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2005/03/01

テレビゲームは本当に脳に悪いのか?

ヨミウリウィークリー 2004年12月12日号
茂木健一郎 「脳の中の人生」 第31回
テレビゲームは本当に脳に悪いのか?

 脳についての一般の関心はますます高まってきているようである。私も、脳についての講演会をさせていただく機会が多くなった。
 質疑応答になった時に、毎回のように出るのが、「ゲームは脳に悪いのでしょうか」という質問である。「ゲーム脳」に関する何冊かの本がきっかけとなって、不安に思う方が多くなったらしい。
 確実に言えることは、特に子供時代にゲームばかりやっているのは良くないということである。身体を動かしたり、本を読んだりするといった活動をまんべんなくやって、初めて健全な脳が育つ。ゲームにしろ何にしろ、一つのことだけやると、脳の発達が偏ってしまう。
 では、ゲームをやること自体が脳に悪いのかと言えば、そんなに簡単に結論できる話ではない。
 アメリカには、ゲームをやることによって視覚情報処理能力が高まるという研究をしているグループもある。特に、複数の「敵キャラ」が画面で同時に動くようなアクション・ゲームが効果的らしい。視野の中のものを見渡して、同時にいろいろなものを認識、判断する能力が高まるというのである。このような実験結果は、英国の『ネーチャー』をはじめとする権威ある科学雑誌にも報告されている。
 1980年代にニュージーランドの心理学者、フリンは、先進工業諸国の人々の平均知能指数が、1950年代から一貫して上昇し続けているという研究結果を示して、注目を浴びた。現在では「フリン効果」と呼ばれているこの現象の原因について、現時点では確証はない。栄養状態の改善や、学校教育システムの変化が原因であるという説もある。
 有力なのが、情報環境の変化が原因という説である。新聞、ラジオ、テレビ、コンピュータ。新しいメディアが登場する度に、人間の脳はそれまでよりも高速に、大量の情報を処理するように適応してきた。今日、若者が携帯でメールをやりとりする時の情報処理の速さは、一昔前の人だったら目を回していたかもしれないほど速い。このような脳の使い方の変化が、知能指数の上昇として現れているという説があるのである。
 もちろん、情報洪水とも呼ばれる現代の状況が必ずしも人間の幸せにつながるわけではないし、知能テストで人間の能力の全てが測れるわけではないことは言うまでもないことである。
 日本では、コンピュータやビデオ・ゲームといった新しい情報機器の脳に対する影響は、否定的な意味で語られがちである。一方、アメリカでは良い面と悪い面のバランスを冷静に分析する傾向が根強い。このような文化の差が、日米のITの総合力の差につながっている可能性は否定できない。
 解剖学者の養老孟司さんは、テレビゲームが大変お好きである。研究会の翌日、養老先生に「良くお眠りになりましたか」とお聞きしたら、「いやあ、朝5時までゲームをやってしまって眠れなかったよ」と言われてびっくりした経験がある。東大時代の養老先生の助手で、美術評論家の布施英利さんによると、養老先生は、議論をしながら手元でコンピュータゲームをしていたと言う。
 養老先生は大変な読書家で、虫取りもする。バランス良く脳を働かせてさえいれば、ゲームをしても害はないことを、養老先生が身をもって示している。

3月 1, 2005 at 07:24 午前 |

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コメント

赤が見えて幸せだったかい?
でも、その赤が見えることになって、
いっそう効率を求めなければならなくなった。
知らなければ、そんな事をしなくて済んだのに。
仲間のサルに、赤が流れている事を知り、
自分にも、赤が流れている事を知った。

知らなければ、そんな事をしなくて済んだのに。
どうして、そんな事をしたのか?
効率かい?
死にたく無かった。
サルが死など分かるわけ無いだろう。
勝手に死後の世界を作った。
有りもしないものを。
私達が死ねば、あの月さえ消えてなくなるのに、
有りえない物を作り上げた。

その勝手に作り上げた世界を理由に、
他人を殺した。
そして、他人と同じだという自分を片方で作り上げ、
そして、殺されることに怯えた。
そうやって、この世界が出来た。
これが、この私達の世界。
その、汚点を、美しさで覆い隠そうとする。
紛れも無い醜さの記憶、不安なのだよ。
それを補おうとする、それが、人の業。

投稿: バターロール | 2005/03/02 10:09:20

いつまで、書けることやら。

ちょっと補足です。
>(消化エネルギーばかり使って、中身がない=非効率と感じる)
消化エネルギーというより、獲得エネルギーといった方がいいでしょうか?
使ったエネルギーより、得られるエネルギーが多くなければ、全ては破綻してしまいす。
効率です。
それで、生き残ったんです。
そして、そのサルは、赤が見えるようになって、人の血がその色と同じ事を知っていった。

心の色だった。

それまで、赤は見えなかった。
そう、当たり前では無かったんだよ。
そんな敷居は無かったんだよ。
そんな違いは知らなかった。
そんな違いは存在しなかったんだよ。

赤は、命の色だった。

私達を救ってくれた。
赤が見えることで。
赤い効率のいい若葉を選んで食べることができた。
自分で創ったのではない。
自分で見つけたのではない。
私達以外のものが与えてくれた。
杉原 千畝が与えてくれたビザと同じさ。
そして私達は生き残ったんだ。

人類にとって、どうして赤は、
赤く見えるかということの謎を解く、
ほんの一端になったら、いいですね。

投稿: バターロール | 2005/03/02 9:49:35

味気無いものなど食った気がしない。
(消化エネルギーばかり使って、中身がない=非効率と感じる)
しょっぱすぎる物は、体に悪い。
どちらも、死に近づく。

サルの場合、体温の低下は、命の危険につながる。
雨に当たって、体温を落とせば、命を落とす危険がある。
その時代を私達は生きていた事が有るのが事実だ。
今更、私達の親がサルだったなんてと、非難する人はいないだろう。
その事も知らない事も有ったんです。
ダーウィンは、苦しんで死んでいったよ。孤独にか。
当たり前だなんて、胡坐をかいてはいられない。

感覚には、必ず現実がある。理由があるはずだ。
そんな、あいまいなものが、確率的に残るはずは絶対にない。
昨日、今日のものでもあるまいし。

ちなみに、私達が食べれるものは、親戚だけです。
昔、親戚だったから、消化方法を知っています?
すごく遠い親戚ですが・・・

投稿: バターロール | 2005/03/02 0:01:28

久しぶりに(1週間)、見させて頂きました。

脳は、末端の奴隷か、
末端は、脳の奴隷かと言った女性学者がいた。
この結末は、はっきり分からないにしろ、
脳と末端は切っても切り離せない関係にあるのは間違いないことです。
物理的にも論理的にも・・・
ゲームは、そこをショートさせる。
それが、脳にして見れば、メリット。
安いコストで処理できる。
現実世界にしてみれば弊害。
完全な、シミュレータなど無い。
まあ、ファーストフードみたいなものですね。

完全現実もないし、完全仮想もありえない。
所詮、塩梅ということですか?

投稿: バターロール | 2005/03/01 23:22:10

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