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2005/10/28

切り株と頭

午前、研究所の運営会議。
 気合いが入った。

 経済物理学の高安秀樹さんと、
懸案のスケジュールについて詰める。

 関根崇泰(博士2年)、柳川透(博士3年)
とランチ・ミーティング。
 お気楽な話題で盛り上がるが、
 このような時間をどれくらい持てるかが
つまりは大学院ということなのではないか。
 研究はもちろん、
 「楽しかった」という思い出を
残してやりたい。

 東京芸術大学に移動。
 後期初めての授業である。

 大浦食堂の前を歩いていると、
向こうから蓮沼昌宏がカメラを
担いでやってくる。

 「おお、蓮沼! 今日、内藤礼さんが
杉原信幸の作品見に来るってさ。どこにあるの?」
 「あの、森の中にいます。」
 「うん?」
 「杉ちゃん、森の中に埋まっています。」
 「あれれ?」

 件(くだん)の「作品」は、杉原が

「表層の内側2」東京−大邱
東京芸術大学院美術研究科絵画専攻油画第4研究室
大邱カトリック大学大学院絵画科西洋画専攻
研究室間国際交流展
http://www.g-j2.com/


 というイベントに向けて「制作」
したもののはずなのだが、
 「杉ちゃん、森の中に埋まっています。」
とはどういうことか?

 ちょっとわくわくしながら歩いていってみると、
木立の中に木の枝をサークル状に配置した場所が
あって、
 それらに囲まれて、切り株が置いてある。
 
 その切り株の横に少しくぼみがあって、
杉原が頭だけ出していた。
 出していた、といっても、本当は
飛び出てもいなくて、
 要するに地面のレベルよりもやや下に
頭があって、
 顔だけくぼみの斜面から顔をのぞかせている、
というそういう状態だったのである。

 「おーい、杉原、元気かあ? 内藤さん
見に来てくれるってよ!」
と声をかけても、杉原は返事をしない。 
 時折まばたきをしているけれども、
一切声を出さない。
 「作品」は声を出してはいけないらしい。

 うーむ、参ったなあ。
また、杉ちゃんやってくれたよ〜。
 苦しくないかあ、
 地面の中はどうなっているんだあ?
といろいろ聞いても、当然「作品」は返事を
しない。

 心配だったが、授業開始時間に
なったので、
 第3講義室に行き、みんなでイギリスの
コメディを見ながら「批評精神」について
考えた。

 いつもより15分くらい早く授業を
切り上げて、杉原をみんなで見に行った。

 内藤礼さんもいらして、
「きゃあ」と言った。
 日が陰って来て、杉原の顔がよく見えなくなった
ので、
 植田がライトを持ってきた。

 「杉ちゃん、もうそろそろ出てきて
みんなで飲もうよ」と言っている
うちに、
 何人かでわっせわっせと杉原を肩まで
掘り出した。
 ちょっと勢いをつけて持ち上げて
やると、
 杉原が、うんとこしょ、
っとまるでゾンビのように出てきて、
無言でふらふらと美術学部本館の
方に向かって歩いていった。

 誰かが「トイレにいったんじゃないか」
と言っていたが、
 「作品」は一切喋らないという「美学」
を貫きつつ、みんなの前から消えたのだと
思いたい。

杉ちゃんが「地中美術人」から地上の人に
戻ったので、
 何だか一安心。
 東京都美術館の前のいつもの
公園で、植田に買ってきてもらった
ビールやワインを飲んでいると、
杉原がふらふらとやってきた。
 「作品」から「人間」に戻っていて、
ちゃんと喋るし、ビールも飲む。

 「よくやった、乾杯!」と作品から
人間に戻った男をたたえる。

 杉本博司さんが芸大に授業にいらしていたので、
まだその辺ではないかと、
 橋本麻里さんに聞いて、ギャラリー小柳の
小柳敦子さんに連絡する。
 まだ正門のあたりにいらしたので、
植田が迎えにいった。

 ちょうど、六本木ヒルズで大規模な
杉本博司展をやっている。
 オリジナルプリントが、オークションで
2000万の値がつく。
 美術界のVIP登場に、学生たちも
盛り上がる。
 布施英利さんもいらして、美術関係の
濃いミーティングの様相を呈してきた。

 筑摩書房の増田健史も乱入。
 少し肌寒いが、しかし心地よく、
東京都美術館前公園の飲み会の夜は
気持ちよく深度を増していった。
 電通の佐々木厚さんも、いつも
ながらの名調子。

 授業後の上野公園での飲み会は
もはや一つの伝統となりつつ
あるが、
 昼間、芸大に向かって歩きながら思ったことが
ある。
 こういうことは何時までもあると
思っているが、本当は判らない。
 一期一会かもしれない。
 後期は始まったばかりであるが、
 これから寒くなると、外での
飲み会はできなくなる。
 来年、私が芸大の授業を続けられるか
どうかも判らない。
 (他の大学の授業が時間的に
苦しくなっても、芸大だけは最後まで
やりたい! と思っているのだけれども)。
 
 何時までもある、と思っていた
東京都美術館前公園飲み会が、実はあの
時が最後だった、という可能性は常に
あるのであって、
 そういう緊張感を心の底に持って
全てに臨みたいと思う。

それにしても杉原は愛すべきバカである。
60倍の難関を突破して芸大の油絵科に
入って、大学院まで行ってこういうことをしている
んだから、
 そういうのを見られるだけでも、
芸大で授業を持っていて良かったと思う。



杉原信幸 「域」(Zone) 
東京芸術大学構内の森の地面、切り株(画面左)、
杉原の頭部(画面右下)からなるコンポジション
(c)Nobuyuki Sugihara 2005



杉原信幸 「域」(Zone) 部分
(c)Nobuyuki Sugihara 2005

10月 28, 2005 at 08:14 午前 |

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コメント

杉原さんの元気そうな姿をみて安心しました。:-)

投稿: okabes | 2005/10/30 8:09:20

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