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2005/03/17

小柴昌俊先生の「楽しむ科学教室」

(cocologのメンテナンスのせいでupが遅くなった)

 平成基礎科学財団の「楽しむ科学教室」
のために、美濃太田に来る。

 80分×2回、脳と心の関係について
レクチャーする。

 会場に集まった高校生たちが、
熱心で意欲的だったので、ほんとうに
心を動かされた。
 みなさん、ありがとうございました。

 岐阜県のこのあたりは何だか
いい感じである。

 電車に乗る方向を間違えて、無人改札の
小さな駅に着いてしまったのである。
 近くに鉄橋があり、すぐそばに家々が
あり、人が歩けるだけの小さな道があった。
 
 空気がとてもやわらかく、
魂の奥をやさしくぎゅっとつかまれる
ような懐かしさがあった。

 それで、突然だけども、グローバリズム
ということについて考えてしまった。
 競争競争と言うが、そのプラットフォームに
乗っているもの同士でしか成立しないはずだ。
 そもそもダイナミクスがカップルしていなかったり、
単連結ではないものの間には、
 競争など成り立たない。

 駅ビルが均一化していくのは、つまりは
そういう単連結のコネクションが出来てしまうから、
あるいはできると思うからだろう。
 相互作用を持たない、別のドメインが
あって何が悪い。
 
 グローバリズムという思想は、イデオロギー
においてではなく、純粋に力学的見地に
おいて、一つの誤謬である。

 そのローカル駅の近くの風景は、
全国で均一化されていくターミナル前の光景とは
全く違っていて、
 ここに残っていてくれてありがとう、
と思わず感謝したくなった。

 小柴先生が財団でやられようとしている
こと(つまり、ゆっくりと科学を楽しむということを
伝えること)も、本当の意味での柔らかな
ユニークさを育む試みであるように思えて、
 私は小柴先生、ありがとうございますと
心の中で言った。

3月 17, 2005 at 03:10 午後 |

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コメント

私も風景の均一化について考えていました。同じようなチェーン店ばかりができていって、まるでデジャヴのような風景になってしまう。
違いは地形だけ。昔、愛知の知多に引っ越していった時に野中の駅で途方に暮れたのとはまた違う絶望がある。

投稿: Yuri | 2005/03/19 3:11:45

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