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2005/09/04

もともとは軟体動物だったものたち

 土曜の東京は、いつもと違う
装いをしているような気がする。
 同じ街なのだけれども、
壁紙やカーテンがかわって、
 気配が変化しているように思える。

 日本テレビ「世界一受けたい授業」
の打ち合わせ。 
 前回のテーマは「気付く」だったが、
今度のテーマは「気付かない」

 竹下美佐さんとエレベーターのところで
待ち合わせた。

 倉田忠明さんが、またもや「アハ! センテンス」
の傑作を考えつく。
 倉田さんにはアハ!作家としての
素質あり。

 朝日新聞社に移動。
 週末の築地市場駅は乗降客も少ない。
 文化部、編集委員の由里幸子さんと。
 外の植え込みのところで
お話する。
 吹く風がさわやかだった。
 
 歩きながら考えていると、
思考にはどうも二種類あるような気がしてくる。
 ブロックを積み上げるように、
ステップを積み重ねるものと、
 曖昧で、あやふやで、ふわりとした
軟体動物を掴んでいるような
 感覚の時と。

 何かが進む、ということは、
後者が前者に変わっていく過程の
ように思う。
 軟体動物からブロックをつくる。
 そのためには、乾かして、形を
整え、
 空間の配列をはっきりと
見極めなければならない。

 それでも、ブロックがもともとは
軟体動物であったという
こと自体は、忘れてはいけないと
思うのだ。

 言葉に生命を与えるためには、
それを軟体動物として扱わなければ
ならない!

 そんなことを書いていたら、
無性にウニ丼が食べたくなった。

9月 4, 2005 at 09:00 午前 |

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コメント

生物の進化の過程で、最初はコアセルベートだけだったのが、次第に核とミトコンドリアなどでなる単細胞生物に進化し、さらに時が経ってタコやイカなどの軟体生物に進化し、そこから高等な生物に進化していったように、思考も、あやふやな空(クウ)状態でタコやイカのようなものを次第に形のあるものにしていく、というようなことが書かれておりますが、自分も良く歩きながら考え事をしているわけでありますが、しかし、茂木さんのような研究者の方々と違い、私の場合は、いつまでたっても、
>曖昧で、あやふやで、ふわりとした軟体動物を掴んでいるような感覚から抜け出せない。
そこが研究者の方々と単なる普通の空想好きとのちがいなのかも。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/09/04 15:35:57

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