« 創造性のインフラ整備 | トップページ | 島田雅彦とビール »

2005/05/30

30

野球の試合で、
終了すると選手たちがあっけなく引き上げて
しまうことを、
 何となくものたりなく思っていた時期があった。

 もっと何というか、余韻を楽しんでそのあたりで
うだうだしていればいいじゃないか、
 そんな風に思っていた。
 優勝決定はもちろん、様々な節目の試合では
もちろんファンに挨拶などするが、
 さっと道具を持ってさっと引き上げる、
あれは寂しいなあと思っていた。

 しかし、あれがプロの動作というものだな、
と最近思うようになった。
 プロの動作には無駄がなくきびきびしている。  
 試合中はもちろん、終わった後も同じである。

 自分自身をふり返り、周囲の人たちを観察
すると、
 「プロ」の領域になるほど、無駄な動きが
なくなっていくことが了解される。
 素人はうだうだ無駄が多い。
 もちろん、プロでも悩むことはあるが、
そのエッセンシャルな逡巡をするための時間
(スペース)をつくるためにも、普段の
業務はきびきびと無駄なくやる必要が
あるのである。
 
 結局、このような「引き締まった感じ」
があるかどうかで、その人の作る出すものの
クオリティも決まるのだな、と思うようになった。
 みんな職人なのである。

 母親の退院前の見舞いも最後かもしれない。
おそらく今週中には無事釈放か。
 見舞いのお返しが大変だと嘆いていた。
30名来たそうだ。 
 もともと交際範囲が広いのでそうでは
ないかと思っていたが。
 行きはニコラス・ハンフリーのインタビューを
聞き返し、
 帰りはヘンデルの『メサイア』を聞いた。
 夜は、柳川くんと小俣くんの推薦状書きなど。
 無駄なくきびきび動いているつもりだが、
どうにも仕事は終わってくれない。

5月 30, 2005 at 06:51 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 30:

コメント

野球の試合は、見た目は茂木さんのいう通りかもしれないですが、中には、負けた後のベンチで、ジッと敗戦の重みを長い時間動けずに、噛み締めている選手もいます。
私は、そういう選手の姿を見るのが好きです。
 人生も、思い通りに行かない事の方が多いのではないでしょうか。そりゃ、何でも効率的に完璧にこなせればいう事ないですが、現実は、それを許してくれません。
むしろ、今の時代は、挫折からどう立ち直るのかという点が一番問われているのではないでしょうか。
自分の能力を最大限に発揮できる仕事に巡り会えて、効率的な仕事が出来て、社会にも貢献出来ればいうことないのでしょうが・・・・。

投稿: 水瓶座 | 2005/05/30 13:28:16

コメントを書く