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2005/07/07

思考の補助線 第2回 「曖昧さ」の芸術

筑摩書房
月刊ちくま 2005年7月号 (第412号)

[思考の補助線]2 「曖昧さ」の芸術 茂木健一郎 p.52〜55

一部引用

 世界を因果的に見れば、そこには曖昧なものは一つもない。その曖昧さのない自然のプロセスを通して生み出された私たちの思考も、また、この世界にある精緻さの顕れでなければならないはずである。
 それにもかかわらず、私たちは、確かに、曖昧な自然言語の用法があるように感じる。もし、自然言語が、厳密な因果的進行が支配する世界の中に「曖昧」な要素を持ち込むということを可能にしているのだとすれば、それ自体が一つの奇跡だと言うしかない。
 この奇跡をもたらしている事情を突き詰めていけば、物質である脳にいかに私たちの心が宿るかという心脳問題に論理的に行き着くことは言うまでもない。
 そして、この、私たちの心の存在がもたらす奇跡は、単なる「厳密さの喪失」という問題では片づけられない、仮想空間の豊饒をもたらしているのである。

全文は「ちくま」で。

http://www.chikumashobo.co.jp/web/mokuji.html

7月 7, 2005 at 06:39 午前 |

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