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2005/11/26

あすへの話題 ウォーホルと宝船

あすへの話題 ウォーホルと宝船

茂木健一郎

 先日、美術評論家の布施英利さんと福島県のいわき市立美術館を訪れ、ワークショップをした。その際に見たアンディ・ウォーホルの『フラワー』が忘れられない。二時間ずっと見ていたが、飽きることがなかった。当初賛否両論があった「ポップ・アート」も、今では「美の殿堂」入りを果たしたのだなあと感嘆した。
 その夜、地元の寿司屋に行き懇談した。壁に有名人の色紙が貼られ、宝船の置物が飾られていた。よく見る光景だが、ウォーホルに比べるとあか抜けていないように感じられた。
 ウォーホルと宝船の運命を分けたものは何か? もともと、この世に絶対的な美の基準など存在しない。美人の基準は時代とともに変化する。美は、脳の中の記憶と感情のシステムが複雑に絡み合って、長い時間をかけてゆっくりと作り上げられる「フィクション」なのである。
 そのフィクションの世界で、あるものがあたかも絶対的な地位を持つように感じられるに至る。フェルメールの絵や、モナリザがそうである。何が殿堂入りするのか、神様が決めた基準があるわけではない。ウォーホルの代わりに宝船が輝く世界もあったに違いない。
 グローバリズムの嵐が吹き荒れる中、美の基準もまたグローバル化している。その中で、美の勝ち組、負け組がどうしても出てくる。価値は平等だとは言っても、「中心」と「周縁」の差は生まれる。
 大切なのは、美の基準は変化し得ると認識することだろう。誰もが「勝ち組」や「中心」に走ってはつまらない。宝船の方に賭ける人がいて、初めて文化の多様性もダイナミズムも保たれる。

(日本経済新聞2005年11月24日夕刊掲載)

11月 26, 2005 at 08:29 午前 |

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最近、茂木さんのブログ「茂木健一郎 クオリア日記」をよく訪問させていただいている。 きょうは「美は、脳の中の記憶と感情のシステムが複雑に絡み合って、長い時間をかけてゆっくりと作り上げられる『フィクション』なのである。そのフィクションの世界で、あるものがあ....... [続きを読む]

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コメント

では、いつか、フェルメールやモナリザの地位が崩れる時代が来るのでしょうか?

投稿: cosmos | 2005/11/26 20:16:41

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