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2005/04/21

登龍門

新学期が本格的に始まり、
 修士一年生たち
(大久保ふみ、箆伊智充、星野英一)が
ゼミに参加するようになってきた。

 昨日は、インテリジェンス・ダイナミックス・ラボの
田中文英さんをお呼びして、
 ヒューマノイドと人間のインタラクションに
ついてお話いただき、議論する。

 そのあと五反田の「あさり」に移動して、
新入生歓迎会をした。
 情けないことに、ずっと仕事に追われていて、
乾杯のあと、彼らが盛り上がっている中、
雑誌のゲラをチェックする。
 後刻、テレビマンユニオンの花野剛一さん、
高橋才也さんたちが来て、打ち合わせ。
 しかしその間、ちゃんと談笑する時間も持てた。

 しばらく前に
思い出したことがある。
 電車の中に立って、自分が修士の時どんな
感じだったか、記憶をよみがえらせていた。
 あの頃は、とてつもなく不安だった。
 将来がどうなるのか、
自分がどんなことができるのか、
 形にならないもやもやを抱えていた。

 今でも不安やもやもやは抱えているが、
あの頃とは違った文脈に入っている。

 それで、どんな人にも、「変化の時」
が来るのだと思う。
 昔の人はよく人間を観察していて、
鯉が龍になるという、「登龍門」のメタファー
など、すばらしい。
 ばーっと内部で何かが変化して、
つかんで、登って、今までに見えなかった
風景が見える、ということは確かにある。
 そうなると、周囲の自分を見る目も
変わってくる。
 大学院の時というのは、そういうことを
誰でも体験する。
 大した龍じゃなくても、
とにかく鯉の時とは違う自分になり、
異なる風景が見えてくるのだ。

 だから、修士の一年たちには、
登龍門の滝を一生懸命昇ってほしいと
思う。
 
 別に滝は一つじゃなくて、一つ終わると
また次のが待ちかまえているから、
 滝から滝へ、どんどん昇って
いきゃあいい。
 オレもこれから昇ってまだまだ
変化するから、
 君たちも一つガンバッテくれたまえ。

 これが、「あさり」では言えなかった。
はなむけの言葉です。

4月 21, 2005 at 06:21 午前 |

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