意識の流れ
ほとんど、間隙というものが
ない一日だった。
朝から、午後5時に研究所を
出るまで、
数えてみるとミーティングが7件あり、
そのうち1件はビデオ撮影を伴う取材だった。
お昼は、
日経サイエンス編集部の方々と久しぶりに
お会いして、本当に楽しかった。
日経サイエンスは大切にしなくては
いけません。
夜になり、朝日カルチャーセンターの
講義が終わったあとは、さすがにいささか
呆然となった。
イギリスは遠くなりにけりである。
新宿の雑踏を歩きながら、エッセンシャルな
問題について考えた。
結局、人生に関する感傷というものは、
何かをしながら/通りすぎながら
ふと持てばよいものであって、
感傷の中にどっぷりと浸るのはよくない。
それが、オックスフォードで、
テムズ川沿いをクライスト・チャーチ・カレッジ
に向かって歩いていた時によぎった洞察である。
昨日のスケジュールがとくにむちゃくちゃ
だったとは思わない。
ただ、やるだけのことである。
そのやることが、他者との関わり、コミュニケーション
に基づくものか、
それとも自分で文脈を設定して、自己を規律
してやることかという違いがあるだけだ。
ずっと、行為し続けているだけ。
endless action in the stream of consciousness
それでいいや。
5月 21, 2005 at 11:16 午前 | Permalink
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