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2005/03/08

ハードとソフトの融合

ハードとソフト(コンテンツ)の融合は難しい。
しかし、だからこそやりがいがある。

Nature Interface) Vol.19 (Feb 2004) p.86-86

茂木健一郎 qualia technica 第6回 「ハードとソフトの融合」

一部引用

(全文pdfは、
http://www.natureinterface.com/j/ni19/P086-P087/)

 「ハードとソフトの融合」ということが、しばしば言われる。
 たとえば、ゲーム機器という「ハード」と、ゲームという「ソフト」、あるいはCDプレイヤーという「ハード」とCDという「ソフト」を融合することによって、新たなテクノロジーやビジネス領域が開けることを期す。今まで別のものと考えられてきた要素を統合して、今までにない世界が切り開かれることを期待して、このようなスローガンが唱えられる。
 ところが、実際には、融合を実現することは難しい。多くの場合、一つの会社が、ハードも売るが、ソフトも売るという、二つの活動を同時並列的やっているということが、「ハードとソフトの融合」の実態であることが多い。融合というスローガンを掲げていても、ハードを開発している人間と、ソフトをつくっている人間ではカルチャーも方法論も別々のままで、両者の間にシナジーがなかなか生じないというのがしばしば実情である。そのような実情を見ると、融合などということを言わなくても、別の活動としてやっていればそれでいいんじゃないか、とも思えてしまう。
 ハードとソフトの融合ということを本当に実現するためには、人間にとって「ハード」とは何か、「ソフト」とは何かという、認識の根本に立ち返って考えなければならないだろう。それでこそ、真にエキサイティングな新しいテクノロジーやビジネスの領域の可能性も見えてくる。
(中略)
 クオリアという視点を持ち込むと、ロボットのように人間の存在形態にあからさまに似せた人工物だけでなく、今日私たちの身の回りにあふれる様々な人工物の多くにおいて、「ハード」と「ソフト」を融合する道筋が見えてくる。
(中略)
 キャンバスはハードであるが、その上に描かれた絵はソフトであるという伝統的思考に対して、現代美術が、フォンタナの『空間概念』といった作品に象徴されるように、両者の区別を相対化する方向に進化してきていることは興味深い。「ハードとソフトの融合」は、テクノロジーの進歩が、世界を見る私たちの認識の過程の変容を巻き込むことによってこそ進展していくと期待されるのである。
(後略)

3月 8, 2005 at 09:04 午前 |

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