脳の中の人生 「バカの壁ハウス」訪問記
「バカの壁ハウス」訪問記
ヨミウリ・ウィークリー
2005年11月 27日号
(2005年11月14日発売)
茂木健一郎 脳の中の人生 第78回
「バカの壁ハウス」訪問記
一部引用
しばしば、世間では一番良い場所はその家の主人が取るという。養老さんが何を何を偉いと考えているか、母屋の設計で伝わってくる。
功成り名遂げた人が自分の銅像をつくらせることが別に悪いとは思わない。しかし、養老さんのように自然を愛する科学者は、何が一番大切なものか、よく判っている。それはもちろん自分ではなく、世間でもなく、学会などでもない。一番大事なのは自然に決まっており、その秘密を解き明かすためには、自然の「標本」に謙虚になって向き合わなければならない。
養老さんがここのところゾウムシを調べているということは知っていたが、標本はあらゆる甲虫類を網羅していた。始められたのは、小学校4年生の時だという。それ以来、東大医学部のお仕事ももちろんあったが、長きにわたって標本作りを続けられてきた。
それだけ長い間自然の「標本」に向き合わなければ見えてこないことがある。それでも判らないことなど、沢山ある。自然は奥深く、その前では人為は空しい。そんな養老さんの哲学が、木目が美しく生かされた家の前に立つとじんわりと伝わってきた。
帰り際、養老さんは、秋が深まり葉が色づき始めた木の前でふと足を止められて「いやあ、茂木君、人生は短いのにね」と言われた。
全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。
11月 13, 2005 at 06:24 午後 | Permalink
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コメント
「自然は奥深く、人為は空しい。」
人間の行為など自然の奥深さの前にはささやかなもので、とても敵わない。
人間は自然の一部でしかない。自然を「征服」しようとすれば、必ず大きなしっぺ返しがくる。
養老さんが、自然と謙虚に向き合っておられるのは、その意味で人として、正しい選択なのに相違ない。
なぜなら人間は自然の産物なのだから。
投稿: 銀鏡反応 | 2005/11/13 20:38:23
セレンディビティのはなし読みました。
そんな能力が欲しいものですね。
どうしたら身に付くものでしょうか?
わけあって1年余りつらい生活を強いられているのですが、養老先生の出演されている番組を見たことがあります。
お部屋に昆虫採取の標本があったり、医者なのタバコ吸うとか。。
文中の「自然は奥深く、その前では人為は空しい」というフレーズがなにか、今の私に染み渡る響きがあって感慨深いです。
ひとつ質問なのですが、誰かと誰かが似ているというような、脳内処理はどのように行われるのでしょうか?
そして人的属性とも言われる、以前先生がおっしゃっていた人的モードと呼ばれるものは、その人物の外的要因と性格的要因とどちらが優先されるものなのでしょうか?
計算機で処理するとどれぐらいのデータ量になるものですか(^^)
投稿: 佐々木裕伸 | 2005/11/13 18:59:04