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2005/02/02

たった一人の革命

 斎藤環さんの『文学の徴候』を読みながら
研究所に向かう。

 斎藤さんも、舞城王太郎さん支持である。
 だが、私としては、引用されている文章を
読んでも、やっぱりあまり好きになれない。
 貴重な時間で、読まねばならないものは
たくさんあるから、「新しい」と評されている
作家を、そう次から次へと読むことは
物理的にというよりも生理的に不可能である。

 思うに、ミステリー、サスペンス、ホラー、
饒舌体、ライトノベル、etc.を支持し、
「純文学」を仮想敵とする批評家の
スタンスは、その深層心理において
実はポピュリズムに依拠していないか。
 北上次郎が、もっとも影響力のある批評家
だというとき、
 それはおそらくは動かすマーケットが一番
大きい、ということを意味している。

 一番金がうごくジャンルの周りで仕事を
していた方が、自分にとっても実入りが良い。
 そんな、あまりにもあからさまな方程式が、
「「純文学」なんて古い。これからはなんたって
メフィスト系作家だよ。」
という批評家の一見「かっこよい」スタンスの
背後にあるような気がしてならない。

 私は、『トムとジェリー』のカートゥーンを
見るのが好きで、すばらしく良く出来ていると
思うけど、
 『トムとジェリー』には絶対なくて、
いわゆる「ハイカルチャー」と称される、
伝統的に高い価値を認められてきたジャンルの
傑作にはある「何か」はまちがいなく感じられるし、
信じられる。
 『トムとジェリー』とゲーテの『ファウスト』
を同列に論じることなどできない。
 古いと言われようとなんと言われようと、
これだけは譲れない。
 もちろん、舞城王太郎が『トムとジェリー』
だと言っているのではないから、為念。

 饒舌体でバイオレンスでジコチューな世界を
描けば、それで新しい文学だと言われても、
オレは頷かない。
 現代がそういう時代だというのは判るけれど、
しばしば反時代こそが本質を衝き、古典の山脈に
つながっていくのではないか。

 堀江敏幸さんが、あんなに美しい小説
(『雪沼とその周辺』)を書いても、
『セカチュー』に比べれば微々たる数しか売れない。
 島田雅彦さんの「無限カノン」三部作や、
保坂和志さんの『カンバセイション・ピース』
も同じこと。
 つくづくポピュリズム、マーケット主義はいやである。
 もちろん、出版社の営業政策として
たくさん売りたいというのは判る。
 オレももし出版社を経営していたら、
沢山売ろうと思うだろう。
 自分が作家だったら、書いた本が沢山売れたら
いいと思うだろう。
 しかし、売れる本を書くということと、
書いた本が売れるということは違うのだ。

 科学のいいところは、世間の人々が何を考えて
いようと、この世界を動かしている真実さえ
掴んでしまえば、
 たった一人で革命が起こせることである。

 アインシュタインがE=mc2という式を
提出した1905年、この式の含意は誰も
理解していなかった。
 質量欠損が発見されたのは、1920年に、
アストンがヘリウム原子と水素原子の質量を
正確に測定した時である。
 4つの水素原子の質量は、ヘリウム原子の
質量よりも大きかったのだ。
 これが、太陽が輝くメカニズムかもしれない
と指摘したのは、エディントンだった。

 つまりは、アインシュタインー>アストン
ー>エディントンと、それぞれ、当時世界で
「たった一人」が事態を(真理を)把握して
いたわけで、それだけで革命を起こすのには
十分だった。

 たった一人で革命を起こせる、というところに
科学者の栄光も孤独もある。
 一方、文学(評論)の世界には、悪い意味での
ポリティクスが多すぎる。
 反時代の栄光と孤独を貫くことは、
「売れない」という淘汰圧の前に、あまりにも
難しいことなのだろうか。

 もっとも、科学も最近は真理商売じゃなくて、
人気商売化している。
 それでも、いつ「E=mc2」のような超弩級の
発見がたった一人の革命によってもたらされるか
わからない。
 その時、人気商売をしていた人たちは、
静かに歴史から退場していく。
 そのようなことが可能な点に、
科学の何とも言えないすばらしさがある。

 科学には、反時代という姿勢の有効性が、
まだ死なずに残っているのだ。
 文学だって、同じことができるんじゃないか。
 メフィスト賞が「時代」ならば、
「反時代」こそを模索したい。

2月 2, 2005 at 06:40 午前 |

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コメント

反時代、バンザイ!
茂木よ、一人立て!
何でも人気商売にする今日の風潮に私自身も、
腹の底から憤りをかかえているものの一人です。
政治も、文学も、宗教も、そして科学も!
今の時代ではどんなカテゴリーも商売のネタになってしまう。
そこには哲学も理念も、深き宗教性に対する畏敬もない。
正に衆愚社会の時代なのです。そして、みんな、こんな時代に翻弄されて生きているのです。売れればナンボの時代に。
私は何としてもこんな時代を、こんな衆愚な社会を変えなくてはとの、ささやかながらの使命感を感じています。
なんでもかんでも、売れてナンボ、の時代とは決別し、売れれば御の字の衆愚社会は変わらなくてはならぬ、いな、変えなければならぬ。それは、私一人の闘いから始まる。

茂木先生も、科学の世界で、やはり本気で、一人ぼっちで革命を起こそうと為さっておられるのですね。そうであるなら、断じて時代に流されてはなりません。時代に躍らされ、流されてしまえば、時代を、また社会を永遠に変えることはできないと思います。
一人ぼっちの革命=一人立つ闘いこそが、この衆愚化しきった日本社会を、そしてテロリズム等の「人を人と思わないという邪悪」が蔓延しつつある今の世界全体を、根本より変える第1歩であることを信じていきたいと思います。

投稿: 銀鏡反応 | 2005/08/26 19:35:28

島田さんも顔、保坂さんも顔(誰かに間違えられるって失礼だよね)、レーニンもガンジーも。
ふー、3つのプログラムで解析したけど、パーフェクト。しかし、それは私しか証明ができない。アインシュタインのは小学生の時、一応、理解したつもりだったけど、誰にも言えなかった。嫌われたくなかったから。

投稿: tatar | 2005/08/26 11:01:52

中上健次賞でも埴谷雄高賞でも何でもイイから、つくるべ。

投稿: tatar | 2005/08/26 10:23:05

なさ あすかい様

そうか、死霊は、たった一人の革命を
志した作品でしたね。

たとえ失敗の場合でも美しい。

投稿: | 2005/02/04 8:56:31

「たった一人の革命」で思い起こすのは、埴谷雄高の「死霊」です。
しかし、確かに他者との関係性に依存しない科学を追求する者だけが、たった一人で革命を起こせるのかもしれません。

投稿: | 2005/02/02 22:48:11

時代の先でも反時代でも何でも、
兎に角何か形にしてゆこうと思いました。
(友人を失った今日の決意もこめて)

昔、祭国強さんが日本に来たばかりの展覧会で、
(彼は天安門事件前後の弾圧から逃れて日本に来た。今はニューヨークらしい)
五文字の書があって、どういう意味か尋ねたら
『筆が紙に、触れて墨を置いた瞬間に宇宙が変わるという意味です』と言っておられました。

投稿: Yurik | 2005/02/02 14:19:59

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