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2005/09/30

いのちの響きそのものか

研究所合宿二日目。
 私たち脳グループの発表もある。
 私、田谷文彦、張キの順番。

 その前に、北野宏明さんの
システム生物学、
 高安秀樹さんの経済物理学の
研究発表。

 ソニーCSLの伝統は、
お互いに余計な遠慮をせずに
本音をぶつけあうところだろうか。
 本来学問というのはそうあるべきで、
 社会のしがらみあれこれは
関係ない。

 良い雑誌に論文を発表するとか、
 賞をもらうとか、
そういう社会的文脈よりも、
 「本当のことを知る」という
知的探求心の方が大切なはずだ。
 データのねつ造をしてしまう
事件が時々報道されるが、
 「自然がどうなっているのか、
本当のことを知りたい」
という欲望に素直に従って
いれば、そんなことも
起こらないのではないか。

 昼間たっぷり議論して、
夜は、もともとは伊藤博文の別邸で、
 今はプリンスホテルの別館になっている
 滄浪閣で中華料理を食べた。

 この季節は、夜風が本当に涼しくて
気持ちが良い。
 大磯プリンスホテルの
周囲をぶらぶらしていると、
 いたるところから虫の声が聞こえてくる。
 この分では、この時期の日本列島は、
北から南まで、まんべんなく虫の声に包まれている
のではないか。

 そういえば、内田百間(門の中に月)にこんな
文章があった。

 保土ヶ谷の隧道を出てから、それは夜で外が暗くてもこちらで見当をつけているから、隧道は解るのだが、隧道を出たと思うと、線路の近くで蛙の鳴いている声が聞こえて来た。蛙の鳴く時候ではあるし、夜ではあり、そうだろうと思った。
 放心した気持で、聞くともなしに聞いていたが、暫らくすると、或はそうでないかも知れないと思い出した。蛙の声にしては、あまりいつ迄も同じ調子である。又その調子が規則正しく繰り返しているのがおかしい。蛙の声でなく、車輪の軋む響きが伝わって聞こえるのかも知れない。そう思って聞くと、そうらしい。そうだろうと思った。

(内田百間「鹿児島阿房列車 前章」)

 生きるということは、常に内なるいのちの
調子を鳴り響かせ続けるということなのだろう。
 そういえば、私の心臓は生まれてからこの方
ずっと働いてくれている。
 百間が聞いたのは、命の響きそのものか。

9月 30, 2005 at 07:42 午前 |

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» ぶつかりあい トラックバック 快適ライフ〜♪BYトム
昨日のブログと似たようなことを書きますね。 今日の茂木健一郎さんのブログに http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/09/post_cbfa.html 「ぶつかりあって…」 「本来の学問は…」 「本当のことを知るのが…」 と、書いてありました。 (なんのこっちゃわ....... [続きを読む]

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コメント

本当の事を知る――おっしゃるように、栄耀栄華の為に科学するよりも、真実の追究こそ学問の本質ではないかと思います。
SONY CSLの伝統に触れられていましたが、本当に素晴らしいです。
学究者どうしが遠慮会釈なしに、互いに本音をぶつけ合い、知的探求心を高めて真実を見出してゆく。
こんにちの日本の大学組織が忘れてしまいがちな、学問する本来の姿がCSLにはあるように思われます。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/09/30 23:22:53

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