スポーツの輝きに託される思い
ヨミウリ・ウィークリー
2005年5月22日号
(2005年5月9日発売)
茂木健一郎 脳の中の人生 第52回
スポーツの輝きに託される思い
一部引用
それでも、スポーツが素晴らしいのは、ルールがルールとしてきちんと決まっていることである。どんなにエキサイトしても、ルールに従ってきちんとプレイしなければならない。悔しくても、負けは負け。試合終了の合図とともに、負けを認めて気持を切り替えなければならない。ルールが決まっているからこそ、私たちはそれを受け入れる。
脳の働きから見れば、これは奇跡的なことである。情念に駆り立てられ、予測不可能なことをしてしまいそうになっても、有無を言わせぬ壁として、ルールが立ちはだかる。むしろ、ルールが不磨の大典として存在してくれているからこそ、私たちは安心して情念に身を任せることができるのである。
少年時代、草野球をやっていて、試合に負けて悔しかった時も、「ルールだから仕方がない」と自分に言い聞かせることが、どれほど教育的なことであったか。当時はそんなことは思いもしなかったが、時に情念が暴走する現実世界の有り様を見ていると、スポーツの「発明」が人類にとってどれほど素晴らしい福音であったかと改めて思う。
全文は「ヨミウリ・ウィークリー」で。
5月 9, 2005 at 03:30 午前 | Permalink
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