ロンドン、ケンブリッジは私と共通の体験。
 祖父の白洲次郎さんもケンブリッジにいたわけだから、
単に日本が良いと言っているわけではない。

 他者を知らないと自分も知ることはできない。

 一日大人しくしていたから、
 今は大分良い。午前4時。
こんな時間に起きているのも、
やることがあるからである。

 体調が悪い時はそれなりに
考えることがある。
 先日の朝日カルチャーセンターの
池田雅延さんの話(小林秀雄について)
から受けたインスピレーションの
一つは、
 仮想空間の中で自分がどちらの
方向へ行くべきかということを
容赦なく追求するという生き方だった。

 目を閉じて、見える「こっちの方へ行くべきだ」
ということを妥協なしに行うことを
実行するということである。

 もっとも、それは一つの理想であって、
実際にはつきあいというものも
あるし、世間の側の都合というものもあるし、
100%ピュアにはいかない。
 しかも、そのようなノイズがセレンディピティの
源になったりする。

 自己の直感を追うことと、他者との折衝の
都合に合わせることの
 バランスは、強化学習における
exploitationとexplorationの間の
関係に似ているのではないか。

 それでも、肉食獣のごとく、relentless
にそれを追求するというメタファーは
私に気に入った。

 ロンドンの夢はおそらくそのことに
関係しているらしい。

 まだ夜の底は白くならない。

11月 28, 2005 at 04:09 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Relentlessと夢:

» ゆーめいせいあいあむはどりーまー♪ トラックバック SHINGO IWATA "before start-up"
2005年12月1日、日経新聞夕刊、あすへの話題 by 茂木 健一郎 先生。 お題は「夢と向き合って生きる」 夢 この記事での夢は、寝ている間に見る夢。 寝ている間だろうと起きている間であろうと、人間の生というものが脳の記憶であると考えれば、夢は「人生の体験の一...... [続きを読む]

受信: 2005/12/02 2:04:29

コメント

素敵な夢、を ありが、と、ござ、いま、した。最新脳気にわーぁい、なんだけど眠いからおやすみなさい。よい夢がみれますよーに。じゃ、また☆彡

投稿: 東次郎 | 2005/11/30 19:09:16

風邪が早く良くなるといいですね。
やはり、医師の診断をなるべく早めに仰いだほうがよさそうです。(何度も言うようで本当にすみません)

茂木さんはロンドンの郊外に紛れこむ夢を御覧になったそうですが、私の場合、以前、深川は東陽町あたりのだだっ広い交差点を、あたかも宙を飛ぶように歩いていたら、虹の輪が二重になって眼前に現れた夢を見ました。虹は幾ら追いかけても、目の前から消えず、そのうち意識がうすれて、しばらくしたら目が醒めました。
茂木さんが夢の中で見たロンドンの光景はどんなだったのでしょうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/11/28 18:11:29

わたしは、無数の鳥と海岸と浜辺にある緑っぽい色の本のうえに子供がかいたような字でぴーたーぐりーなうぇいというようなことがかいてあるような夢を、1年ほど?前にみて、それからググッたら
a walk through Hという映画が実際にあってそのイメージに一致したのでさがしてたんですが、アマゾンにはそれが入った短編集があったんですが、ニート?には不相応な値段だったためまだ見てません。*おねだりではありません。

投稿: Y | 2005/11/28 11:18:41

ロンドンのsuburbiaの夢の話、ちょっと泣きそうになりながらよみました。でも、セレンディピティという言葉はなんだかセレブみたいであんまり好きません。ウラヤマシーわけでもないとおもいます。セレブリティになんか、なりたいようで絶対なってたまるもんかとおもうわけです。

投稿: Y | 2005/11/28 9:56:30

コメントを書く