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2005/06/08

光のある方へ

 「危機の5月」を終えても、
ここのところのスケジュールは異常である。
 あまりにもいろいろなことがありすぎて、
ついにはいただいたメールに返事が
できないという状況になった。

 返事が来ないな、と思っている方々へ
必ず返事をしますので、しばらくお待ちください。

 呆然としながら帰る電車の中、
小林秀雄の中村光夫との対談を久しぶりに
聞いていて、
 小林が、「私はねえ、つまらないと
思ったものには、その瞬間に興味を失って
しまうのですよ。自分が愛するものだけに
向き合っているだけで、それで精一杯だから」
という趣旨のことを言っている箇所に
再び出会った。

 この世のカオスの海の中から浮上する
プリンシプルがあるとすれば、これしか
ないだろう。

 愛するもののことを感じ、考え、
それに基づいて何かをつくっているだけでも、
一生など簡単に終わってしまう。
 世の中にはbusy bodyがいて、
自分が愛しても、良く知ってもいない
ことに口を出して大切な人生の時間を
棒に振るけれども、
 それは本当にもったいないことだ。
 それぞれの人が、自分の愛すること
だけにかかわっていれば良いのではないか。

 busy bodyの生き方の稜線は、次第に
崩れていく。
 愛することだけに捧げていれば、
その人の姿は次第に美しくなっていく。

 午前中、ゲームについてのブレスト。
 その後、夏にお台場のメディアージュでやる
『ソニーコンピュータサイエンス研究所展』の
打ち合わせ。
 日本テレビの取材、撮影。
 オープンハウス・シンポジウムのリハーサル

 パリから、Luc Steels、Atau Tanaka、
Olivier Coenenたちが来た。
 ポスターの内容の最終チェック。

 そのような一日の最後に、小林の至言に辿り着いた。

 自分の愛するものたちからは、光が
きっと出ている。
 その光の方に向かって歩めば、カオスの中でも
おそらく人生を誤らない。

6月 8, 2005 at 04:25 午前 |

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» [ネット編]光があふれ出る トラックバック 千人印の歩行器(walking gentleman)
武田徹日記で下に紹介した現役プロ向けジャーナリストコースの講師が発表されている。忙しくて、みのもんた、ナポレオン並らしい茂木健一郎さんも講師登録されていますね。脳科学から文学、美術、そしてこんどは、ジャーナリスト学校、その嬉しい悲鳴をクオリア日記“光のある方へ”にアップしていました。小林秀雄と中村光夫の対談を聞いて >> 小林が、「私はねえ、つまらないと思ったものには、その瞬間に興味を失ってしまうのですよ。自分が愛するものだけに向き合っているだけで、それで精一杯だから」という趣旨のことを... [続きを読む]

受信: 2005/06/09 17:59:31

コメント

自分の天分がわかる事の難しさを、小林秀雄自身が本の対談で、語っている部分があったので、そのまま紹介しておきます。
「ぼくはこのごろ人間というものは天分だと思っている。天分がわかるのは中年すぎだからね。そうするとやはり切実なものがある。肉体はもうわかりきっているが、心の世界だね。ぼくらの心は捕らえがたいんだ。とらえるというのはおかしいけど、だいたい納得いくのがおそいんだよ。どうしても希望があるからね。
そうするといわゆる天分はわからないんだ。
天分というものはある。心にもちゃんとある。
肉体のごとく、生まれつきのある態勢があるよ。そういう理解はやはり遅れるんだ。しかしその感触がだいたいわからないとなかなかほんとうのことはできないんじゃないかなあ。」

投稿: | 2005/06/12 0:24:15

 愛するものがあるという事が、どれ程人生に芯と自由を与えるかという事を痛感する今日この頃です。
 津波の様に広がる世界に飲み込まれ、光は実に小さくなってしまった。光を取り戻さねばと焦る日々です。

投稿: | 2005/06/09 21:42:52

何度も、この文章を読み返しました。確かに、小林秀雄の言葉は至言だと思います。私も、自分の備忘録のようなものに書き留めさせていただきました。
 文意から察しても、余り、多くを語らい方が良さそうですので、全くの私見という事で、一つだけ言わせて下さい。
今、日本人で精神に何らかの障害を持っている人が、二十人に一人という割合でいるそうです。つまり、それだけ、多くの人達が、自分の光を見つけられないで、苦しんでいるという意味ではないでしょうか。そして、国もその事実に対して、余りにも無策です。寧ろ、今の日本社会は、その割合を増やしていっていると言った方がいいかもしれない。
 そして、現在、社会の第一線にいるという様々な研究者の人達も、そういう社会から置き忘れられていっている人達に対して、平易な言葉で語りかけられる何かを持っているでしょうか。もし、それが出来ないなら、何のための研究なんだろうという気が、私などはしてしまいます。
 余り、行を費やしてもご迷惑でしょうから、これで止めておきます。では。
 
 

投稿: | 2005/06/09 11:33:48

茂木さんは、がんばっているのが日記から伝わります。これからの活躍をお祈りいたします。自分とは正反対のタイプのかたですが、そこに惹かれています。

投稿: | 2005/06/08 23:58:12

日々ご多忙の様子、日記からお察ししております。どうぞご自愛ください。

投稿: | 2005/06/08 23:24:50

 お疲れのご様子。気分転換が必要ですね。
 丸山庭はどうでしょうか。自然に隠れなさい。花と光のある方向へ。
 きっと明日に繋がる閃きが咲くでしょう。
 では、お元気でご活躍ください。

投稿: | 2005/06/08 22:01:35

そうしていれば、だめでも、諦めがつくというだけで、
結果は、また別の物かもしれません。
人ができることの最大かもしれませんが。
確信していた事が、たまたまだったということは珍しくはありません。
しかし、それでも地球は回ると思わなければならないのは、何がそうさせているのでしょうか?
結構、調べてるんですね。
中金がかかってますから。
この行間の攻防はどれだけの人が気づいているんでしょうね?
でも、まあ、なかなか中レベルで楽しかったです。

投稿: バターロール | 2005/06/08 6:46:43

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