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2005/10/29

今、<文学>をどう学ぶか?

日本文学協会第60回大会
2005年10月30日(日) 12時30分〜17時
相模女子大学

青島康文  「教室という場と〈私〉」
高木 信  「「教えられるのか」/「どう学ぶか?」という問題構制」
茂木健一郎  「脳はいかに文学をとらえるか」 

「脳はいかに文学をとらえるか」 要旨

 文学は、言葉によって組み立てられている。それは意味の塊であるようにも思われる。しかし、すぐれた文学作品は、決してどのような意味づけにも回収されない、その作品に接した時のクオリア(感覚質)によって特徴付けられる。ある作品を、精神分析にせよ、構造主義にせよ、記号論にせよ、テクスト論にせよ、ある立場で分析し、文脈付ける試みは、クオリアのピュアさにおいて、作品自体には絶対に負ける。
 極端なことを言えば、文学とは、最初から最後までの文字列が与える印象のことである。むろん、言葉である以上、いわゆる「意味」がその印象形成に介在することは当然である。しかし、そのような言葉の意味を通じて形成される文学作品の印象の中には、それが良質なものであるほど、決して特定の意味には回収され得ないものがある。傑作とは、すなわち、その作品を何度読んでも、十年二十年と向き合っても、汲み尽くせぬクオリアの源泉となるものを言う。特定の意味の体系に置き換えられてしまうものは名作たり得ない。
 ならば、そのような文学作品を分析し、解析しようとする批評が、自らも対抗し得る印象の表出に成功しない限り、常に破れ続ける運命にあるのは当然のことではないか。
(以上、茂木健一郎『クオリア降臨』(仮題、文藝春秋より近刊)から一部改変して抜粋)
 文学が人に与える感動の本質について考察し、脳の中の文学という体験について考えてみたい。

10月 29, 2005 at 02:09 午後 |

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受信: 2005/10/29 16:38:39

コメント

はじめまして。
わたしは相模女子大学に通う学生です。近現代文学を専攻しています。
去年の日本文学協会のシンポジウムに出席していました。去年の話ですみません。
茂木さんの話を聞くまで、退屈だと思って、がっかりしていたのですが、茂木さんの話を聞いて、目が覚めたような気がしました。クオリアにつても、もっと詳しく知りたいと思い、ちくま新書から出版されている『「脳」整理法』買いました。これから読ませていただきます。

あと、書き付けるのに必死で聞き漏らしたことがあったようなので、レジュメがあったら嬉しいな~と思いました。

投稿: | 2006/01/19 6:41:28

「作品の半分は見る人が作る」とは、パウル・クレーの言葉。
良い作品というのはそれほどに、受け手に想像力を与えてくれるのだと思います。
特定の意味に回収され得ないのは、作品の半分ほどは、受け手それぞれのクオリアによって立ち上がってるからではないでしょうか。
作者と同化するような、そんな時は、心がほんとにジィーンとして、頭がクラクラします。
愛に触れた瞬間って感じで(笑)

投稿: | 2005/10/30 1:07:04

明日シンポジウムをする青嶋です。お話できるのをたのしみにしています。よろしくお願いします。

投稿: | 2005/10/29 19:29:29

私も『クオリア降臨』が店頭に並ぶのを今から楽しみにしています。
良質の文学に触れるという行為自体が、自己の中に純なクオリアを立ち上げ、それによって自己の魂を耕す(Cultureする)ことになるのではないか。
自分も含めて、読書離れしがちな今の若い人を文学の世界へ招く役目を『クオリア降臨』が果たしてくれることを期待しています。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/10/29 19:22:31

「すぐれた文学作品は、決してどのような意味づけにも回収されない。その作品に接した時のクオリア(感覚質)によって特徴付けられる」
そうなんです。すぐれた作品は、言葉でつくりあげられるものですが、クオリアとのとりひきやかけひきを言葉でしながら、その得体の知れなさを、「言葉の世界に移すのでしょうね。本来言葉になんぞできない相手を、なんとかそのものクオリアを崩さずに表現できる素質を持つ作者、書ける人、そういう作者が何人いるでしょうか。川上弘美さんの口癖である「なんだか、まあ」という作業なんでしょう。
『クオリア降臨』読むのが楽しみです。

投稿: | 2005/10/29 17:59:15

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