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2005/10/02

サイエンスという文脈

京都から大阪に移動。
 新快速に乗っていると、関西人に
なった気分になってくる。

 千里中央のライフサイエンスセンターへ。
 JST(独立行政法人科学技術振興機構)
主催の「ナノとバイオの融合」
のワークショップ。
 大阪大学の柳田敏雄さんのお誘いで参加した。
 柳田さんが総合コーディネーターで、
私と相田卓三さん、柴田直さん、難波啓一さんが
サブコーディネーター

 まず、16名の参加者が5分ずつプレゼン
する。
 様々な視点からのアイデアを聞くのは
面白い!
 池上高志や、谷藤学さん(理化学研究所)、
伊庭斉志さん(東京大学)といった親しい顔も。
 田谷文彦も参加。
 
 全体で議論。
 私はナノ・レベルのノイズがいかに構造化されるか
という問題を中心に議論した。
 柳田先生が例によってやわらかい
口調でしかし毅然と仕切っていく。

 会議は、午後9時過ぎまで続く。
よく働いた! なり。

 伊庭さんや林崎良英さん(理化学研究所)
とバーで飲んだ後、
 自分の部屋で池上、田谷とワインを飲む。
 
 池上と一緒にいると、「相互作用のハミルトニアン」
で妙なモードに引き込まれていって、
 それがとても面白い。
 お互いくだらない冗談を言い合って、
からからと笑っている。

 池上とお互いに確認したのは、
「おれたち、一つの文脈の中にいると飽きちゃうんだ
よな!」
 ということ。
 複数の文脈の間をいったりきたりしたり、
あるいは自分のいる文脈をメタな視点から
見ている時が、一番楽しい。 
 そして、それが最も創造的なことなのでは
ないかとも思う。

 サイエンスという文脈をディープに満喫し、
その後池上高志とはじけた。
 幸せな一日だった。

10月 2, 2005 at 07:52 午前 |

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コメント

「一つの文脈の中にいると飽きちゃう」、というのは、ある文脈を突き抜けた人だけが言えるハイレベルな言葉なんだろう、と思って見させて頂きました。全く、個人的な意見で申し訳ありませんが、当事者として深く、一つの世界に潜り込んで、何かを掴んだ時に、より、深い場所に到達するためには、他の文脈からヒントを掴める可能性が高いという事なのでしょうか。
私は最近、小林秀雄の小文「美を求める心」というのを何度も読み返しているのですが、そこの一節に「花を黙って見続けていれば、花は諸君に嘗て見た事もなかったような美しさを限りなく明かすでしょう。・・・」という部分がありました。
「飽きる」という言葉の中には、期間的なものや、その物自体が深みがあるものなのか否か
の意味もあるのでしょうが、でも、深く学んだ人達から、こういう言葉が出るというのは、すごいと感じました。

投稿: | 2005/10/06 11:48:52

今晩は。
いまごろは、茂木先生はいまだ恐山にいらっしゃるのでしょう。

「イタコ」の存在は、物事の本質を突き詰めて探求する科学者であられる先生から見れば、どんなものに見えるのでしょう。

あっちこっちの文脈を行ったり来たりするのは普通の人間である私達にとっても、創造的で有意義で、楽しいものです。

10/9の講演には行く予定です。先生の勇姿を是非とも生で見たい!です。ハイ

投稿: 銀鏡反応 | 2005/10/05 19:05:32

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